お前の不敬には愛想が尽きた!と婚約破棄されましたが、これ幸い!

ちゃっぴー

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「バレンシア伯爵! 我が愛娘をどこへ隠した! 今すぐ返さねば、その整った面面に公爵家の鉄拳を叩き込むぞ!」

屋敷の玄関ホールに、父様の怒号が響き渡った。

武装した私兵たちを引き連れ、額に青筋を浮かべて立っている父様は、もはや獅子か何かの猛獣にしか見えない。

対するセシル様は、腰に下げた剣に手をかけることもなく、ただ静かに、そして冷ややかに父様を見据えていた。

「アスタール公爵。落ち着いていただきたい。ノノカ嬢は私の客人であり、拉致などしていない」

「黙れ! あんな王子に婚約破棄され、心が弱っている娘を、その『顔面凶器』でたぶらかしたのだろう! ノノカは面食いなんだ、お前のような男には耐性がないんだよ!」

父様の言い草に、私は思わず物陰で吹き出しそうになった。

耐性がないどころか、自分から飛び込んでパックまで貼り付けているとは、夢にも思っていないのでしょうね。

私は優雅に、かつドラマチックに階段の上から姿を現した。

「お父様! 朝からそんなに声を張り上げては、喉に悪いですわよ。それに、せっかくの公爵家特製の制服が、汗で台無しではありませんか」

「ノ、ノノカ! 無事だったか! さあ、今すぐパパと一緒に帰ろう。こんな陰気な男の屋敷にいてはいけない!」

父様が駆け寄ろうとするのを、私は扇を広げて制した。

「お父様。三行で説明しますわね」

「ま、また三行か……。よし、言ってみなさい!」

「一つ、私は自分の意志でここに留まり、セシル様を『プロデュース』していますの」

「二つ、セシル様は私の美意識における最高傑作であり、傷一つ付けることは私が許しません」

「三つ、今ここでお父様が暴れれば、アスタール家の『品格』が暴落し、私の婚活市場価値が下がりますわ。……よろしいかしら?」

父様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。

「プ、プロデュース……? ノノカ、お前、この氷の伯爵を玩具にしているのか?」

「玩具だなんて人聞きが悪いですわね。私は彼の持つ『至宝の美』を、この国のために正しく管理・運用しているだけですわ」

私は階段を降り、セシル様の隣に並んだ。

「見てください、お父様。昨日私が施した特別メンテのおかげで、セシル様の肌の輝きは昨日の1.5倍に跳ね上がっておりますのよ。この美しさを守ることこそ、今の私の使命ですわ」

父様は半信半疑のまま、セシル様の顔をまじまじと見つめた。

「……確かに、以前会った時より、何というか……神々しいな」

「でしょう? お父様も、そんなに怖い顔をしていては、お母様に嫌われてしまいますわよ。さあ、私兵の皆様もお引き取りください。セシル様の屋敷の床が、泥だらけになってしまいますわ」

「ぐ、ぬぬ……。しかし、ノノカ。お前がここに泊まり込むなど、世間体が……」

「あら、それなら話は簡単ですわ」

私はセシル様の腕を、これ見よがしにギュッと抱きしめた。

セシル様の体が、鉄板のように硬くなるのが伝わってくる。

「セシル様と私は今、国家の未来を見据えた『極秘プロジェクト』の最中なんですの。お父様も、殿下の無能っぷりには嫌気がさしていたのでしょう? なら、このセシル様を次代の星として磨き上げる私の邪魔をしないでくださいな」

「次代の星……。バレンシア伯爵を、殿下に代わる勢力の中心に据えるというのか?」

父様の目が、政治家のそれに変わった。

「そこまでは言っていませんが、美しいものがトップに立つ方が、国民の目にも優しいと思いません? 少なくとも、あの三頭身(に見える)殿下よりはマシですわ」

セシル様が、私の耳元で低く囁いた。

「……おい、いつから私が『次代の星』になった。初耳だぞ」

「今決めましたの。あ、動かないで。今の角度、お父様から見て最高に格好良く見えますから」

私はセシル様を無理やり固定し、父様に向かって満面の笑みを浮かべた。

「お父様。娘を信じて、しばらく見守っていてくださいな。あ、それから、帰りに王都で一番の美容師をこちらに派遣しておいていただけます? セシル様の毛先のカットを少し修正したいんですの」

父様は深いため息をつき、腰の剣から手を離した。

「……分かった。お前がそこまで言うなら、今は引こう。だが伯爵! 娘に指一本でも変な真似をしたら、その時は国境の軍勢を連れてくるからな!」

「……善処しよう」

セシル様は、死んだ魚のような目で答えた。

嵐のような父様一行が去った後、静かになったホールでセシル様が大きな溜息をついた。

「……ノノカ。貴様、嘘も大概にしろ。いつから私が王位を狙うような野心家になった」

「あら、野心なんてありませんわよ。ただ、お父様を納得させるには『政治的な理由』が必要だっただけですわ。……でも、セシル様」

私は彼の腕を離し、じっとその瞳を見つめた。

「あなたが本気でその気になれば、世界中の女性……いえ、男性までもがあなたの美貌に跪くはずですわ。それって、どんな兵器よりも強力だと思いません?」

「……貴様の発想は、やはり狂っている」

セシル様は呆れたように笑った。

その笑顔があまりに眩しくて、私は今日、初めて自分の心臓が変なリズムを刻むのを感じたのだった。
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