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「おはよう、真季ちゃん!」
始業10分前。余裕な顔をして、登校する。
ほんとはもう少し早く来ておきたいけど、髪を染めてバッチリメイクして、クソ真面目だと思われなくなかったし、笑われるかもしれないと思うと、怖くて出来なかった。
それでも10分前には必ず教室に入る癖はそのままだ。中学では誰よりも早く来て、誰よりも早く席につき、ひたすら机を隠しながら、好きなキャラクターの絵を描いていた。
誰もいない、何も無い、朝の教室が好きだったのだ。
「おはよ~!! ねえねえ今日の体育、隣と合同だって!」
「え、そうなの?今日から体育祭準備に入るとか言ってなかったっけ?」
前を通り過ぎようとする私を引き止めるように、真季は机から身を乗り出した。ふわふわのツインテールが揺れる。
朝一番の癒しだ。
「先生の数足りないんじゃないの?」
そう答えたのは、根本 菜美子。(ネモト・ナミコ)
ベリーショートに切った髪は、男子生徒よりも短く、男勝りな性格で、運動部のキャプテン候補。完璧に女子からモテる女子だ。
そんな彼女は他クラスの男子と秘密裏に付き合っていることを、2年に上がるクラス替えがあった日に知ってしまい、誰にも言えずに今日まで過ごしている。
この先も、誰にも言うことは無いし、糸で繋がった彼女たちが別れることも無いだろう。密かに応援してしまうカップルだ。
「だったら尚更、体育祭準備の方が先生要らなくない?」
体育の授業は嫌いだ。実技より筆記授業の方が周りの人に目を向けることがほとんどなく、多少視点を逸らしていても、時間が経てば授業は終わる。
でも、実技になった途端、周りは見て回らなきゃいけないし、人は当然のように動き回るし、その度に糸は目の前を行き来し、視界を遮る。
何度目眩を起こして倒れたか、数え切れない。
その点、体育祭の準備だけであれば、それぞれの色別に話し合うか、適当に時間を潰していれば終わってくれるので、今日の体育は安心していたのだ。
(それなのに…合同体育だなんて!)
つまり、人が無条件に倍に増える実技。…サボろうかな、と気の迷いを起こしそうになる。
「確かに…それもそっか。」
真季はポツリと呟き、「じゃあ、なんでだろ?」と首を捻った。
あざといとは、こういう人間のことを指すのだろうと、真季の動き一つ一つに思ってしまう。
「合同って何やるんだろうね?」
菜美子が頬杖をつきながら、目配せしてくるが、考えるだけでも気が滅入りそうで、その場を苦笑と首を傾げるだけでやり過ごした。
運動部のキャプテン候補というだけあって、菜美子の運動神経はピカイチだ。
何が来ても怖いものは無いだろう。
「ほら。席座れよ~。」
ガラッとわざと大きな音を立てるようにして、担任が入ってくる。低身長で横幅だけがスクスクと育ったその体は、まるでゆるキャラのようだった。
低く響く声は席の後ろの方まで余裕で届き、その声に生徒たちは一斉に振り向く。
「やば。じゃあ後でね!」
真季の席から離れると、バタバタと座る生徒の音に紛れて、自分の席へ着席する。
「今日来てないやついるかー?居ないな~?」
(居ない人間は答えらんないでしょ。)
と、毎朝心の中で突っ込む。
点呼の取り方の雑さはこの学校の特徴なのかと思うほど、去年の担任と態度がほぼ変わらない。
その証拠に、担任が帳簿を閉じた瞬間、後ろの扉が開き「すんませ~ん。」と間延びした男子生徒の声が聞こえた。
堂々とした遅刻だ。
---
「数学やってきた…?」
担任が教室を出たのを見計らって、真季が私の机の側まで走ってくる。
「ううん。昨日寝ちゃったんだよね。とりあえず先生来るまでに当てられそうなとこだけ終わらせちゃおうと思う。」
「さっすが、水都!頭いいよね~。」
教科書とノートを広げながら答える私に、真季はキラキラとした目を向けた。さっきクソ真面目だと見られたくないからと、理由をつけたのは誰だと自分で自分に問いたいくらい、矛盾した行動なのはわかっている。
だがしかし、当てられて恥をかくよりはマシだ。
「運動からっきしだからね…。これくらいは出来てないと、成績マジやばいじゃん?」
真季に目もくれず、ノートにペンを走らせる。とりあえず問題を書き出してから考えよう。
パラパラと教科書を捲る手を止めない私の机の角で、真季は自分の手に顎を置き、しゃがみ込んだ。
「私実技だけで学校生活終わらせたいくらいなんだけど。」
(そんな地獄のような学校生活は送れないな。)
そんな事、真季に向かって言えるわけもなく、「真季ちゃんは動いてた方が成績いいもんね。」と、なるべくギリギリの回答をする。
一歩間違えれば悪口に聞こえるんじゃないかと、ヒヤヒヤする。
「お前らほんとタイプ違うのに、良くつるむよな。」
1人の男子の言葉に、私はノートに滑らせたペンを止めた。顔を上げると、他生徒の机を挟んで向こう側に、数人、男子がたむろしているのが見える。
いつも同じメンツでなんの話しをしているのかは知らないが、同じメンツ、同じ配置で何か騒いでいるのは認識している。
話すことがない分、彼らの名前まで直ぐに出るほどの認識はしていない。
「うるさいなあ。嶺岸(ミネギシ)には関係ないでしょ。」
真季の反応で、声をかけてきたのが「嶺岸」と言うらしいことはわかった。テレビで最近よく見る俳優に憧れているのか、ワックスでしっかり髪はセットされている。
顔は似ても似つかないところを見ると、自分の顔に似合う髪型、というのを知らずに、憧れのみで突っ走るタイプなのかもしれない。
「別に悪いとは言ってねーじゃん。」
真季の反応に少し気を悪くしたのか、嶺岸と呼ばれた男子は口を尖らせて不服そうな顔をした。
その後ろに静かに、大きな黒板用の三角定規を持つ数学教師を、私は見てしまった。
数学教師は、有無を言わせない速さで、嶺岸の頭をクラス帳簿の角でゴツン、と叩く。「早く座れ。」と怒りを込めたその声とほぼ同時に、チャイムが鳴った。
始業10分前。余裕な顔をして、登校する。
ほんとはもう少し早く来ておきたいけど、髪を染めてバッチリメイクして、クソ真面目だと思われなくなかったし、笑われるかもしれないと思うと、怖くて出来なかった。
それでも10分前には必ず教室に入る癖はそのままだ。中学では誰よりも早く来て、誰よりも早く席につき、ひたすら机を隠しながら、好きなキャラクターの絵を描いていた。
誰もいない、何も無い、朝の教室が好きだったのだ。
「おはよ~!! ねえねえ今日の体育、隣と合同だって!」
「え、そうなの?今日から体育祭準備に入るとか言ってなかったっけ?」
前を通り過ぎようとする私を引き止めるように、真季は机から身を乗り出した。ふわふわのツインテールが揺れる。
朝一番の癒しだ。
「先生の数足りないんじゃないの?」
そう答えたのは、根本 菜美子。(ネモト・ナミコ)
ベリーショートに切った髪は、男子生徒よりも短く、男勝りな性格で、運動部のキャプテン候補。完璧に女子からモテる女子だ。
そんな彼女は他クラスの男子と秘密裏に付き合っていることを、2年に上がるクラス替えがあった日に知ってしまい、誰にも言えずに今日まで過ごしている。
この先も、誰にも言うことは無いし、糸で繋がった彼女たちが別れることも無いだろう。密かに応援してしまうカップルだ。
「だったら尚更、体育祭準備の方が先生要らなくない?」
体育の授業は嫌いだ。実技より筆記授業の方が周りの人に目を向けることがほとんどなく、多少視点を逸らしていても、時間が経てば授業は終わる。
でも、実技になった途端、周りは見て回らなきゃいけないし、人は当然のように動き回るし、その度に糸は目の前を行き来し、視界を遮る。
何度目眩を起こして倒れたか、数え切れない。
その点、体育祭の準備だけであれば、それぞれの色別に話し合うか、適当に時間を潰していれば終わってくれるので、今日の体育は安心していたのだ。
(それなのに…合同体育だなんて!)
つまり、人が無条件に倍に増える実技。…サボろうかな、と気の迷いを起こしそうになる。
「確かに…それもそっか。」
真季はポツリと呟き、「じゃあ、なんでだろ?」と首を捻った。
あざといとは、こういう人間のことを指すのだろうと、真季の動き一つ一つに思ってしまう。
「合同って何やるんだろうね?」
菜美子が頬杖をつきながら、目配せしてくるが、考えるだけでも気が滅入りそうで、その場を苦笑と首を傾げるだけでやり過ごした。
運動部のキャプテン候補というだけあって、菜美子の運動神経はピカイチだ。
何が来ても怖いものは無いだろう。
「ほら。席座れよ~。」
ガラッとわざと大きな音を立てるようにして、担任が入ってくる。低身長で横幅だけがスクスクと育ったその体は、まるでゆるキャラのようだった。
低く響く声は席の後ろの方まで余裕で届き、その声に生徒たちは一斉に振り向く。
「やば。じゃあ後でね!」
真季の席から離れると、バタバタと座る生徒の音に紛れて、自分の席へ着席する。
「今日来てないやついるかー?居ないな~?」
(居ない人間は答えらんないでしょ。)
と、毎朝心の中で突っ込む。
点呼の取り方の雑さはこの学校の特徴なのかと思うほど、去年の担任と態度がほぼ変わらない。
その証拠に、担任が帳簿を閉じた瞬間、後ろの扉が開き「すんませ~ん。」と間延びした男子生徒の声が聞こえた。
堂々とした遅刻だ。
---
「数学やってきた…?」
担任が教室を出たのを見計らって、真季が私の机の側まで走ってくる。
「ううん。昨日寝ちゃったんだよね。とりあえず先生来るまでに当てられそうなとこだけ終わらせちゃおうと思う。」
「さっすが、水都!頭いいよね~。」
教科書とノートを広げながら答える私に、真季はキラキラとした目を向けた。さっきクソ真面目だと見られたくないからと、理由をつけたのは誰だと自分で自分に問いたいくらい、矛盾した行動なのはわかっている。
だがしかし、当てられて恥をかくよりはマシだ。
「運動からっきしだからね…。これくらいは出来てないと、成績マジやばいじゃん?」
真季に目もくれず、ノートにペンを走らせる。とりあえず問題を書き出してから考えよう。
パラパラと教科書を捲る手を止めない私の机の角で、真季は自分の手に顎を置き、しゃがみ込んだ。
「私実技だけで学校生活終わらせたいくらいなんだけど。」
(そんな地獄のような学校生活は送れないな。)
そんな事、真季に向かって言えるわけもなく、「真季ちゃんは動いてた方が成績いいもんね。」と、なるべくギリギリの回答をする。
一歩間違えれば悪口に聞こえるんじゃないかと、ヒヤヒヤする。
「お前らほんとタイプ違うのに、良くつるむよな。」
1人の男子の言葉に、私はノートに滑らせたペンを止めた。顔を上げると、他生徒の机を挟んで向こう側に、数人、男子がたむろしているのが見える。
いつも同じメンツでなんの話しをしているのかは知らないが、同じメンツ、同じ配置で何か騒いでいるのは認識している。
話すことがない分、彼らの名前まで直ぐに出るほどの認識はしていない。
「うるさいなあ。嶺岸(ミネギシ)には関係ないでしょ。」
真季の反応で、声をかけてきたのが「嶺岸」と言うらしいことはわかった。テレビで最近よく見る俳優に憧れているのか、ワックスでしっかり髪はセットされている。
顔は似ても似つかないところを見ると、自分の顔に似合う髪型、というのを知らずに、憧れのみで突っ走るタイプなのかもしれない。
「別に悪いとは言ってねーじゃん。」
真季の反応に少し気を悪くしたのか、嶺岸と呼ばれた男子は口を尖らせて不服そうな顔をした。
その後ろに静かに、大きな黒板用の三角定規を持つ数学教師を、私は見てしまった。
数学教師は、有無を言わせない速さで、嶺岸の頭をクラス帳簿の角でゴツン、と叩く。「早く座れ。」と怒りを込めたその声とほぼ同時に、チャイムが鳴った。
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