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「失礼いたしますわ! 至宝のメンテナンスに参りました!」
昨日「二度と来るな」と明確に拒絶されたはずの場所に、私は平然と立っていた。
腕には最高級の保湿成分をたっぷり含ませた、特注の「潤いパック」を抱えている。
「……また貴様か。私の言葉が理解できなかったのか?」
屋敷のホールに現れたセシル様は、昨日よりもさらに鋭い眼光を飛ばしてきた。
だが、私の目は彼の不機嫌な表情ではなく、その目の下にできた微かな隈を見逃さない。
「セシル様、昨夜はあまりお休みになれなかったのでは? せっかくの銀色の瞳が、血走っていては台無しですわ。今すぐこれを貼って、十五分間無心になりなさいな」
「誰がそんな怪しい布を顔に乗せるか。ライアン、今度こそこの女を……」
「お待ちになって! ライアンさんも見てください。このままではセシル様の、世界を救うべき美貌に『乾燥』という名の亀裂が入ってしまいます。それはアスタール公爵家、ひいてはこの国の損失ですわ!」
「損失、ですか……?」
執事のライアンさんが、私の剣幕に圧されて一瞬、セシル様の肌を真面目に観察し始めた。
「言われてみれば、旦那様。最近は徹夜続きで、肌のキレが……」
「ライアン、お前まで何を言っている。戻れ」
セシル様が低く唸るが、私は構わずに一歩踏み出す。
「お仕事が忙しいのは結構ですが、顔は公的な財産だと自覚してください。さあ、そこのソファに横になって。三行で説明しますわよ」
「またか。言ってみろ」
「一つ、男の肌も保湿が命」
「二つ、寝不足は美貌の毒」
「三つ、私に従えば、明日には輝くばかりの美男子に戻れます。……さあ、早く!」
私は有無を言わさぬ勢いで、セシル様をソファへと押しやった。
驚いたことに、彼は呆れ果てたのか、あるいは私の勢いに毒気を抜かれたのか、力なくソファに沈み込んだ。
「……好きにしろ。ただし十五分だ。それで満足したら、二度と現れるな」
「あら、たったの十五分で私を追い出そうなんて。その短い時間で、あなたの心を潤いとともに奪ってみせますわ」
私は手際よくパックを取り出し、彼の完璧な造形の顔に乗せていく。
ひんやりとした感触に、セシル様が少しだけ身を震わせた。
「……冷たいな」
「美容とは忍耐ですわ。動かないで。あぁ、近くで見ると、やはりこの鼻筋は芸術品ね……。ルーブルの彫刻も裸足で逃げ出しますわよ」
「……黙れ。喋ると口の周りが剥がれる」
「あら、学習が早いですわね。よろしい、では私が一方的に、エドワード王子の『いかに彼のセンスが壊滅的だったか』という話を読み聞かせて差し上げましょう」
私はパックが馴染むまでの間、昨夜のパーティーでの殿下の醜態を、皮肉たっぷりに語り聞かせた。
殿下がどれだけ自分の立ち姿に酔いしれていたか。
マリア様がいかに計算ずくの涙を流していたか。
それを聞いているうちに、セシル様の口角が微かに、本当に微かにピクリと動いた。
「……貴様、あんな場所で本当によくそんな冷静に観察していたな」
パックの下から、くぐもった声が聞こえる。
「あら、セリフが三行を超えていますわよ? でもそうですわね。私は美しいものが好きですが、それ以上に『美しくない振る舞い』が大嫌いなんですの。愛だの真実だのと美辞麗句を並べて、その実、人を貶めて優越感に浸る。そんなの、顔の造形以前に、魂の面構えが汚らわしいですわ」
「……魂の面構え、か」
「えぇ。だから、セシル様。あなたは合格なんです。口は悪くて無愛想ですけれど、あなたの瞳には濁りがありませんもの。少しばかり乾燥しているだけですわ」
セシル様は黙り込んだ。
十五分後。私がパックを剥がすと、そこには見違えるほど瑞々しい輝きを放つ、至高の美男子が鎮座していた。
「見てください! この透明感! これですわ、私が求めていたのは!」
鏡を差し出すと、セシル様は自分の顔を珍しそうに眺め、それから私をじっと見つめた。
「……確かに、少し体が軽くなった気がする。不快ではないな」
「でしょう? さあ、美しくなったところで、次はその散らかったデスクを片付けましょうか。美しい顔には、整った環境が必要ですもの」
「おい、そこまでは許可していない!」
セシル様が制止するのも聞かず、私は彼のデスクの上に積まれた「軍事戦略書」の束に手を伸ばした。
「……あら? これ、隣国の国境付近の兵站予測ですわね。計算が一段階古いですわよ。今はもっと効率的な輸送路があるはずですが?」
私が何気なく指摘した瞬間、セシル様の目の色が、これまでにないほど鋭く変わった。
「……貴様、なぜそれがわかる」
「美男子を追って地図を眺めるのは、私の嗜みですから。顔の良い騎士団長がどこに配属されるか把握しておくのは常識でしょう?」
「……お前、本当にただの『悪役令嬢』なのか?」
セシル様が初めて、私という人間そのものに興味を持ったような、そんな視線を向けてきた。
もちろん私は、にっこりと微笑んで答えてあげた。
「いいえ。私はただの、顔の良い男が大好きな、性格の悪い公爵令嬢ですわ」
昨日「二度と来るな」と明確に拒絶されたはずの場所に、私は平然と立っていた。
腕には最高級の保湿成分をたっぷり含ませた、特注の「潤いパック」を抱えている。
「……また貴様か。私の言葉が理解できなかったのか?」
屋敷のホールに現れたセシル様は、昨日よりもさらに鋭い眼光を飛ばしてきた。
だが、私の目は彼の不機嫌な表情ではなく、その目の下にできた微かな隈を見逃さない。
「セシル様、昨夜はあまりお休みになれなかったのでは? せっかくの銀色の瞳が、血走っていては台無しですわ。今すぐこれを貼って、十五分間無心になりなさいな」
「誰がそんな怪しい布を顔に乗せるか。ライアン、今度こそこの女を……」
「お待ちになって! ライアンさんも見てください。このままではセシル様の、世界を救うべき美貌に『乾燥』という名の亀裂が入ってしまいます。それはアスタール公爵家、ひいてはこの国の損失ですわ!」
「損失、ですか……?」
執事のライアンさんが、私の剣幕に圧されて一瞬、セシル様の肌を真面目に観察し始めた。
「言われてみれば、旦那様。最近は徹夜続きで、肌のキレが……」
「ライアン、お前まで何を言っている。戻れ」
セシル様が低く唸るが、私は構わずに一歩踏み出す。
「お仕事が忙しいのは結構ですが、顔は公的な財産だと自覚してください。さあ、そこのソファに横になって。三行で説明しますわよ」
「またか。言ってみろ」
「一つ、男の肌も保湿が命」
「二つ、寝不足は美貌の毒」
「三つ、私に従えば、明日には輝くばかりの美男子に戻れます。……さあ、早く!」
私は有無を言わさぬ勢いで、セシル様をソファへと押しやった。
驚いたことに、彼は呆れ果てたのか、あるいは私の勢いに毒気を抜かれたのか、力なくソファに沈み込んだ。
「……好きにしろ。ただし十五分だ。それで満足したら、二度と現れるな」
「あら、たったの十五分で私を追い出そうなんて。その短い時間で、あなたの心を潤いとともに奪ってみせますわ」
私は手際よくパックを取り出し、彼の完璧な造形の顔に乗せていく。
ひんやりとした感触に、セシル様が少しだけ身を震わせた。
「……冷たいな」
「美容とは忍耐ですわ。動かないで。あぁ、近くで見ると、やはりこの鼻筋は芸術品ね……。ルーブルの彫刻も裸足で逃げ出しますわよ」
「……黙れ。喋ると口の周りが剥がれる」
「あら、学習が早いですわね。よろしい、では私が一方的に、エドワード王子の『いかに彼のセンスが壊滅的だったか』という話を読み聞かせて差し上げましょう」
私はパックが馴染むまでの間、昨夜のパーティーでの殿下の醜態を、皮肉たっぷりに語り聞かせた。
殿下がどれだけ自分の立ち姿に酔いしれていたか。
マリア様がいかに計算ずくの涙を流していたか。
それを聞いているうちに、セシル様の口角が微かに、本当に微かにピクリと動いた。
「……貴様、あんな場所で本当によくそんな冷静に観察していたな」
パックの下から、くぐもった声が聞こえる。
「あら、セリフが三行を超えていますわよ? でもそうですわね。私は美しいものが好きですが、それ以上に『美しくない振る舞い』が大嫌いなんですの。愛だの真実だのと美辞麗句を並べて、その実、人を貶めて優越感に浸る。そんなの、顔の造形以前に、魂の面構えが汚らわしいですわ」
「……魂の面構え、か」
「えぇ。だから、セシル様。あなたは合格なんです。口は悪くて無愛想ですけれど、あなたの瞳には濁りがありませんもの。少しばかり乾燥しているだけですわ」
セシル様は黙り込んだ。
十五分後。私がパックを剥がすと、そこには見違えるほど瑞々しい輝きを放つ、至高の美男子が鎮座していた。
「見てください! この透明感! これですわ、私が求めていたのは!」
鏡を差し出すと、セシル様は自分の顔を珍しそうに眺め、それから私をじっと見つめた。
「……確かに、少し体が軽くなった気がする。不快ではないな」
「でしょう? さあ、美しくなったところで、次はその散らかったデスクを片付けましょうか。美しい顔には、整った環境が必要ですもの」
「おい、そこまでは許可していない!」
セシル様が制止するのも聞かず、私は彼のデスクの上に積まれた「軍事戦略書」の束に手を伸ばした。
「……あら? これ、隣国の国境付近の兵站予測ですわね。計算が一段階古いですわよ。今はもっと効率的な輸送路があるはずですが?」
私が何気なく指摘した瞬間、セシル様の目の色が、これまでにないほど鋭く変わった。
「……貴様、なぜそれがわかる」
「美男子を追って地図を眺めるのは、私の嗜みですから。顔の良い騎士団長がどこに配属されるか把握しておくのは常識でしょう?」
「……お前、本当にただの『悪役令嬢』なのか?」
セシル様が初めて、私という人間そのものに興味を持ったような、そんな視線を向けてきた。
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