暗闇の灯

兎都ひなた

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#10

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人気はなく、まずクラスの中心人物は関わることがないであろう場所だ。暗くて狭くて...ゴミの溜まり場。部活動で通ることもない。
「竜木くんと...君谷くん?2人とも、こんな所来たこと無かったわよね?」
主犯のボスが我慢しきれず、声をかける。その声は、いつもの荒々しい言葉遣いでも無く、ドスをきかせた声でもなく、ただのぶりっ子の猫なで声。男の前ではこうもコロッと態度を変えるのか。その姿はあまりに滑稽だった。言い方を変えても、声を変えても、彼女がやっていことは何も変わらない。
「んで?何してたのー?」
彼女の精一杯のぶりっ子声も聞こえて居ないかのように、亮はニコッと笑いかけ、首を傾げる。その目は全く笑っていない。優しい声に、似つかわしくない、どこか棘のある言い方。
隣に立つ、咲夜はただじっと黙って、彼女たちを睨みつけている。今にも殺してしまうのではないかという、さっきすら感じる。
「な、なんでも…ないです……。」
「失礼します!」
彼女たちは顔を青くし、バタバタとその場を去っていった。そんなに早く走ることが出来たのかと、思わず感心してしまう。
「なんなんだよ、あいつら。…瀬津、大丈夫か?」
チッ、と舌打ち交じりに彼女たちの背中を見て、すぐに瀬津に向き直る咲夜。亮は瀬津を抱き起こす。
「うん。ありがとう。大丈夫だよ…私、バイトいかな…きゃ……」
立ち上がって、校舎伝いに歩き出そうとした瀬津は、一歩踏み出そうとして、バランスを崩しその場に倒れた。
真っ青なその顔に、焦り、動悸がうるさく鳴り響く。目の前で倒れた瀬津に、今自分が出来る最善のことはなにか、必死に頭を巡らせるが、体を起こし、呼びかけることしか出来ない。
保健室に連れて行くことも考えたが、保健室の鍵は閉まり、保健医は帰ってしまっている。普段、放課後の部活での怪我はそれぞれの部で対処するか、病院に行くしかない。
「わりぃ亮。俺、こいつ家に連れてくわ。亮は、瀬津の身内に連絡入れてもらえないか、先生に事情説明と連絡、頼む!!」
「了解!!」
瀬津を抱き抱え、鞄を2人分、持つ。自分の荷物と違い、ずっしりと中身の入った瀬津の鞄に、一瞬よろめく。
亮は教師に、事情を伝えに行くべく、職員室に走っていった。
家には今、誰もいないから連れてっても問題ないよな。なるべく、瀬津の体を揺らさないように、歩く。頭を打ってなければいいが...。普段、自転車で通うこの学校からは、家まで歩けば30分以上かかってしまう。咲夜はただ無心に、家に向かって歩いた。
家の扉を開き、中に入る。腕の中の瀬津は、まだ、目を覚まさない。ソファで寝かせるよりはマシかと思い自分の部屋のベッドに寝かせるが、瀬津の呼吸は浅く、顔も青ざめたままだ。つい、深いため息が出る。
「何で倒れたんだよ。」
無意識に言葉が零れる。
今日、このあとバイトらしいが...この身体中のアザに、制服につけられた靴跡......見ているだけで痛々しい。こんな状態でも働くつもりだったのかと思うと、ゾッとした。
早く起きてくれ、と願いつつ震える手で瀬津の手を握りしめ、ただ待つしか出来ない。
ベッドに寝かせて、どのくらい経っただろうか。瀬津の顔色は何も変わらないが、呼吸は、ゆっくりとした寝息に変わる。一先ず、ホッと胸を撫で下ろす。その姿を見つめていた咲夜に、今更ながらだんだんと羞恥心が芽生えてきた。よく考えたら、自分のベッドにクラスの女子が寝てるこの状況。意識すればするほど、ドキドキと高鳴る鼓動。握った手から、瀬津にバレてしまうんじゃないかと恐れる。
こんなことならリビングのソファに寝かせればよかった...。
咲夜の後悔を他所に、1階の扉が勢いよく開く音がし、「咲ー!!」と自分を呼ぶ声がした。やばい。姉貴が帰ってきてしまった。今日早く終わる日だったっけ。
返事をしない自分に対し、声の主、咲夜の姉は「帰ってるのー?」と再び、大きな声を出す。自分の靴があったことで、帰宅の判断をしたのだろう。...これは、行ったら2階まで荷物運べって言われるやつだろうな。
行きたくはないが、このまま叫ばれるとやっと寝息の整ってきた瀬津が起きてしまうかもしれない。昨日、大変そうな姿を見たあとだからか、こんな形でも休める時に、休んで欲しいと、願ってしまった。
1度、部屋から出る。階下にいる、姉に向かって咲夜は人差し指を口元に当てて、静かにするように伝える。息を潜めて「今、人寝てるから。」と伝えると、姉は目を輝かせながら階段を駆け上がってきた。
なんの了承を得ることも無く、咲夜の部屋の扉を開ける。ツカツカと入り、瀬津の顔を覗き込み、一通り見て咲夜の方に振り向いた。
「咲夜、女の子連れ込んじゃうなんてやるじゃ~ん!この子でしょ?咲がこの前話してた子。可愛いじゃん!! でも...この怪我何?制服もボロボロだし...髪だって......。昨日、咲がシャツだけで帰ってきたのと関係ある?」
間髪入れず、姉がペラペラと質問攻めをしてくる。姉の質問攻めは苦手だ。何処から答えていいのか分からないし、話を聞いているうちに、最初の質問を忘れてしまう。
少しは落ち着いて、1つ1つ話をしたいものだと、つくづく思う。
「姉貴、瀬津のこと1つずつ、わかる範囲で教えるからさ、ちょっと今から頼まれてくんね?」
「ん?いいよ。」
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