1 / 6
#01
しおりを挟む
「ごめんね。」
そう言い、目の前の幼馴染はその細くしなやかな手で首を押さえた。幼馴染の全体重をかけて、押さえたその指は、徐々に首にめり込んでくる。
圧に負けて意識が遠のくまで、とても苦しく、とても長く感じたが、実際のところほんの数秒の出来事だっただろう。
---
「ねえねえ、メリーさんって知ってる?」
ふわふわとした髪が揺れる。
彼女の名前は池谷 茉祐子。(イケヤ・マユコ)
噂大好きなクラスメイトだ。常に新しい話題を持ってくることから、彼女の周りを人が囲むんでいることは少なくない。
「あの歌の羊?」
ぶっきらぼうな声が飛ぶ。
彼の名前は佐々本 奈和。(ササモト・ナオ)
サッカーが得意で指定校推薦を狙っていると聞いたことがある。茉祐子とは正反対に、人当たりがいい方ではなく、反応も薄く、あまり笑わないためか周りから怖がられ、遠巻きに見られることの多いクラスメイトだ。
「違うよ。羊を飼ってる方でしょ。」
濱咲 香瑠。(ハマサキ・カオル)
噂話をしているところに必ずと言っていいほど現れる、地獄耳。自分の意見よりも先に、噂を信じてしまうタイプの人間だ。
「違う違う。そのメリーさんじゃなくてさ。幸せをくれるメリーさん。」
ニマッと茉祐子は満足気に笑った。
誰も知らない情報を手にしているという優越感に浸っているのだ。ぷっくりと盛り上がる頬は可愛く、また幼さを感じさせる。
幸せをくれるメリーさん。
その噂を聞いたのは、つい昨日の事だった。
何をしてくれるかはよく知らない。ただ、メリーさんから言われたことは絶対で、それを聞きいれられない人は消されてしまうらしい。
「ねえ、そのメリーさんは何をしてくれるの?」
「んー、そこまでは知らないかな。でも、メリーさんの言うこと聞いたら、何でもしてくれるよ。きっと。」
「んな曖昧な…。」
茉祐子の返答に満足しなかったのか、奈和は吐き捨てるように言うと、そっぽを向いた。
その奈和の目の前から、ツカツカと教室に入ってくる人影。その人影は、奈和の横を通り過ぎると、茉祐子の前で立ち止まった。
「何の話?」
「駿!メリーさんの話してたの。駿は知ってる?」
森久保 駿也。(モリクボ・シュンヤ)
同じ日に、同じ病院で産まれ、そこで親同士が意気投合。なんの運命か、家まで近所だったことから、しょっちゅう家を行き来している、茉祐子の幼馴染だ。
サラサラと櫛通りの良い髪が風に靡く。
「んー、俺は知らないかな。うちの親なら何か知ってるかもよ。」
「森久保のお母さん、占い師だもんね。今日の占いも見てきたよ~!」
香瑠が目を輝かせながら言う。今日の順位が良かったのかもしれない。
駿也の母は今人気の占い師だ。
毎朝、学校を出る前に無意識に見るテレビの最後の数分、メイクをしっかりと派手目にした駿也の母を見る。
在り来りな星座占いだとは思っていても、決してマイナスなことを言わない駿也の母の占いは、多方面に人気があった。
「ありがとう。今日帰ったら聞いてみるよ。メリーさんのこと。」
にっこりと綺麗に整えられたその笑顔は、非の打ち所が無いほど爽やかな笑顔だった。
それが作り笑いと気付くのは幼馴染の茉祐子くらいだろう。
「今日、早紀さん帰り早いの?私も久しぶりに会いたい!」
茉祐子は駿也の顔の前に回り込み、その顔を隠すように近付けた。ニマッと笑うその笑顔にぷっくりとした頬。ふわふわとした駿也とは真逆の髪は、2人の対称性を強調した。
「いいよ。帰りにそのままおいで。母さんも茉祐に会いたがってるし。そのままご飯食べて帰りなよ。」
「やったー!早紀さんのご飯大好き!」
ふふっと笑いながら、言う駿也に、茉祐子はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
奈和はそっぽを向いたまま、持参した小説をいつの間にか読み始め、周りの話なんて耳に届いていないようだった。
「ちょっとちょっと!」と、香瑠がすぐに茉祐子の手を引く。
「ねえ、茉祐子ってほんとに森久保と付き合ってないの?」
茉祐子に顔を近付けて、香瑠のヒソヒソと極力小さな声で、囁かれる。興奮しているのか、鼻息は荒く、小さくしている声も、いつ大きくなるのかわからない。
この質問は何度目だろう。
「そんなわけないじゃん。ただの幼馴染だよ。」
極力小さな声で、ヒソヒソと返事をすると、茉祐子は香瑠の頬をつついた。
「茉祐?」
「ん?」
背後からする駿也の声に、何も知らない無垢なフリをして振り返る。駿也の前ではなるべく笑顔で、なるべく可愛くありたいと思う。
付き合っていないのは本当だが、いつも綺麗に笑う駿也のことが好きだった。
同じ日に産まれ、ほとんどの時間を一緒に過ごし、感覚的には兄弟に近いかもしれない。それでも、隠しきれないほどに好きなのだ。
「ホームルーム終わったら、いつものとこでね。」
「うん。」
ガヤガヤとした教室の中、駿也は手をヒラッとさせると「またあとで。」と一言、茉祐子の耳元で言い教室を後にした。
ふぅ、と少しだけ離れたところから、息を吐く声がして振り返る。
小説を読んでいたはずの奈和は肘をつき、顎に手を添え、こちらを見ていた。真横には目をキラキラと輝かせた香瑠が何か言いたげに、手を震わせている。
「お前ら少しは周りみなよ。」
「そうだよ~。目の前で少女漫画しないでよ。そんなんだから噂になるんだよ?」
何度、2人の関係を少女漫画と呼ばれただろう。今まで何度、それを否定しただろう。いつの間にか数えるのを辞めてしまったその言葉を、ただ笑って否定する虚しさに、何度襲われればいいのだろうか。
メリーさんなら、この関係を変えてくれるのだろうか。
そう言い、目の前の幼馴染はその細くしなやかな手で首を押さえた。幼馴染の全体重をかけて、押さえたその指は、徐々に首にめり込んでくる。
圧に負けて意識が遠のくまで、とても苦しく、とても長く感じたが、実際のところほんの数秒の出来事だっただろう。
---
「ねえねえ、メリーさんって知ってる?」
ふわふわとした髪が揺れる。
彼女の名前は池谷 茉祐子。(イケヤ・マユコ)
噂大好きなクラスメイトだ。常に新しい話題を持ってくることから、彼女の周りを人が囲むんでいることは少なくない。
「あの歌の羊?」
ぶっきらぼうな声が飛ぶ。
彼の名前は佐々本 奈和。(ササモト・ナオ)
サッカーが得意で指定校推薦を狙っていると聞いたことがある。茉祐子とは正反対に、人当たりがいい方ではなく、反応も薄く、あまり笑わないためか周りから怖がられ、遠巻きに見られることの多いクラスメイトだ。
「違うよ。羊を飼ってる方でしょ。」
濱咲 香瑠。(ハマサキ・カオル)
噂話をしているところに必ずと言っていいほど現れる、地獄耳。自分の意見よりも先に、噂を信じてしまうタイプの人間だ。
「違う違う。そのメリーさんじゃなくてさ。幸せをくれるメリーさん。」
ニマッと茉祐子は満足気に笑った。
誰も知らない情報を手にしているという優越感に浸っているのだ。ぷっくりと盛り上がる頬は可愛く、また幼さを感じさせる。
幸せをくれるメリーさん。
その噂を聞いたのは、つい昨日の事だった。
何をしてくれるかはよく知らない。ただ、メリーさんから言われたことは絶対で、それを聞きいれられない人は消されてしまうらしい。
「ねえ、そのメリーさんは何をしてくれるの?」
「んー、そこまでは知らないかな。でも、メリーさんの言うこと聞いたら、何でもしてくれるよ。きっと。」
「んな曖昧な…。」
茉祐子の返答に満足しなかったのか、奈和は吐き捨てるように言うと、そっぽを向いた。
その奈和の目の前から、ツカツカと教室に入ってくる人影。その人影は、奈和の横を通り過ぎると、茉祐子の前で立ち止まった。
「何の話?」
「駿!メリーさんの話してたの。駿は知ってる?」
森久保 駿也。(モリクボ・シュンヤ)
同じ日に、同じ病院で産まれ、そこで親同士が意気投合。なんの運命か、家まで近所だったことから、しょっちゅう家を行き来している、茉祐子の幼馴染だ。
サラサラと櫛通りの良い髪が風に靡く。
「んー、俺は知らないかな。うちの親なら何か知ってるかもよ。」
「森久保のお母さん、占い師だもんね。今日の占いも見てきたよ~!」
香瑠が目を輝かせながら言う。今日の順位が良かったのかもしれない。
駿也の母は今人気の占い師だ。
毎朝、学校を出る前に無意識に見るテレビの最後の数分、メイクをしっかりと派手目にした駿也の母を見る。
在り来りな星座占いだとは思っていても、決してマイナスなことを言わない駿也の母の占いは、多方面に人気があった。
「ありがとう。今日帰ったら聞いてみるよ。メリーさんのこと。」
にっこりと綺麗に整えられたその笑顔は、非の打ち所が無いほど爽やかな笑顔だった。
それが作り笑いと気付くのは幼馴染の茉祐子くらいだろう。
「今日、早紀さん帰り早いの?私も久しぶりに会いたい!」
茉祐子は駿也の顔の前に回り込み、その顔を隠すように近付けた。ニマッと笑うその笑顔にぷっくりとした頬。ふわふわとした駿也とは真逆の髪は、2人の対称性を強調した。
「いいよ。帰りにそのままおいで。母さんも茉祐に会いたがってるし。そのままご飯食べて帰りなよ。」
「やったー!早紀さんのご飯大好き!」
ふふっと笑いながら、言う駿也に、茉祐子はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
奈和はそっぽを向いたまま、持参した小説をいつの間にか読み始め、周りの話なんて耳に届いていないようだった。
「ちょっとちょっと!」と、香瑠がすぐに茉祐子の手を引く。
「ねえ、茉祐子ってほんとに森久保と付き合ってないの?」
茉祐子に顔を近付けて、香瑠のヒソヒソと極力小さな声で、囁かれる。興奮しているのか、鼻息は荒く、小さくしている声も、いつ大きくなるのかわからない。
この質問は何度目だろう。
「そんなわけないじゃん。ただの幼馴染だよ。」
極力小さな声で、ヒソヒソと返事をすると、茉祐子は香瑠の頬をつついた。
「茉祐?」
「ん?」
背後からする駿也の声に、何も知らない無垢なフリをして振り返る。駿也の前ではなるべく笑顔で、なるべく可愛くありたいと思う。
付き合っていないのは本当だが、いつも綺麗に笑う駿也のことが好きだった。
同じ日に産まれ、ほとんどの時間を一緒に過ごし、感覚的には兄弟に近いかもしれない。それでも、隠しきれないほどに好きなのだ。
「ホームルーム終わったら、いつものとこでね。」
「うん。」
ガヤガヤとした教室の中、駿也は手をヒラッとさせると「またあとで。」と一言、茉祐子の耳元で言い教室を後にした。
ふぅ、と少しだけ離れたところから、息を吐く声がして振り返る。
小説を読んでいたはずの奈和は肘をつき、顎に手を添え、こちらを見ていた。真横には目をキラキラと輝かせた香瑠が何か言いたげに、手を震わせている。
「お前ら少しは周りみなよ。」
「そうだよ~。目の前で少女漫画しないでよ。そんなんだから噂になるんだよ?」
何度、2人の関係を少女漫画と呼ばれただろう。今まで何度、それを否定しただろう。いつの間にか数えるのを辞めてしまったその言葉を、ただ笑って否定する虚しさに、何度襲われればいいのだろうか。
メリーさんなら、この関係を変えてくれるのだろうか。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる