死の刻

兎都ひなた

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#05・最終話

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何で急に押村が殺されるの?殺したのは誰?何で殺されなくてはいけないの…。わけが分からない。『誰』『何』という文字が頭の中で連鎖する。押村の姿が頭から…目の中から消えない。目をそらす事が出来ない。『死なないで』という言葉が頭を散らつく。狩野が手を伸ばそうとした瞬間、押村がかすかに動く。

押村の手が狩野の足首を掴み、グンッと力強く引っ張る。ひんやりとした手の感覚が足首に伝わってくる。突然のことに尻もちをついた。足下を見ると死んでしまったはずの押村と目が合う。血の気のない,血の通っていない顔。口元だけが怪しげに笑みを浮かべている。

思わず大声を出してしまう。足に絡みつく押村を振りほどき、足は自然に1つの教室の方向へと向かっていた。中へ駆け込む。鍵をしっかりと閉めてその場にへたり込む。

何あれ…。自分に起こったことの意味が全く理解出来ない。頭で考えれば考えるほど、混乱してしまう。死の刻が本当にあるのだとすれば、1人で通らず、2人一緒に通ったのはルール違反だ。突然殺された押村は、その罰?何が起きるのか全くわからない死の刻。もしかしたら、それを試すと直ぐに死ぬの?...じゃあ、私だけ助かっちゃったってこと?

思考がグルグルとしながら、部屋の方を向く。目の中に白骨化した人間が飛び込む。積み上げられたバラバラになった骨。もしかしたらこの骨は今まで消えていった生徒なのかもしれない。ただ1人、目の前に座っている白骨化した人間だけ、形を残したまま崩れることなく、足を投げ出して座っている。その骸骨はまだ新しいってこと...?

骸骨本体はバラバラになっていないが、どこか古びたような、黄ばんでしまったような、真っ白ではない独特な色をしている。そして何よりの特徴は、この骸骨だけ、服を着ているということ。骸骨が...服?疑問は山のようにあるが、よく見覚えのあるその服に興味を持ってしまい、近付く。その服はこの学校の男子制服。名札の名前は……『霧澤』

「嘘…でしょ……」

じゃあこの骸骨達は本当に今まで消えていってしまったと言われる人たちなの?体は動いた。生徒会室の扉を背に、骸骨から距離を取る。けれども何故か鍵を開けて外に出ようとは思わなかった。外にはあの押村がいるから。あの恐ろしい手が伸びてくるから。

4時44分44秒に理科室の前を4秒で歩く。7つの不思議現象……。在り来たりで,何処にでもありそうな極普通の怪談話。本気にする人なんて数少ないと思う。それでも…この目で見た。只の偶然だと言う可能性だってあると、心のどこかで最初は信じたかったのかもしれない。只の偶然、誰かの冗談。そんな笑い話に出来たらどんなに楽か...。しかし昨日の今日…この短時間で人1人が白骨化するなんて考えられない。そもそも、霧澤が死んでいるとも思いたくない。

目の前に窓があった。2階にいる訳だから飛び降りたとしても助かるだろう。怪我位、骨折位は覚悟しておいた方が良いかもしれない。

窓を開け,足を掛ける。目を閉じて下も見ず、何も考えずに飛び降りる。すぐに地面に着くだろう。...その考えが甘かった。いつになっても地に足が着く感覚がない。閉じていた目をゆっくりと開く。下に目を向ける。

一瞬,目を疑った。自分が見ているものは幻ではないかという言葉が頭をよぎる。何もない。地も木も草も…何もない空間が広がっている。そこに浮かぶ、自分。落下している感覚はあるのに、地面と距離が縮まらない。

「…どこ?」

つい、声が漏れる。

ここは何処?学校の中じゃないの?校舎の中から飛び降りたのだから見慣れたはずの景色が目に映るはずだ。なんの疑いもなかった。しかし目の中に映るのはそれとは逆に全く知らない世界。知らない空間だ。見慣れる,見慣れないではない。今までに見た事のないような場所。この世界に存在するかどうかも分からないような場所。
周りに音はない。校庭の遊ぶ声も、吹奏楽部の演奏も聞こえていないことに、今更気付く。『何処』と聞いても答えは決して答えは返って来ない。何処まで落ちていくんだろう。上を向いても空しかない。

不意に眠気が襲った。眠気なんかどうかも分からない。意識が遠のくのを感じる。それからの記憶がほとんどない。気がつけば地面の上で横になっていた。

目を開けるとそこには空ではなく押村の顔があった。生きていた時の押村の顔。でも…顔だけだ。首の途中で切られている。顔だけが、浮いていた。切り口はあるのに血が流れていない。顔が笑っている。

『大丈夫?』

その押村の”顔”が狩野に声をかける。耳からではなく,頭の中に直接入ってくる声だ。いつもの押村の声。ニタァ...と笑う押村の顔に恐怖を覚える。背筋に寒気が走る。咄嗟に体が動いた。

とにかくこの場から逃れたい。そう思いながら走るのに一向に学校の門へたどり着かない。横の校舎の壁がひたすら、同じだ。後ろに流れていったはずの校舎をずっと見ている。それでも、その場から走り続ける。いつまでも終わる事のないループの様だった。

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翌日、学校に活気はなかった。暗く沈んだ廊下。生徒たちは口々に噂話をしている。生徒の口から女子生徒2名の名前が零れる。1人は『押村』。そしてもう1人は…『狩野』。

しかし狩野の姿は消えていなかった。旧校舎の裏の木の根元で、ボロボロになった制服を纏い、ただ座っている。息は無い。横には白骨化した1人の人間とバラバラになっている骸骨を並べて。

狩野もいずれは白骨化した骸骨になるだろう。恐怖で人の近づかない、この旧校舎の木の根元で。誰に埋められる事も無く。

                           ―END―
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