婚約破棄のにガッツポーズして「お幸せに!」と爆走退場する。

ちゃっぴー

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「テリーヌ・フォン・グラタン! 貴様のような冷酷で醜悪な女との婚約など、今この瞬間を以て破棄させてもらう!」

 きらびやかな王宮の夜会。
 その中心で、私の婚約者であるジュリアン・ド・ショコラ王太子殿下が、声を張り上げました。

 隣には、目に涙を浮かべて殿下の腕にしがみつく聖女(自称)のシャルロット様。
 周囲の貴族たちは、まるで劇のワンシーンでも見るかのように、好奇の視線をこちらに注いでいます。

 ですが……ああ、ついに。
 ついにこの時が来ましたのね!

「……今、なんと仰いましたの? 殿下」

 私は極めて冷静に、けれど震える声を装って聞き返しました。
 これは演技です。喜びで口角が跳ね上がりそうなのを、必死に扇で隠しながらの高度な情報確認ですわ。

「耳まで腐ったか、悪役令嬢め! 婚約破棄だと言ったのだ! 俺は真実の愛に目覚めた。この優しく清らかなシャルロットこそが、未来の王妃に相応しい!」

「……そうですか。婚約破棄。つまり、私はもう王太子妃教育を受けなくていい?」

「当たり前だ! 貴様のような邪悪な女に、国を背負う資格などない!」

「朝から晩まで、お堅いマナー講師に『扇の角度が三ミリ低いですわ!』と怒鳴られる日々も終わり?」

「ふん、当然だ。これからはシャルロットがその役を担うのだからな!」

「えっ、私が……?」

 シャルロット様が少し顔を引きつらせたような気がしましたが、今の私には関係ありません。

 さらに私は、最も重要な点を確認します。

「……三食すべてを、王家の格式に合わせた『薄味で上品な離乳食のような料理』で済ませる苦行からも、解放されるのですか?」

「何を言っているのか知らんが、貴様は今日限りでこの王宮から追放だ! どこへなりと失せるがいい!」

 その言葉を聞いた瞬間。
 私の脳内で、祝福のファンファーレが鳴り響きました。

「……ッ!!」

 私は手に持っていた扇を床に叩きつけ、ドレスの裾も気にせず、両拳を高く突き上げました。

「よっしゃあああ! 自由ですわーーー!! 最高! 殿下、最高ですわ!!」

「……は?」

 ジュリアン殿下が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まりました。
 周囲の貴族たちからも、「えっ、何あの動き」「公爵令嬢がガッツポーズ……?」という戸惑いの声が漏れています。

 ですが、止まれません。止まるはずがありません。
 私は驚愕する殿下に一歩詰め寄り、その両手をがっしりと握りしめました。

「ありがとうございます、殿下! 貴方様がこれほどまでに話のわかる、決断力に満ちた素晴らしいお方だとは、今の今まで存じ上げませんでしたわ!」

「な、何を……離せ! 頭でも狂ったか!」

「ええ、狂っていますわ! 喜びで! あー、もう、明日からハバネロを丸かじりしても誰にも文句を言われないなんて、夢のようですわ!」

「ハバ……ネロ……?」

 殿下が困惑する中、隣のシャルロット様が震える声で割り込んできました。

「テ、テリーヌ様……! 貴女、自分が何をしたか分かっているのですか!? 私に対して、あんな……あんな恐ろしい嫌がらせをしておきながら!」

 おっと、忘れていました。
 私が「悪役」として断罪されるきっかけとなった、あの事件ですね。

「嫌がらせ? ああ、先日差し上げた『特製デス・スパイシー・クッキー』のことですわね?」

「そうです! それを食べた瞬間、私の口から火が出たのです! 喉は焼けただれ、涙が止まらず、三日間も味覚が失われたのですよ!? 暗殺未遂ですわ!」

「失礼な。あれは私が三日三晩寝ずに、十種類の激辛唐辛子を調合して作り上げた、至高の美容食ですわ。一口食べただけで血行が良くなり、毛穴という毛穴から老廃物が噴き出す……まさに聖女様に相応しい逸品ではありませんか」

「それを嫌がらせと言うのだ、この悪魔め!」

 殿下が叫びますが、私は鼻で笑ってやりました。

「味のわからない方々には、毒にしか感じられないのでしょうね。お可哀想に。ですが、もう結構ですわ! この国に私の『刺激』を理解できる人間がいないことは、重々承知いたしましたもの!」

 私はバサリとドレスを翻しました。
 足元のヒールが邪魔だったので、その場で脱ぎ捨てて裸足になります。

「テ、テリーヌ……!? 何を……」

「殿下! シャルロット様! どうぞお幸せに! 薄味でボヤけた幸福な人生を、二人で仲良く歩んでくださいまし! 私は私の、燃えるような情熱を探しに行きますわ!」

「待て! まだ衛兵に連行させて……」

「捕まりませんわよ! 私は今、人生で一番身軽なんですもの!」

 私は入り口に向かって猛ダッシュを開始しました。
 幼少期、王妃教育から逃げ回ることで鍛え上げた、公爵令嬢らしからぬ脚力です。

「あーっはっは! さらば、退屈な王宮! さらば、マヨネーズより刺激のない元婚約者! 私は自由だーーー!!」

 広間の大きな扉を蹴り開け、私は夜の闇へと飛び出しました。
 後ろから殿下の「追え! あの狂女を追うんだ!」という怒号が聞こえましたが、私の耳には心地よいBGMにしか聞こえません。

 冷たい夜風が、火照った頬に心地よく当たります。
 裸足で駆ける芝生の感触さえ、今は愛おしい。

「まずは……実家に戻って、隠しておいた『世界一辛いソース』の瓶を回収しなくては!」

 私の第ニの人生は、今、真っ赤な炎を上げて幕を開けたのでした。
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