死の刻

兎都ひなた

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#02

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目の前から何かが歩いてくる。校庭からの音、吹奏楽部の音、その周りにあった音が全て、急に消え去った。不安がこみ上げてくる。正体が分からない『何か』が近づいてくる。思わず、歩こうと踏み出しかけた足を退く。流石に気味が悪くなってきた。背筋を冷たい汗が伝う。怖いと言う思いだけに自分が染められていってしまう。
オカルトが好きなのに、恐怖に震えている自分がとても滑稽に思えた。しかも、ここへ自ら来たというのに...。気がつけば目の前にヒタヒタと歩く『何か』が来た。その何かの正体が、外から僅かに漏れる光に照らされ、ようやく分かった。血まみれになった人体模型……。

何でこんなものが動いてんだよ…。

血が滴り落ちているはずなのに、人体模型の来た方向には血の後が1つもない。ポタポタと滴り落ちては人体模型の足元で消えた。無表情の人体模型の口角が...僅かに上がる。

気がつけば足が動いていた。

階段を駆け下りて1階の廊下を昇降口の方向へと一目散に走っていく。後ろを振り返る余裕は全くない。ただ、ひたすらに前を向いて走る。何度もつまずき、足がもつれ、何度も転けそうになる。心には恐怖の2文字だけが点滅している。

昇降口へ着き、やっと一息つきながらゆっくりと後ろを振り返る。後ろには何も居ない。人体模型どころか、今霧澤の居るはずの校舎の中の様子も目に映らない。
...只の野原だ。風が吹きすさんでいる。足首まで伸びた草がイタズラに当たる。

「何だよ…これ。」

今まで旧校舎の中を走ってきたはずだ。あの人体模型はどうなった…?今何があったんだろう。頭の中に次々と疑問がわき上がってくる。その後に確かめたいと言う気持ちと確かめずに帰りたいと言う2つの気持ちが出てくる。動けばなにか変わるだろうか。

風が冷たい。一歩、外に向かって踏み出す。そしてもう1度昇降口の方を向き直る。そこにはちゃんと下駄箱が置かれている。古くなり、もうボロボロの木の下駄箱だ。一番下の段は所々朽ちている。

校舎のある方向へと走る。とにかく生徒会室の方に行ってみようと思った。何が起こっているのか分からない。今まで消えていった人たち全ての共通点、生徒会室に行けば何かわかるかもしれない。

念の為に外の非常階段に回り、上へ向かう。風が不気味に吹く音が耳をついて離れない。気持ちが悪い。さっきまで校庭から声も、吹奏楽部の演奏も聞こえていたというのに。自分しかいない世界だと錯覚するような音の無さだ。外に人の居る気配がしない。今この世界に人間の生きている気がしないのだ。

階段を上りきり,校舎の中へ再び足を踏み入れる。錆びた扉が、キィ...と嫌な音を出す。足に木造の床とは違う、何かの感覚が伝わってくる。足首に何かが絡まってくる。...いや、これは掴まれている。キリキリと力の加わるその何かがなんなのか、霧澤は足下に視線を落とし、目を凝らす。

みるみるとボヤけていた線がはっきりとし、その姿が明らかになる。先程追ってきていたはずの血まみれの人体模型の手だった。人体模型はバラバラになって廊下に散乱している。

何だこれ...。

後退りしようと身を引くが、足を掴んだ手が許してはくれない。人体模型はバラバラになってるのに刃物で切られた様な断面は無い。言うならば人の手で分解されたかのような...模型そのものの断面だ。

あまりの恐ろしさに思わず大声で叫んでしまう。その声が廊下に響き渡り、壁の側面、また反対側の壁へと当たって反響し合う。その反響した自分の声がまた,不気味で虚しく足がすくむ。足首を掴んだ人体模型の手にだんだん力が入っていき,指が足に食い込んできた。霧澤の足首の皮膚が耐えきれず裂け,血が流れ出す。

叫びながら、感覚が鈍くなる足を振り回す。流れた血は周りに飛び散り、壁に赤い斑点を付ける。食い込み皮膚を裂くほどの力だったはずなのに、手は意外にもすんなりと外れ壁に吹き飛んだ手が叩き付けられる。しかし,霧澤にそんな光景を見ている余裕は到底ない。足から引き離すのに頭がいっぱいだ。恐怖で胸が押しつぶされそうになる。足は痛く、血が流れ出る感覚が気持ち悪い。
不思議現象は全部で7つと聞いた。よくある学校の七不思議と言われるものなのだろうか…。

今までにあったのは最初の血まみれ人体模型。ヒタヒタと近づいては来るが、追いかけては来なかったな。

次は校舎が急になくなり、草原に変わって見えた、あの現象。結局あれはただの恐怖と疲労で見えただけの幻覚なのか、真実なのか...未だによくわからず、頭が混乱している。

そして...今のバラバラに分解された人体模型の腕が足を掴んで来たこと。誰が分解したのか...人の気配なんて感じなかった。

今のところはその3つだけ、か。後4つ。後4つでオレの体がどうなるか…今まであった現象を頭で反芻することは出来たが、この後を想像すると言う方向に思考が回らない。
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