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#02
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「今日、顧問来ないって!」
「ゲ。数学って宿題出てたっけ。教科書持って帰らなきゃじゃん。だる。」
「ねえねえ、今日のドラマどこまで進むかな?あの2人ってくっつくの?」
「やっべ。漫画発売日じゃん。財布置いてきちゃった。」
ホームルームの先生の言葉をかき消すかのように、教室内がざわめく。教卓には少し小太りな背の低い担任。口を動かいていることは伝わるが、正直何を話しているのか、全く聞き取れない。
チャイムの音が響き、担任の「あ。」と言いたげな顔が固まった。言いたいことを最後まで話せていないのかもしれない。
そんな担任を横目に、チャイムの音と同時に立ち上がり、茉祐子は香留に「じゃあね。」と、手を振った。
返事を聞かずに足を進め、教室の引き戸を開けるその背中に、香留の声が届く。
「はーい。森久保によろしくね~。」
一体何をよろしくされたのだろうか。
廊下に出ると、隣にある、駿也のいる教室からもガヤガヤと統一感のない会話が漏れ聞こえ、生徒が足早に出てくる。
部活へ行くもの、他クラスの友達の所へ向かうもの、そのまま急いでまっすぐ帰って行くもの。
方向も目的も様々だが、茉祐子はその中でも大きな昇降口に向かう人の流れに乗った。微妙に前の人を抜かすことの出来ない速さに、早く約束の場所へと行きたい焦りが募る。
昇降口に着くとそれぞれの下駄箱へ散り、人の塊は崩れた。
靴を履き替え、小走りに約束の場所、校舎横のクヌギの木の下へ向かう。
校舎の角を曲がると、人影が見え、胸が高鳴る。
「ごめん、待った?」
「ううん。今来たとこだよ。行こっか。」
少しだけ息を切らせていたのを、直前で整え、余裕な振りを装う茉祐子に、駿也は微笑み、手を差し伸べた。
その手を取りながら「うん。」と、頬をぷっくりとさせる笑みを浮かべ、肩を並べる。
校舎横の少しだけ乱れたフェンスを潜り、なるべく人目のつかない道で、駿也の家へ向かう。こっちの方が近いのだと、入学した時に駿也は言った。実際に、まっすぐ正門から出た時との距離は測ったことも無いので、本当に近いのかどうかは未だ不明だ。
人目を避けるようなその道も、木に隠れて薄暗い道と呼べないような道も、今ではほとんど毎日通るため、慣れてしまった。
「今日の占い、私ラッキーカラー青だったんだけど、ラッキーカラーって結局何持ってればいいの?って毎回思うんだよね。その色であればいいのかな?」
他愛もない会話。何の気も止めないような会話が、茉祐子の口から次から次へと生み出されていく。その中に重要な単語なんてほとんどないのではないかとさえ思う。
場を繋いでいる、と言うよりは向かい合っていればいつまででも話せる相手、という間柄なのだ。
「うーん。何でもいいんじゃないかな?俺も、親が占いしてるってだけで詳しいわけじゃないんだよね。青なら持ち物に何かしら入ってそうだよね。いい事あった?」
今日も変わらず、駿也と帰れていることが、茉祐子にとっての「いい事」だ。好きな相手と登下校を共に出来るのは、幸せだった。
「特にいつも通りかな。でも、悪いこともなかった。」
「それが結局1番いいよね。平和な感じで。」
ふふっと笑いながら、駿也は言う。
綺麗に整えられたその顔は、いつ見ても、何年見てても、不思議な魅力を感じた。
淡々と石畳をあがり、神社をぬけ、その奥に立つ如何にもお金を持っていそうな大きな家の門をくぐる。
駿也は俗に言う、いいとこの子。という立場だ。
鍵は顔認証なのか、自動で開けられ、何かをするモーションもなく、奥へズンズンと歩いていく。何度来ても一般的な家庭で育っている茉祐子には刺激的な光景だ。
「おかえりなさい、駿也。」
「早紀さん!!」
ソファの背もたれ越しに、駿也とそっくりな、綺麗な笑顔を向ける彼女こそ、今日会いに来た駿也の母親、森久保 早紀(モリクボ・サキ)だ。
「茉祐子ちゃんも、おかえりなさい。」
優しい声で、ニコッと微笑みかけられた茉祐子の鼓動は、今にも破裂しそうなほど高鳴る。
「ただいま、母さん。」
「茉祐子ちゃん、今日夕飯食べていくでしょ?何が食べたい?」
駿也の返しが聞こえていないのか、聞く耳を持っていないのか、早紀はソファから立ち上がり、茉祐子に目を向ける。
ニコニコしたその綺麗な笑顔からはなんの悪意も感じ取ることが出来ず、「聞こえていなかっただけ」なのだと、思い込むようにしている。この笑顔の裏に何を隠しているのか、知るのが怖かった。
「早紀さんの作るご飯ならなんでも大好き!」
飛び切りの笑顔で答える茉祐子に、早紀は更に明るい笑顔を向けた。
「じゃあ、張り切って作っちゃうね。」
そう言うと、傍らのエプロンを手に取り、キッチンへ向かった。これだけ家が大きくて部屋が広くても、家事は自分でやりたいという早紀。家政婦なんて家に居ない。
早紀の背中を見送った後、隣に目を向けると、駿也は泣きそうな、堪えたような笑顔を見せた。
「早紀さん、今日も駿のこと見なかったね。」
つい、ポロッと言葉が落ちる。言わずにはいられなかった。
「しょうがないよ。母さんだから。」
その言葉の真意はわからなかったが、駿也がもうこのやり取りは諦めているのだということだけは伝わった。
「ゲ。数学って宿題出てたっけ。教科書持って帰らなきゃじゃん。だる。」
「ねえねえ、今日のドラマどこまで進むかな?あの2人ってくっつくの?」
「やっべ。漫画発売日じゃん。財布置いてきちゃった。」
ホームルームの先生の言葉をかき消すかのように、教室内がざわめく。教卓には少し小太りな背の低い担任。口を動かいていることは伝わるが、正直何を話しているのか、全く聞き取れない。
チャイムの音が響き、担任の「あ。」と言いたげな顔が固まった。言いたいことを最後まで話せていないのかもしれない。
そんな担任を横目に、チャイムの音と同時に立ち上がり、茉祐子は香留に「じゃあね。」と、手を振った。
返事を聞かずに足を進め、教室の引き戸を開けるその背中に、香留の声が届く。
「はーい。森久保によろしくね~。」
一体何をよろしくされたのだろうか。
廊下に出ると、隣にある、駿也のいる教室からもガヤガヤと統一感のない会話が漏れ聞こえ、生徒が足早に出てくる。
部活へ行くもの、他クラスの友達の所へ向かうもの、そのまま急いでまっすぐ帰って行くもの。
方向も目的も様々だが、茉祐子はその中でも大きな昇降口に向かう人の流れに乗った。微妙に前の人を抜かすことの出来ない速さに、早く約束の場所へと行きたい焦りが募る。
昇降口に着くとそれぞれの下駄箱へ散り、人の塊は崩れた。
靴を履き替え、小走りに約束の場所、校舎横のクヌギの木の下へ向かう。
校舎の角を曲がると、人影が見え、胸が高鳴る。
「ごめん、待った?」
「ううん。今来たとこだよ。行こっか。」
少しだけ息を切らせていたのを、直前で整え、余裕な振りを装う茉祐子に、駿也は微笑み、手を差し伸べた。
その手を取りながら「うん。」と、頬をぷっくりとさせる笑みを浮かべ、肩を並べる。
校舎横の少しだけ乱れたフェンスを潜り、なるべく人目のつかない道で、駿也の家へ向かう。こっちの方が近いのだと、入学した時に駿也は言った。実際に、まっすぐ正門から出た時との距離は測ったことも無いので、本当に近いのかどうかは未だ不明だ。
人目を避けるようなその道も、木に隠れて薄暗い道と呼べないような道も、今ではほとんど毎日通るため、慣れてしまった。
「今日の占い、私ラッキーカラー青だったんだけど、ラッキーカラーって結局何持ってればいいの?って毎回思うんだよね。その色であればいいのかな?」
他愛もない会話。何の気も止めないような会話が、茉祐子の口から次から次へと生み出されていく。その中に重要な単語なんてほとんどないのではないかとさえ思う。
場を繋いでいる、と言うよりは向かい合っていればいつまででも話せる相手、という間柄なのだ。
「うーん。何でもいいんじゃないかな?俺も、親が占いしてるってだけで詳しいわけじゃないんだよね。青なら持ち物に何かしら入ってそうだよね。いい事あった?」
今日も変わらず、駿也と帰れていることが、茉祐子にとっての「いい事」だ。好きな相手と登下校を共に出来るのは、幸せだった。
「特にいつも通りかな。でも、悪いこともなかった。」
「それが結局1番いいよね。平和な感じで。」
ふふっと笑いながら、駿也は言う。
綺麗に整えられたその顔は、いつ見ても、何年見てても、不思議な魅力を感じた。
淡々と石畳をあがり、神社をぬけ、その奥に立つ如何にもお金を持っていそうな大きな家の門をくぐる。
駿也は俗に言う、いいとこの子。という立場だ。
鍵は顔認証なのか、自動で開けられ、何かをするモーションもなく、奥へズンズンと歩いていく。何度来ても一般的な家庭で育っている茉祐子には刺激的な光景だ。
「おかえりなさい、駿也。」
「早紀さん!!」
ソファの背もたれ越しに、駿也とそっくりな、綺麗な笑顔を向ける彼女こそ、今日会いに来た駿也の母親、森久保 早紀(モリクボ・サキ)だ。
「茉祐子ちゃんも、おかえりなさい。」
優しい声で、ニコッと微笑みかけられた茉祐子の鼓動は、今にも破裂しそうなほど高鳴る。
「ただいま、母さん。」
「茉祐子ちゃん、今日夕飯食べていくでしょ?何が食べたい?」
駿也の返しが聞こえていないのか、聞く耳を持っていないのか、早紀はソファから立ち上がり、茉祐子に目を向ける。
ニコニコしたその綺麗な笑顔からはなんの悪意も感じ取ることが出来ず、「聞こえていなかっただけ」なのだと、思い込むようにしている。この笑顔の裏に何を隠しているのか、知るのが怖かった。
「早紀さんの作るご飯ならなんでも大好き!」
飛び切りの笑顔で答える茉祐子に、早紀は更に明るい笑顔を向けた。
「じゃあ、張り切って作っちゃうね。」
そう言うと、傍らのエプロンを手に取り、キッチンへ向かった。これだけ家が大きくて部屋が広くても、家事は自分でやりたいという早紀。家政婦なんて家に居ない。
早紀の背中を見送った後、隣に目を向けると、駿也は泣きそうな、堪えたような笑顔を見せた。
「早紀さん、今日も駿のこと見なかったね。」
つい、ポロッと言葉が落ちる。言わずにはいられなかった。
「しょうがないよ。母さんだから。」
その言葉の真意はわからなかったが、駿也がもうこのやり取りは諦めているのだということだけは伝わった。
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