婚約破棄のにガッツポーズして「お幸せに!」と爆走退場する。

ちゃっぴー

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「……ふぅ。激辛コンテストの賞金と苗木、無事に確保いたしましたわ!」

 公爵邸に戻った私は、さっそく戦利品である『幻の激辛唐辛子・苗木』を中庭の特等席に植え替えました。
 この苗が育てば、さらに破壊的なソースが作れるはず……。
 私の鼻息で、苗木が心なしか震えているような気がします。

「お疲れ様、テリーヌ嬢。君の八面六臂の活躍、実に見事だった」

 背後から、アリスティア様が穏やかな声をかけてきました。
 彼はコンテストの熱気がまだ冷めないのか、いつもより少しだけ頬が紅潮しています。

「公爵様こそ。あんな劇物……いえ、スープを完食なさるなんて、やはり貴方の胃袋は宇宙か地獄の二択ですわね」

「……ふ。君に鍛えられたおかげだよ」

 アリスティア様は私の隣にしゃがみ込み、私の土で汚れた手を見つめました。
 そして、躊躇うことなくその手を自身の大きな手で包み込んだのです。

「……っ! 公爵様、私の手は泥と唐辛子の成分だらけですわよ? 不用意に触れると、またお肌が……」

「構わない。むしろ、この熱さが心地いいんだ」

 彼はじっと私の目を見つめました。
 その瞳の中には、かつての「冷徹公爵」と呼ばれていた頃の氷のような冷たさは、微塵も残っていませんでした。

「……テリーヌ。さっき、スープを飲んだ時に確信したことがあった」

「……なんですの? もっと塩気が欲しかったとか?」

「いや。……うまい、と思ったんだ」

 アリスティア様は、噛み締めるように言葉を紡ぎました。

「単に辛いとか、熱いとか、そういう刺激の話ではない。君が私のために、私の壊れた味覚をこじ開けるために作ってくれた、その『心意気』が……どうしようもなく愛おしく、美味かったんだ」

「……公爵様」

「私は長年、味のない世界で生きてきた。だが、今の私には分かる。君の作る料理には、食べた者を無理やり前に行かせるような、強引で優しい力が宿っている」

 アリスティア様の指が、私の手の甲を優しくなぞります。
 それは唐辛子の痛みとは違う、じんわりとした、けれど心臓の鼓動を速めるような熱でした。

「……君を離さないと言ったのは、私の味覚のためだけじゃない。私という人間が、君という太陽なしでは、また元の凍てついた世界に戻ってしまうのが怖いんだ」

「…………」

 ……あら。
 おかしいですわね。
 私、前世の記憶もなければ、恋愛経験も「元婚約者の愚痴を聞く」くらいしかなかったはずなのに。
 どうして、こんなに胸がバクバクと騒ぎ立てるのかしら。
 これは……まさか、新しいスパイスの副作用?

「……テリーヌ。君は、どうなんだ? 私という男は、君にとって『都合のいい試食係』以上の存在になれるだろうか」

 アリスティア様の問いかけは、あまりにも切実で。
 私は思わず、逸らしそうになった視線を力いっぱい彼に固定しました。

「……そう、ですわね。公爵様は確かに、世界で唯一私の料理を笑って食べてくださる、奇特な方ですわ」

「……それだけか?」

「いいえ。……貴方の隣にいると、私の創作意欲が、通常の三倍……いえ、五倍は湧いてきますの。これって、最高のパートナーシップだと思いませんこと?」

 私が精一杯の照れ隠しでそう言うと、アリスティア様は一瞬呆然とした後、堪えきれないといった風に笑い出しました。

「ははは! 創作意欲か! 実に君らしい回答だ」

「笑わないでくださいまし! 私は真剣ですわよ!」

「ああ、分かっている。……その情熱を、一生私にぶつけてくれ。私は何度でも、君の火力を受け止めてみせよう」

 アリスティア様は私の手を引き寄せ、指先に軽く口づけを落としました。
 その瞬間、私の頭の中で、特大のジョロキアが爆発したような衝撃が走りました。

(あ、あ、熱いですわ……! 顔が、顔が燃えますわーーー!!)

 そんな私たちの様子を、柱の陰からじっと見つめる影。

「……ムキーッ! なんですの、あのピンク色のオーラは! テリーヌ様、公爵様といい雰囲気になってる暇があったら、私に『お夜食の激辛ラーメン』を作ってくださいましーー!!」

 聖女シャルロットが、ハンカチを噛み締めて歯ぎしりしていました。
 彼女にとって、テリーヌは「美味しい刺激を供給してくれる女神」であり、それを独占しようとするアリスティアは「最大の敵」になりつつあったのです。

 一方、その頃。
 王国の国境付近。

「……殿下、あちらに見えるのがスパイス公爵の領地です」

「……待っていろ、テリーヌ。今すぐ、私の……いや、我が王国の『最高級事務処理マシーン』を奪い返してやる!」

 ジュリアン殿下が、目の下にクマを二重に作り、書類の山でボロボロになった服を翻しながら、執念の炎を燃やしていました。

 愛の告白、食欲の嫉妬、そして無能な王太子の執着。
 すべてが煮えたぎる大鍋のように、混ざり合い始めていたのでした。
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