暗闇の灯

兎都ひなた

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#01

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暗闇のともしび

虐めなんて終るわけがない。あの日、私は諦めることを覚えた。虐めをやってる人がバカなだけだと、少し蔑んだ考えで、思い込もうとした。バカは何をやってもバカなんだろうな、と思うことにした。何かに気付かない限り、直るわけなんかない。私は虐めが始まったその日を境に、そう思って生きることを決めたんだ。

「おいっ瀬津ッ。購買でいつもの買って来いよ!!」
いつもの光景。いつもと変わらない、自分に向けられた怒声。ガンッと蹴られて揺れる机。命令してくるのは決まって椅子に座った、中心に居座る人物。その子を取り巻くように、数人腕組みをして立っている。
私は、神無月 瀬津(かんなづき・せつ)。神のいない月と書いて神無月。私はこの名前の意味が本当なんじゃないかと思う。本当に神様のいない月に生まれちゃったんじゃないかって。毎日のいじめ。学校が変わっても、絶対に誰かが中心となり、いつの間にかいじめが始まっている。お昼の時間は呼び出され、何かしら買いに行けと脅される。
今までに良かった事なんて片手で数えられるほどしかない。
「………はい。行ってきます……。」
ただ、従うしかないんだ。両親が死んで、親戚に引き取られた。それと同時にもうすぐ卒業するはずだった学校から転校し、引っ越した。家でも学校でも1人になった時に声をかけてくれたのが、このグループだった。そのまま高校まで...。本当は、こんな...従うばかりの生活じゃなくて、もっと明るい学校生活を送りたかった。でも、もう叶わない夢だから。現実を見て生きていかなきゃいけないんだから。私は、諦めた。いつも自分に言い聞かせてきた言葉。
誰の…何の役にも立たない言葉。
購買に向かって走り出す。親戚の家は、住むところの提供、というだけの名目らしく、自分のものは全て自分で用意する。誰も知り合いの居ない、中学3年の終わり数ヶ月。高校に入ってからは、学費は払うからと半ば追い出される形でその家を出た。お金を仕送りしてくれるわけでもないからバイトしてる。
でも、家賃を払うのが精一杯で持ち物はつぎはぎだらけ。周りからは弄られ、貧相だとそれだけでいじめの対象になる。ただ、逆らえない。神様はいないんだと、諦めている。
うわっ…やっぱり人多いな……。
購買の人だかりに、思わず後退る。遅くなったら怒られてしまうのはわかっているが、どうも体が動かない。仕方なくそのまましばらく購買の前をうろついた。どうにか人が減らないか...。いい考えが全く思いつかない。割り込むわけにはいかないし...。
目の前から何かが飛んできて、とっさに掴む。
「神無月それやるよ。俺、買いすぎちゃってさ。」
誰だろう、と思いつつ声に反応して振り向く。飛んできたのはメロンパンだった。
「あっ……」
声の主は同じクラスの竜木 咲夜(たつき・さくや)だった。いつも明るくてニコニコしてる、クラスの人気者。誰とでも分け隔てなく仲がよくて私とは正反対の人。
私なんかが関わっちゃいけない。私と居るとみんな、みんな不幸になっちゃう。両親も私のせいで死んじゃった…。
「あの…これ……。」
「あぁそれ?やるって。」
「いやっ…その……困るんだけど…。」
私はあなたに何もしてあげる事が出来ない。あなたがしてくれる以上のことを私は貴方にしてあげる事が出来ないよ。なんの取り柄もない自分がどんどん情けなくなる。
「お前さ、何にそんなにおどおどしてんの?」
咲夜の言葉に、咄嗟に肩がビクッと反応する。もう言われ慣れたセリフ。オドオドしてる、ビクビクしてる...その後に決まって続くのは『お前、気持ち悪いんだけど。』
あぁ…この人も同じなのかな。この人だけは違うと思ったのに。
無意識に瀬津は諦めの方向へ、気持ちが向いていた。足元に目を落とす。咲夜と目を合わせることが出来ない。咄嗟に掴んだメロンパンの袋を、ギュッと握りしめる。
「可愛いんだから、もっと勇気もって生きろよ。それで?なんでそれやって困るわけ?もしかして俺のこと嫌い?」
嫌いな奴から何かもらうのは困るよなー、と瀬津の返事を聞かず、咲夜が続ける。
瀬津は首が取れてしまうのではないかという勢いで首を横に振る。その反応に咲夜はフフッと息を漏らすように笑った。
可愛いだなんて言われた記憶もない。咲夜を嫌いになる理由もなにもない。寧ろ、誰かに気にかけてもらうだなんて、恐れ多すぎて...。
「そんな事ない。でも…お金も払ってないし。それに...いつも人数分は買わないといけないし。」
お昼に必ず呼び出してくる、グループのメンバー。命令をしてくる人と、その取り巻きたち。いつもパンは5個買う。自分のものを買う余裕はない。
「人数分とか言って、どうせあいつらの分だろ?それはお前の分。金は払わなくていい。なら、5人分もやるよ。俺はまた買ってくりゃいいだけだから。」
そう言い、有無を言わさず、瀬津の手に5個のパンが入った袋を持たせる咲夜。1つ100円~120円。
「でも…その。これだけは持っていって。」
立ち去りかけた咲夜の手を取り、握りしめていた500円玉を握らせる。前に出かけていた足を止める。
「いいの?」
咲夜の少しだけ不安そうな声に、瀬津は間髪入れずに頷く。本当はそれだけじゃ足りない。ありがたさと、申し訳なさとで胸がいっぱいだ。やっぱり...何も返せない。
考えれば考えるほどに、気持ちが暗くなってしまう。
「サンキュ!!じゃあまた後でなッ。」
眩しいほど爽やかな笑顔で、咲夜はもう一度、購買の方へ向かって走り出す。瀬津は咲夜から受け取ったメロンパンを大事に大事に、抱える。久しぶりに昼食を食べれる喜び。そして、初めて助けてくれた人の存在が、少しだけくすぐったかった。
しかし、すぐさまパンを鞄に押し込む。あの人たちに見つからないように…。これだけは、奪われたくない。
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