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「……テリーヌ。今夜は少し、時間をもらえるだろうか」
外交会談を「激辛」でねじ伏せた日の夜。
アリスティア様が、いつになく真剣な面持ちで私を中庭の東屋へと呼び出しました。
東屋のテーブルには、月光を反射して輝く真っ赤なワイン。
……いえ、よく見たら私が仕込んだ「唐辛子入りインフューズド・ウォッカ」ですわね。
流石は公爵様、分かっておいでです。
「公爵様、改まってどうなさいましたの? 新作の『カプサイシン・チョコ』の試食なら、いつでも準備はできておりますわよ?」
「……いや、今夜は試食の話ではないんだ」
アリスティア様は私の前に立ち、私の両手をそっと包み込みました。
彼の大きな手から伝わってくる体温は、私の心臓をドクンと跳ねさせます。
「テリーヌ。君がこの国に来てから、私の世界は一変した。……味気なかった日々が、君の熱さで塗り替えられていくのが、心地よくてたまらないんだ」
「……光栄ですわ。私も、貴方ほど私の情熱(火力)を受け止めてくださる殿方には、一生出会えないと思っております」
「……テリーヌ。私は、君のその才能だけを愛しているのではない」
アリスティア様の青い瞳が、熱っぽく私を射抜きます。
その瞳の奥にある「色」は、もはや冷酷公爵と呼ばれた頃の氷ではありません。
「君という人間を、私の隣で、一生守り続けたい。……これは、君の雇用主としての言葉ではない。一人の男としての、偽らざる願いだ」
アリスティア様は、ポケットから小さな箱を取り出しました。
パカリと開かれたその中には、深紅の宝石――まるで熟れきった唐辛子のような色をした、大粒のルビーが輝いています。
「……テリーヌ。私と、正式に婚約してくれないか。君が望むなら、この国で一番広い唐辛子畑を君の名義で用意しよう。……君を、誰にも渡したくないんだ」
…………。
…………。
…………なんですって?
私は、目の前の輝くルビーと、アリスティア様の顔を交互に見つめました。
(……一生守りたい。誰にも渡したくない。そして、一番広い唐辛子畑……!?)
私の脳内で、猛烈な勢いで情報が処理されます。
……ああ、そういうことですのね!
「……分かりましたわ、公爵様! そのお言葉、謹んでお受けいたします!」
「……っ、本当か!? テリーヌ、君も私と同じ気持ちだと……」
「ええ! つまり公爵様は、私の『門外不出のスパイス・レシピ』が他国に流出するのを恐れていらっしゃるのですわね!? そして、その独占契約の証として、この唐辛子色の石と広大な実験場(畑)をくださると!」
「……え?」
「流石はアリスティア様! 『守りたい』というのは、私の身柄という名の『重要知的財産』のことですわね! 分かりますわ、その経営判断! 非常に刺激的ですわ!」
アリスティア様が、彫刻のように固まりました。
差し出された箱を持つ手が、微かに震えています。
「……テリーヌ。今、私は『一人の男として』と言ったはずなのだが……」
「ええ。一人の男……つまり、責任ある当主として、個人的に投資したいということですわね? 嬉しいですわ、そこまで私の『火力』を高く評価してくださるなんて!」
私は満面の笑みで、ルビーの指輪を手に取りました。
「この石、いい赤ですわ! まるでもぎたての『キャロライナ・リーパー』のようですもの。これを身につけていれば、料理の時も気合が入りますわ!」
「……テリーヌ。君は、その……本当に、恋愛的な『愛』というものを、どう捉えているんだ?」
「愛? それは、お互いの胃袋の限界に挑戦し合い、共に汗を流し、高みを目指すことではありませんの?」
私が迷いなく答えると、アリスティア様は深い、深すぎる溜息を吐きました。
そして、自分の額を片手で押さえながら、天を仰いだのです。
「……そうか。君にとっては、それが『愛』か。……いや、いい。今はそれでいい。……私が君に、それ以上の『熱さ』を分からせてみせる。……一生かけてな」
「あら、挑戦状かしら? 望むところですわ! 貴方の心臓が、私の料理の前に音を上げるのが先か、勝負ですわね!」
私はアリスティア様の腕に自分の腕を絡ませ、意気揚々と屋敷へと戻り始めました。
……それにしても、公爵様の顔がなぜか真っ赤ですわ。
さては、さっきのウォッカが効きすぎたのかしら?
そんな私たちの様子を、柱の陰で見ていた聖女シャルロットが、ハンカチを噛みちぎりながら叫びました。
「……鈍感! 鈍感すぎますわテリーヌ様ぁぁ!! 公爵様のあの、溶けそうなほど甘い目を見て、どうして『独占契約』なんて言葉が出てくるんですの!?」
「シャルロット。うるさいぞ。……それより、明日の朝食は例の『激辛オムレツ』を頼む」
「公爵様も公爵様ですわ! 流されすぎですわよー!」
アリスティア様の「無自覚な溺愛」と、テリーヌの「突き抜けた勘違い」。
二人の恋の温度計は、もはや測定不能な領域へと突入していたのでした。
外交会談を「激辛」でねじ伏せた日の夜。
アリスティア様が、いつになく真剣な面持ちで私を中庭の東屋へと呼び出しました。
東屋のテーブルには、月光を反射して輝く真っ赤なワイン。
……いえ、よく見たら私が仕込んだ「唐辛子入りインフューズド・ウォッカ」ですわね。
流石は公爵様、分かっておいでです。
「公爵様、改まってどうなさいましたの? 新作の『カプサイシン・チョコ』の試食なら、いつでも準備はできておりますわよ?」
「……いや、今夜は試食の話ではないんだ」
アリスティア様は私の前に立ち、私の両手をそっと包み込みました。
彼の大きな手から伝わってくる体温は、私の心臓をドクンと跳ねさせます。
「テリーヌ。君がこの国に来てから、私の世界は一変した。……味気なかった日々が、君の熱さで塗り替えられていくのが、心地よくてたまらないんだ」
「……光栄ですわ。私も、貴方ほど私の情熱(火力)を受け止めてくださる殿方には、一生出会えないと思っております」
「……テリーヌ。私は、君のその才能だけを愛しているのではない」
アリスティア様の青い瞳が、熱っぽく私を射抜きます。
その瞳の奥にある「色」は、もはや冷酷公爵と呼ばれた頃の氷ではありません。
「君という人間を、私の隣で、一生守り続けたい。……これは、君の雇用主としての言葉ではない。一人の男としての、偽らざる願いだ」
アリスティア様は、ポケットから小さな箱を取り出しました。
パカリと開かれたその中には、深紅の宝石――まるで熟れきった唐辛子のような色をした、大粒のルビーが輝いています。
「……テリーヌ。私と、正式に婚約してくれないか。君が望むなら、この国で一番広い唐辛子畑を君の名義で用意しよう。……君を、誰にも渡したくないんだ」
…………。
…………。
…………なんですって?
私は、目の前の輝くルビーと、アリスティア様の顔を交互に見つめました。
(……一生守りたい。誰にも渡したくない。そして、一番広い唐辛子畑……!?)
私の脳内で、猛烈な勢いで情報が処理されます。
……ああ、そういうことですのね!
「……分かりましたわ、公爵様! そのお言葉、謹んでお受けいたします!」
「……っ、本当か!? テリーヌ、君も私と同じ気持ちだと……」
「ええ! つまり公爵様は、私の『門外不出のスパイス・レシピ』が他国に流出するのを恐れていらっしゃるのですわね!? そして、その独占契約の証として、この唐辛子色の石と広大な実験場(畑)をくださると!」
「……え?」
「流石はアリスティア様! 『守りたい』というのは、私の身柄という名の『重要知的財産』のことですわね! 分かりますわ、その経営判断! 非常に刺激的ですわ!」
アリスティア様が、彫刻のように固まりました。
差し出された箱を持つ手が、微かに震えています。
「……テリーヌ。今、私は『一人の男として』と言ったはずなのだが……」
「ええ。一人の男……つまり、責任ある当主として、個人的に投資したいということですわね? 嬉しいですわ、そこまで私の『火力』を高く評価してくださるなんて!」
私は満面の笑みで、ルビーの指輪を手に取りました。
「この石、いい赤ですわ! まるでもぎたての『キャロライナ・リーパー』のようですもの。これを身につけていれば、料理の時も気合が入りますわ!」
「……テリーヌ。君は、その……本当に、恋愛的な『愛』というものを、どう捉えているんだ?」
「愛? それは、お互いの胃袋の限界に挑戦し合い、共に汗を流し、高みを目指すことではありませんの?」
私が迷いなく答えると、アリスティア様は深い、深すぎる溜息を吐きました。
そして、自分の額を片手で押さえながら、天を仰いだのです。
「……そうか。君にとっては、それが『愛』か。……いや、いい。今はそれでいい。……私が君に、それ以上の『熱さ』を分からせてみせる。……一生かけてな」
「あら、挑戦状かしら? 望むところですわ! 貴方の心臓が、私の料理の前に音を上げるのが先か、勝負ですわね!」
私はアリスティア様の腕に自分の腕を絡ませ、意気揚々と屋敷へと戻り始めました。
……それにしても、公爵様の顔がなぜか真っ赤ですわ。
さては、さっきのウォッカが効きすぎたのかしら?
そんな私たちの様子を、柱の陰で見ていた聖女シャルロットが、ハンカチを噛みちぎりながら叫びました。
「……鈍感! 鈍感すぎますわテリーヌ様ぁぁ!! 公爵様のあの、溶けそうなほど甘い目を見て、どうして『独占契約』なんて言葉が出てくるんですの!?」
「シャルロット。うるさいぞ。……それより、明日の朝食は例の『激辛オムレツ』を頼む」
「公爵様も公爵様ですわ! 流されすぎですわよー!」
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