婚約破棄のにガッツポーズして「お幸せに!」と爆走退場する。

ちゃっぴー

文字の大きさ
2 / 28

2

しおりを挟む
 深夜。グラタン公爵邸の重厚な門扉が、内側から凄まじい勢いで開け放たれました。

「お父様ー! お父様はいらっしゃいますかー! 娘が今、晴れて無職になって戻りましたわよー!」

 静まり返った屋敷に、私の明るい声が響き渡ります。
 ボロボロのドレスに裸足、髪は振り乱した状態。
 客観的に見れば、暴漢に襲われた悲劇の令嬢ですが、私の表情は真夏の太陽より輝いていました。

 玄関ホールで私を待ち構えていたのは、寝巻きの上にガウンを羽織った父、グラタン公爵でした。

「……テリーヌか。夜中に騒々しいな。それにその格好……ついにやったのか?」

「はい! やりましたわ! 殿下から『顔も見たくない』とのお墨付きをいただきました!」

「そうか、おめでとう。これで我が家の食卓に、ようやく彩りが戻るな」

 父は動じることなく、むしろ深く頷いて私を迎え入れました。
 普通なら「なんてことだ!」と頭を抱える場面でしょうが、我がグラタン家は代々、過剰なまでのポジティブ思考と『刺激』を求める血筋なのです。

 私たちは応接室に移動し、深夜のティータイム(ただし私は持参した唐辛子を紅茶に投入)を始めました。

「それで、表向きの罪状は何になったのだ? 王宮から速馬で届いた書簡には、随分と物騒なことが書かれていたが」

 父がテーブルに放り出したのは、王印の押された公文書。
 そこには、私が聖女シャルロット様に行ったとされる『悪行』の数々が列挙されていました。

「ふむふむ……。第一の罪。聖女が祈りを捧げるための『聖水』を、秘密裏に『特製ラー油』にすり替えた罪」

「あら、あれは親切心ですわ。聖水って、なんだか無味無臭で物足りないでしょう? 少しは色味があったほうが、神様も喜ぶと思ったのです」

「聖女が清めの儀式で、顔を真っ赤にして悶絶したらしいぞ。周囲は『悪魔が取り憑いた』と大騒ぎだったそうだ」

「あら、新種の美容法として流行ると思ったのに。残念ですわ」

 父は淡々と次の項目を読み上げます。

「第二の罪。王宮のバラ園の半分を勝手に耕し、観賞用ではない『ハバネロ』および『ジョロキア』を無許可で栽培した罪」

「あそこは日当たりが最高でしたのよ! バラなんて食べられもしないものを植えておくのは、土地の無駄遣いですわ。おかげで素晴らしい収穫量でしたのに」

「収穫した実はどうしたのだ?」

「半分は王宮の調理場に『パプリカですわ』と言って寄贈しました。もう半分は、殿下の寝室の加湿器に入れておきましたわ」

「……なるほど。殿下が最近、寝起きに咳き込んで涙が止まらないと訴えていたのは、それが原因か」

 父は感心したように、紅茶(唐辛子入り)を一口すすりました。
 さすが我が父。喉の粘膜が鋼鉄でできているようです。

「そして極めつけは、第三の罪。聖女のドレスに『目に見えないほどの微細な粉末唐辛子』を散布し、彼女が舞踏会で踊るたびに周囲の貴族をクシャミの嵐に巻き込んだ罪、だ」

「それは誤解ですわ! あれは最新の香水……『刺激的な女』を演出するためのスパイスですもの! ただ、少しばかり拡散力が強すぎただけですわ」

「結果として、夜会会場が催涙ガスを撒かれた戦場のようになったと書いてある。……テリーヌよ」

 父が真剣な表情で私を見つめました。
 ついに怒られるのか、と私は背筋を伸ばします。

「……やりすぎだ」

「申し訳ございません、お父様」

「なぜ私にも、その香水を分けてくれなかったのだ。明日の閣僚会議で使えば、退屈な予算の話を切り上げられたものを」

「そっちですか!?」

 私は思わずズッコケそうになりました。
 この父にして、この娘あり。
 グラタン公爵家が王都で浮いている理由が、改めてよく分かります。

「まあ良い。婚約破棄された以上、貴様はもうこの国の王太子妃にはなれん。それどころか、まともな貴族との縁談も絶望的だ」

「望むところですわ! 私は、私の味を理解してくれる場所へ行きます!」

「その意気だ。だが、このまま王都にいては、あの無能な王太子が『やっぱり書類仕事が回らないから戻れ』と泣きついてくる可能性が高い。奴は、貴様が裏でどれだけの激辛嫌がらせ……いや、事務処理をこなしていたか分かっていないからな」

 父の言う通りです。
 殿下の仕事の八割は、私が「辛いものを食べるための休憩時間」を捻出するために、超高速で片付けていたものですから。

「ですので、お父様。私は旅に出ようと思います」

「ほう、どこへ行く?」

「刺激の向こう側……つまり、隣国のスパイス大国ですわ!」

「隣国か。あそこは、味覚が狂った変人……もとい、食の探求者が多いと聞く。お前にはお似合いかもしれんな」

 父は立ち上がり、壁に飾られた巨大な剣を手に取りました。
 ……いえ、剣ではありません。それは、巨大な「麺棒」でした。

「行け、テリーヌ。我が家の地下倉庫にある『門外不出のスパイスセット』を持っていくがいい。そして、世界を赤く染めてこい」

「お父様……! ありがとうございます!」

 私は父と固く握手を交わしました。
 普通の令嬢なら宝石やドレスを持って逃げるのでしょうが、私は違います。

 私はその夜、公爵邸の地下深くへと潜りました。
 そこには、歴代のグラタン公爵が世界中から集めた、危険すぎて市場に出せない劇物……失礼、スパイスたちが眠っているのです。

「フフフ……。これさえあれば、どこへ行っても生きていけますわ」

 私は、防護服(自作)に身を包み、慎重にスパイスを鞄に詰め込みました。
 瓶が触れ合う音が、まるで旅立ちを祝う鼓動のように聞こえます。

「待っていなさい、隣国の方々! 私の情熱(物理的な熱さ)を、たっぷりとお届けしてあげますわ!」

 こうして、悪役令嬢テリーヌは、誰に惜しまれることもなく(むしろ王宮職員には恐れられながら)、爆走気味に国外へと脱出する準備を整えたのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

処理中です...