暗闇の灯

兎都ひなた

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#22

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咲夜らしくもなく、変な間に上擦った声。なんだか可愛らしく思えて、頭をグリグリと咲夜の胸元に押し付けた。
よし!っと気合いを入れ直して、もう一度「行ってくるね。」と咲夜に手を振り、亮の曲がった方とは真逆に、歩いていく。その後ろ姿を咲夜は見送り、見えなくなってから家へ走って帰って行った。
「こんにちは。」
「おッス。瀬津ちゃん、今日も可愛いねぇ。髪切っちゃったの?」
奥から40代半ばのおじさんが出てくる。この喫茶店を経営している、店長さんだ。髭を生やし、髪を短く切りそろえた店長さんを怖がる人もいると聞くが、優しくて気さくで、とても話しやすい人だ。
「はい、少し前に。じゃあ私、奥で着替えてきますね。」
そう言い、瀬津は足早に控え室へ向かう。なるべく早く、着替えて多く仕事したい。高校生でも働かせてくれている、ここの店長さんに少しでも役立ちたい気持ちでいっぱいだ。
よし、これでOK。鏡の前で、制服の最終確認。
「ヤッホー、瀬津。今日もよろしくね!」
ポンッと背中を押され、よろけながら、振り返る。引越してきてからの唯一の女友達。ここのバイト仲間で吉村 くるみ(よしむら・くるみ)だった。
「よろしく、くるちゃん。」
くるみの笑顔につられて、つい笑顔になる。いつも元気でとても優しい子だ。元気で可愛くて、お客さんからも人気がある。歳は1つ上だったはず。
「ウェイトレスさーん。注文呼んでるよー!!」
「はーい。」
店内からの声に顔を見合わせ、声を揃えて返事をした。慌てて表へ出る。店内の角の席で手を振り、読んでいるお客さんを見つける。カウンターに積まれた伝票表を掴み、急いでお客さんの元へ向かう。
「ご注文お伺い致します。......はい、かしこまりました。エスプレッソが1点ですね。少々お待ちくださいませ。」
注文を受け、確認をとり、奥でコーヒーを黙々と入れる店長に伝票表を持っていく。
しばらくして「出来たよ。」と、丸いお盆に伝票表と一緒に置かれたエスプレッソがカウンターに置かれる。
「お待たせ致しました。」
先程のお客さんの前に、笑顔を作りながらエスプレッソを置く。カタッと音を立てないように。零さないように。そして、伝票を机の端に置いて立ち去る。ここまでが、一連の流れ。
この業務の間に、カウンター周りの掃除。夜になるとバーになるこの喫茶店は、一定の時間を超えると酔ったお客さんでいっぱいになるため、女の子たちはみんな裏で簡単なおつまみを作っている。高校生の働いていい時間帯を超えても働かせてくれているこのお店は、一般的にはブラック企業と呼ばれるのだろうが、働かないと生きていけない瀬津にとってはとても有難い存在だ。
「お疲れ様でした。」
軽く会釈をして、裏から出ていこうとする瀬津。その後ろから「ちょっと待って。」とくるみが呼び止める。その声に振り返り、瀬津は前に出していた足を引っ込めた。
「何?くるちゃん。」
ここで働く学生のウェイトレスは瀬津とくるみだけ。午前中から学校が終わる時間帯までは、店長と料理人さんと、フリーターさんが2人...だったかな。
「お店の外に居る男の子誰だか分かる?めちゃめちゃイケメンが外にいるの!」
お店の外に格好良い人...?裏の扉をもう一度閉めて、お店の方へまわる。閉めていたカーテンを少しだけ開けて、隙間から外を見る瀬津。そこには体を上着で包み込みながら、白い息を吐き出し、フェンスにもたれかかっている咲夜の姿があった。寒そうにするその姿に、胸がギュッとなる。
外で待ってなくても...近くのコンビニとか......。無理をしているのは、瀬津自身ではなく、咲夜なのではないかと思い始める。自分のために、何かを我慢して待たせてしまっている状況に申し訳なさで泣きそうだ。ほら、また欠伸した。
「知ってるよ。同じ学校の子。」
「ふーん…。付き合ってるの?」
くるみの突然の言葉に一瞬だけその場の空気が静まり返った。なんて言ったらいいの?如何にも、咲夜に興味津々のくるみ。好きだと自覚したのは今日だ。咲夜からも、言われた。でも...よく考えたら付き合うという話になっているわけでは、ない。亮からの冷やかしもあったが、ただ亮の空元気を紛らわせるためにからかっていただけなのかも...と、不安になる。
長い沈黙に、くるみは痺れを切らせもう一度口を開こうとした。何かを言おうとしたのには気がついたが、それを阻止するように、瀬津は口を開く。
「付き合ってるだなんて、そんなっ……」
改めて付き合っていると言われると照れくさいものを感じた。付き合うという話になっていない限り、どんなに仲良くしようと、どんなにからかわれていようと彼氏彼女の関係ではないと思い、ついその言葉が出た。
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