婚約破棄のにガッツポーズして「お幸せに!」と爆走退場する。

ちゃっぴー

文字の大きさ
13 / 28

13

しおりを挟む
「……な、なんなんだ、この湯気は! 目が開けられないぞ!」

 会場である広場は、調理が始まった瞬間に阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わりました。
 他の参加者たちがチリソースやペッパーで堅実に「辛口料理」を作る中、私のコンロからは紫色の雷光を帯びた真っ赤な煙が立ち上っています。

「おほほほ! これこそが私の新作、『デス・ボルケーノ・スープ』ですわ! 公爵様、灰汁(あく)取りをお願いしますわね」

「……承知した。だがテリーヌ、このスープから発せられる蒸気で、観客席の第一列が全滅しているようだが」

 アリスティア様は、防護ゴーグル越しに戦場のような光景を眺めました。
 確かに、最前列で期待に胸を膨らませていた観客たちが、今はハンカチで目を押さえながら「逃げろ!」「これは化学兵器だ!」と叫んで逃げ惑っています。

「気になさらないで。これは新陳代謝を促すデトックス効果の一部に過ぎませんわ」

「……君のポジティブさには、かつての部下たちも見習うべき点があるな」

 アリスティア様は、煮えたぎるマグマのようなスープを冷静にかき混ぜました。
 彼はすでに、私の作る「殺人的な刺激」に脳が適応し始めているようです。

「さあ、審査員の方々! 準備はよろしいかしら? 一生忘れられない体験をさせて差し上げますわ!」

 審査員席に並ぶのは、この国の美食家や辛党で知られる重鎮たち。
 ですが、私のスープが運ばれてくると、彼らの顔色は一瞬で土気色に変わりました。

「……こ、これがお嬢さんの作ったスープかね? 皿が……皿が溶け始めているように見えるのだが……」

「気のせいですわ、審査員長。それはスープの情熱に、器が耐えきれなくなっただけのこと。さあ、冷めないうちにどうぞ!」

 私は、一人一人に「毒々しく輝く真っ赤な液体」を注いで回りました。
 審査員長が震える手でスプーンを持ち、一口、それを口に含んだ瞬間。

「…………ッッ!!!」

 声になりませんでした。
 審査員長の目は見開かれ、顔面は瞬時に林檎のように赤くなり、ついには耳からヒューッ!という蒸気が噴き出したのです。

「し、審査員長ーッ!?」

「心臓を叩け! 誰か、牛乳を! 大量の牛乳を運んでこい!」

 会場は大パニックです。
 審査員たちが次々と白目を剥いて倒れ伏す中、唯一、平然と自分の分のスープを飲み干した男がいました。

「……ああ、美味いな」

 アリスティア様です。
 彼は、周囲の惨状など目に入っていないかのように、優雅に口元を拭いました。

「テリーヌ。このスープ、火山の中心部を飲み込んだような荒々しさがある。だが、その奥にある唐辛子の甘みが、私の死んだはずの味覚を優しく愛撫してくれるようだ」

「お分かりいただけましたか、公爵様! 流石は私の生涯の試食係ですわ!」

「……試食係、か。少し物足りないが、今はその言葉に甘んじておこう」

 アリスティア様は立ち上がり、倒れ伏した審査員たちの代わりに高らかに宣言しました。

「判定を待つまでもない。この『激辛コンテスト』、優勝者はテリーヌ・フォン・グラタンだ!」

 ブーイングすら起きません。
 なぜなら、反対意見を述べる元気のある観客は、すでに一人も残っていなかったからです。

「やりましたわ、公爵様! これで隣国への第一歩は完璧ですわね!」

「ああ。だがテリーヌ、一つ問題がある」

「何かしら?」

「優勝賞品の『幻の激辛唐辛子・苗木』……これ、私が手に入れたかったものなのだが、君が手に入れたということは……」

「もちろん、私と一緒に育てて、私と一緒に食べるのですわよ?」

 私が当たり前のように言うと、アリスティア様は一瞬驚いたように目を見開き……やがて、今日一番の穏やかな笑顔を見せました。

「……そうか。二人で、か。それは悪くない」

 優勝カップを掲げる私の横で、軍神と呼ばれた男が、初めて恋を知った少年のように微笑んでいました。

 その頃。
 会場の隅で、その光景を歯噛みしながら見ている影が一つ。

「……テリーヌ様。公爵様とそんなに仲良くして……。許せませんわ、私の『刺激的なご飯』を独り占めするなんて!」

 聖女シャルロットが、よだれを垂らしながら嫉妬の炎を燃やしていました。
 彼女の狙いは、もはや王太子の寵愛ではなく、テリーヌが作る「極上の毒物」へと完全にシフトしていたのです。

 そして。

「……いたぞ。テリーヌを見つけたぞ……!」

 さらに遠く、王国の密偵がその様子をじっと観察していました。
 無能な王太子ジュリアンによる「テリーヌ奪還作戦」の魔の手が、すぐそこまで迫っていたのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

処理中です...