暗闇の灯

兎都ひなた

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#11

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咲夜の神妙な面持ちとは打って変わって、サラッとした様子の姉。年上の落ち着きというやつだろうか。

どのくらいの時間が経っただろうか。瀬津は上半身を起こし、部屋の中をぐるりと見渡す。...ここ、どこ?
知らない家具の配置。自分の部屋ではないとひと目で分かる。暗く落ち着いた色のカーテンに、整えられた本棚。なぜ自分が、この部屋にいるのかさえ、わからない。服も...いつ着替えたのか、制服ではなくなっていた。自分の服でもない。
突然、部屋の扉が開き、顔を覗かせた人物を見て、さらに驚く。
「ああ、瀬津。起きた?飯食える?」
目の前には咲夜がいた。何事も無かったかのように、お椀の乗った盆を片手に持ち、後ろ手に扉を閉める。瀬津の反応はない。固まってしまい、動かない。目の前で手をヒラヒラと動かすと、一瞬ハッとした顔で、目線があった。
「ここ、俺の部屋ね。その服も、前俺が着てたやつ、引っ張り出してきた。」
咲夜の言葉を聞き、真っ赤になった瀬津は、見たことも無い勢いで足にかけていた毛布に包まる。そのまま、なるべく毛布から出ないように気をつけているのか、ジリジリとベッドの端の方へ逃げてしまった。
「大丈夫だよ。着替えさせたのは俺の姉貴。俺はなんも見てないから。」
誤解されているのを察してか、咲夜が言葉を付け加える。「ほんと?」と毛布の隙間から、瀬津は顔を覗かせた。衣替えが始まったばかりでまだ朝と夜が寒いからと、毛布を出していたが...この時間は暑いだろう。瀬津の頬は火照ったままだ。
「今、姉貴は瀬津の制服持って出かけてる。お下がりになるけど...同じサイズで、卒業生を知ってるからってさ。」
瀬津を安心させようとしてか、無意識なのか、ニッと太陽のような笑顔を向ける咲夜。その明るく眩しい笑顔とは裏腹に、瀬津の顔からは血の気が引いた。
毛布を脱ぎ捨て、ベッドから飛び降り、咲夜の前で正座をする。少し大きい咲夜の服の裾を踏みつけて転びそうになりながらも、姿勢を正し、額を部屋のカーペットに勢いよくくっ付けた。
「ごめんなさい!! また迷惑かけちゃった...。制服のことも、ここにいることも。...自分では気をつけてるつもりなんだけど......寝不足で...倒れちゃって、ごめんなさい。」
倒れたのは寝不足だけではないはずだと、思うが...なにかマイナスなことを言えば、瀬津はこのまま動かないで許しを乞うのではないかと思うと、口に出来なかった。
食事を乗せたお盆を、部屋の真ん中に置いてある机にゆっくりと置く。目の前で額をカーペットにぴったりと付けた瀬津の頭を撫で、しゃがみこむ。瀬津の目から、思わず大粒の涙が零れた。
「泣かなくていいから。瀬津、顔上げて?謝らなくてもいい。自分を責めなくてもいい。俺も姉貴も怒ってないし、迷惑だとも思ってない。ただ、助けたくてここに連れてきた。...もう、苦しまなくてもいいから。」
瀬津がゆっくりと顔を上げる。その頭を、咲夜はしっかりと抱き寄せた。背中を擦りながら、瀬津の体を包み込む。その手は大きく、暖かかった。不安で押し潰され、迷惑をかけてしまったと焦り、嫌な音を立てていた心臓は、少しづつ、静まる。
「よし、じゃあ飯食えよ。」
「こんなに食べていいの...?」
瀬津の呼吸が落ち着くのを待ち、お盆を差し出す咲夜。その上に置いてあるのは、おにぎり2つに漬物が乗った小皿が1つ。それと、お茶と海苔があるだけ。
「こんなにって量じゃねぇだろ。どっちかって言うと田舎の軽食。いいから、気にせず食えよ。そんなに痩せてんだから。お前抱えた時、かなり軽かったぞ?」
高校生のバイトなんてたかが知れてる。それに加えて、毎日の虐めによる出費。仕送りなんかなく、自分が食べていくのも精一杯だ。学費を払ってもらってるだけ。それ以上は出さないし、それ以上の関係でもないと、親戚家族には言い放たれてしまっている。
「ねぇ、咲夜のご両親は?勝手にお邪魔してて...ご飯までもらって大丈夫かな?」
「ああ、気にしないで。今は海外出張。しばらく帰って来ないんだと。とりあえず仕送りしてもらってるし、足りなければなんとかしてもらえるから、お金に関しては結構自由だよ。だから、気にせず食べな?」
そっと、瀬津にお盆を近づける。
仕送りかー...。バイトしなくても生活出来るくらいは送って貰えるってことだよね。持ち家みたいだから、咲夜たちが払わなきゃいけないような家賃もかからないし。
「いただきます。」と、小さく呟き手を合わせる。海苔で巻いたご飯。中身は鮭と梅干しだった。久しぶりの白いご飯。お昼も結局食べ損ねてしまったし、さすがにお腹が空いていた。目の前に置かれていた食べ物は、あっという間になくなり、瀬津は「ふぅ」と小さなため息をつく。
「こんなに食べれたの、久しぶりだよ。ありがとう。ご馳走様。美味しかった!」
思わず笑顔になる。嬉しさに頬が緩む。
「よかった...。」
咲夜がホッとしたように、瀬津に笑いかけた。瀬津も「ふふっ」と笑い返す。
「俺、瀬津の笑顔初めて見たかも。作り笑いじゃない笑顔。可愛いじゃん。」
今更ながら瀬津が笑顔なのに気付き、ハッとする咲夜。思わず手が伸び、瀬津の頭を思いっきり撫でる。くしゃくしゃになった頭を鏡で見て、また瀬津は笑った。笑う度、咲夜が嬉しそうな顔をする。
突然、部屋の扉が開いた。瀬津は思わず、くしゃくしゃになった頭気にして、軽く整える。入ってきたのは、1人の女性。
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