死の刻

兎都ひなた

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#04

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本物の霧澤に向かってニタニタしながら、喋り出す。声は本物の霧澤の声を機械に通したような...変な反響を持った機械音だった。

反論してきた……。鏡に反響した訳ではない。この中の奴が喋り出した…。

動揺する霧澤の思考を停止させるかのように、いきなり何かに肩をつかまれる。...肩だけではない。体の至る所を掴まれた。あまりにも突然の事で声が出ない。ただただもがくだけでいる自分が情けなく感じた。口を力強く塞がれる。振りほどくことも出来ない。

「何する気だよ。」

そう言いたいのに声が出ない。もごもごとした声にならない音が鈍く…反響する。

鏡の中から伸びてきた手に少しずつ引っ張られる。後ろへと引きずられていく。合わせ鏡になっている、後ろの鏡と目の前にある鏡。

その目の前の鏡の奥深く、深く暗闇になっているところが、キラッと光った。

何だ?と思いつつ、その一点を見ていると、光はニョキニョキ伸びてきて、招待を露わにする。...1本の刃が伸びてくたんだ。その刃は鏡の中の自分を貫き、そのまま外に出てくる。人1人貫いているはずなのに、血が飛び散ることもなく、真っ直ぐ自分に向かって伸びてくる。そしてそのままなんの躊躇もなく、霧澤を貫き刺し、後ろの鏡へカツンッと当たる。

鏡の破片が飛び散り、複数の手から解放された霧澤は、ドサッと音を立てて前のめりに倒れた。鏡の破片は下に倒れた霧澤の上へと容赦なく降る。意識はそこで、途切れた。

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翌日、いつもと何も変わらない登校の時間が来て生徒は一斉に学校に傾れ込む。

押村と狩野のいる教室に1人、生徒が消えたという噂が流れる。その生徒の名前を聞き、押村と狩野は顔を見合わせた。生徒達の口からは口々に『霧澤』という名前が零れていたのだ。

「あの馬鹿……」

「本当に確かめたんだね…。」

2人でそう呟く。つい、目を伏せてしまった。まだ何が起こったか分からない。只の先輩から代々続く冗談みたいな...言い伝えみたいなものだと思っていた。しかしそれを聞いてすぐに試した霧澤が消えた。家に連絡しても、昨日から帰っていないという。学校のどこかからひょっこり出てくることもない。どうも休んでいたり、隠れているという事はないようだ。付近の目撃情報もないらしい。

…という事は『死の刻』という只の言い伝えだと思っていたものは本当に存在していたと言うことなのか。

今は使われていない旧校舎の中にある理科室。その前を、生徒会室へ向けて4時44分44秒から4秒かけて理科室の前を1人で通る。すると7つの不思議現象……。

極普通の在り来たりな怪談話。何処にでもありそうな学校の怪談的なものだと思っていた。ドラマとか漫画までよくある《学校に言い伝わる七不思議》みたいな。実際に見た事もないし、もちろん自分の身に起こったことでもない。試したことすらない。信じようとは全く思えけど現に霧澤という男子1人は消えていった。その事実は変わらない。

「ねぇ,今日行こうよ。旧校舎の理科室前。」

「え……」

昨日の今日であの校舎の同じ場所に行く?押村がどんな神経をしているのかが分からない。普通の人だったらあんな不気味な場所、今は特に怖がって近付くことも出来ないだろう。でも真実は気になるし,確かめたいという気持ちは狩野にだって充分過ぎる程にある。

放課後になり4時30分ちょうどに教室を押村と狩野が出る。なるべく霧澤と同じ様に行動してみようと思う。教室を出てからは見ていないから、想像で行くしかないけれど。なるべく急いで理科室前へと行く。動悸がうるさい。自分の体がそのまま心臓になってしまったのではないかと思う程に、ドキドキとうるさく音をたてていた。
外では残って遊んでいる生徒の元気な声。吹奏楽部の演奏。

...曲がいきなりベートーヴェンの『運命』に変わる。その音が薄暗い旧校舎の廊下に不気味に響き渡る。タイミング良く風までもが吹き去って行く。狩野は思わず足を止め、外に目をやる。眩しく光る太陽、雲ひとつない青い空に、なんでこんなことしてるんだろうと他人事のように思った。

「行くよ!なんかわくわくしてきたぁ。5…4…3……」

足を止めた狩野に押村が気付き、手を引っ張る。押村がカウントしていく。狩野にはそれが死のカウントダウンに聞こえた。死んでしまうかもしれない…自分までもが明日、この世に居ないかもしれない。霧澤と同じように消えてしまうかも...。

そんな不安は押村にはないのだろうか。その自分とのギャップがドキドキと焦っていた心を、冷静にさせた。考えても仕方ない。まだ自分の身に何か起こっているわけでもない。狩野は腕時計を覗きながら秒針を確認する。
時間ぴったりに、2人同時に足を踏み出す。そして理科室の前を通り過ぎてすぐに足を止める。おそるおそるゆっくりと後ろを向く。流石の押村も表情を強ばらせていた。

「なぁんだ、何も起こらないじゃん。霧澤だってこの校舎のどこかに隠れてるだけなんじゃないの?」

押村が理科室に体を完全に向ける。廊下を見つめていた狩野は仁王立ちで何かを疑う仕草をしている押村の方に体を向けようとして、止まった。押村の後方から何かが飛んでくる。音のない中その『何か』は凄いスピードでまっすぐに飛んでくる。

日の光に照らされて光っている…。

一瞬だったと思う。一瞬のうちに目の前から人間の姿が消え去った。ドサッと、音とともに足元に嫌な重みを感じる。血が飛沫となって飛び散る。狩野の制服に赤い斑点が出来る。足下が生暖かくなってくる。血に染まった自分の足が目に入ってくる。

押村が、背中に刀を突き刺したまま、転がっていた。

「何の……冗談よ。」
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