暗闇の灯~Another Story~

兎都ひなた

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瀬津がゆっくりと顔を上げる。その頭を、咲夜はしっかりと抱き寄せた。背中を擦りながら、瀬津の体を包み込む。瀬津の心臓の音が、背中を伝い、手を伝い咲夜に伝わる。その音を落ち着かせるように、ゆっくりとゆっくりと、何度も背中を撫でた。しばらくして、嫌な音を立てていた心臓は、少しづつ、静かになる。
「よし、じゃあ飯食えよ。」
「こんなに食べていいの...?」
瀬津の呼吸が落ち着くのを待ち、お盆を差し出す咲夜。その上に置いてあるのは、おにぎり2つに漬物が乗った小皿が1つ。それと、お茶と海苔があるだけ。おにぎりがお椀の中にあるため、不格好なのが気になるが...瀬津はそんなこと気にしていないようで、少しだけ安心する。
「こんなにって量じゃねぇだろ。どっちかって言うと田舎の軽食。いいから、気にせず食えよ。そんなに痩せてんだから。お前抱えた時、かなり軽かったぞ?」
この年代の女子の体重が一体どのくらいなのかは知らない。だが、運動部に入っている訳でもない咲夜が軽々と抱き抱えることの出来た瀬津はかなり軽いだろう。実際その瀬津を抱き抱えたまま、30分以上はかかる学校から家までの距離を歩いて、息切れすらしなかった。普段何を食べているのか、ちゃんと食べているのか、不安になる。
「ねぇ、咲夜のご両親は?勝手にお邪魔してて...ご飯までもらって大丈夫かな?」
「ああ、気にしないで。今は海外出張。しばらく帰って来ないんだと。とりあえず仕送りしてもらってるし、足りなければなんとかしてもらえるから、お金に関しては結構自由だよ。だから、気にせず食べな?」
そっと、瀬津にお盆を近づける。
今、両親がどの国にいるのかすら、知らない。極偶に送られてくるよく分からない風景の絵葉書で知らせてくるが、正直よくわからないのだ。
小遣い分も多少なり貰っているので、服を買うにしろ靴を買うにしろ、必要になれば揃えることが出来る。特に不便はないこの生活様式に満足している。
瀬津が「いただきます。」と、小さく呟き手を合わせる。丁寧な、礼儀の良いその姿に不意に胸がときめいた。
海苔で巻いたおにぎりの中身は鮭と梅干しだ。口に合うか不安があるが、おにぎりの具材の王道だから、大丈夫だろうと安易に出した。そういえば亮は梅干しが苦手だったことを、食べている姿を見て思い出した。
瀬津の目の前に置かれていた食べ物は、あっという間になくなり、瀬津は「ふぅ」と小さなため息をつく。
その姿を見て、満足してもらえたかな、と安堵する。
「こんなに食べれたの、久しぶりだよ。ありがとう。ご馳走様。美味しかった!」
思わず笑顔になる。嬉しさに頬が緩む。
「よかった...。」
咲夜がホッとしたように、瀬津に笑いかけた。瀬津も「ふふっ」と笑い返す。
「俺、瀬津の笑顔初めて見たかも。作り笑いじゃない笑顔。可愛いじゃん。」
今更ながら瀬津が笑顔なのに気付き、ハッとする咲夜。思わず手が伸び、瀬津の頭を思いっきり撫でる。くしゃくしゃになった頭を鏡で見て、また瀬津は笑った。瀬津が笑う度、嬉しくなる。
突然、部屋の扉が開いた。瀬津は思わず、くしゃくしゃになった頭気にして、軽く整える。入ってきたのは、姉の由比だった。
「なぁに2人でじゃれちゃってんのよ。...おはよう瀬津ちゃん。」
「ノックぐらいしてから入ってこいよ、姉貴。」
姉の登場に、多少ムッとする。今の素朴な幸せな空間が壊れてしまった。良いとこだったのになー...。
由比はそんな咲夜を無視し、瀬津に向かってニコッと見たことも無い優しい笑顔を見せている。普段から明るい姉だが、普段男の咲夜と一緒に住んでいるから、部屋に女の子がいるこの状況が嬉しいのかもしれない。
「今日はちゃんとしたでしょー?もう!! 私はこのバカ男の姉の由比(ゆい)って言います。よろしくね。」
「あのっ、よろしくお願いします。そんなことより...何で私のことを知ってるんですか?制服の件も。お姉さんにお下がりを貰いに出ていただいていたことは咲夜から聞きました。本当にありがとうございます。」
崩れていた正座を、きちんと座り直し、由比に向き直ってまた、瀬津は頭を下げる。
...ノックの音に気付かないくらい、気持ちが瀬津に向いていたのか。ムッとしていたのが少しだけ恥ずかしくなる。つい、由比から目を逸らした。
頭を下げる瀬津の姿に、由比は戸惑い、焦っている。こんなに焦る由比の姿を見るのは珍しいかもしれない。瀬津を前にすると普段見ることの無い、由比の姿を見れることに心がワクワクした。
「そんな!かしこまらなくていいよ。この家では気軽にしてて。瀬津ちゃんの事、わかる範囲で咲から聞いた。家の事情も。」
由比の言葉に瀬津は目が泳がせた。...家の事、やっぱり勝手に言うべきではなかったと、後悔する。瀬津が黙り込んでしまった。言葉が出てこないことに不安が煽られる。
「ごめんな、瀬津。姉貴に瀬津の服着替えさせてもらう時に...その...元の制服とか、どんな子なのかとか......いろいろ伝えることがあって、その流れで教えちまった。」
「大丈夫だよ。知られて困る訳じゃないし。それに、服を貸してくれたのだって、感謝してる。咲夜には、いくら感謝しても足りないよ。」
改まって咲夜は、瀬津に向かって謝る。その咲夜の言葉に、焦るように、安心させたい思いが伝わるくらい、たくさんの言葉が溢れてくる。
しかし、その不安をかき消してしまうかのように、由比の明るい声が、部屋に響く。
「ねえ、瀬津ちゃん!この家に住んじゃいなよ。」
思わぬ由比の提案に、咲夜でさえ戸惑う。瀬津も、ポカンとしていた。由比はどういうつもりなのだろうか。
「ほら、うちの両親は海外出張ばっかりで滅多に家にはいないし。ここならお金には困らないでしょ?体壊すようなバイトの入れ方しなくても生きていける。私と咲夜は携帯持ってるし、タブレットもあるから、連絡だってとれるでしょ?テレビもネットもあるから、情報も集めれるし。なにより、1人で暮らすより楽しい!!」
由比が胸を張って言う。両親不在時に決めてもいいのか...。突然の提案に言葉が出ない。傍から見れば、ポカンと間抜けな顔をしていただろう。隣にいる瀬津も、由比の言葉に驚き、表情を固まらせてしまっていた。
「でも、それこそ迷惑じゃ...。それに私なんて......。」
「可愛い女の子が、“なんて”なんて言わないの!高校生の女の子がたった1人で住んでて、しかもバイトでほとんど家に居ないなんて。家になにか休まるものちゃんと置いてる?誰かに頼ることも大事!! まだ学生なんだから、大人を頼りなさい!」
言葉を濁らせ、詰まらせる瀬津に、由比はどっしり、腕組みをしながら仁王立ち。言葉に重みを感じる。初対面でここまで言い切り、怒ることの出来る由比が、初めてすごいと思った。咲夜ですら、由比の言葉に背筋が伸びた。
だが、由比の言うこと自体には賛同できる。瀬津を助けることが出来るなら、協力したいと思った。
「そうだよ、瀬津。俺らと暮らしてみようぜ?俺らは迷惑なんてことねぇから。親にも話はつけとく。少しでも前向きに過ごせたら、お前も“なんて”とか言わなくなるくらいには明るくなるかもしんねぇだろ?下を向いて歩かないでも済むくらい、自信持って。可愛いんだから、おどおどしてたら勿体ねぇだろ。」
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