婚約破棄のにガッツポーズして「お幸せに!」と爆走退場する。

ちゃっぴー

文字の大きさ
20 / 28

20

しおりを挟む
「アリスティア・フォン・スパイス! 往生際が悪いぞ、今日こそ決着をつけに来た!」

 数日後。公爵邸の正面広場に、またしてもあの男が現れました。
 ですが、今日のジュリアン殿下は一味違います。
 泥まみれの格好はどこへやら、白銀の鎧を身に纏い、腰には王家に伝わる宝剣。
 背後には、死んだ魚のような目をした文官たちが、大量の書類を抱えて控えています。

「……また君か。不法侵入で捕らえてもいいのだが」

 アリスティア様が、心底面倒くさそうにバルコニーから見下ろしました。

「黙れ! 私は正々堂々と、騎士の作法に則って『決闘』を申し込みに来たのだ! この決闘に私が勝てば、テリーヌを……我が国の『筆頭事務官』として連れ戻す!」

「……騎士の作法を、事務処理能力の奪還に使うな。歴史が泣くぞ」

「うるさい! こちらは国家存亡の危機なのだ! テリーヌがいないせいで、昨日の夕食は『味のしない温野菜』、今朝は『白湯』だったのだぞ! こんな生活が続けば、私の胃袋が餓死してしまう!」

 殿下が叫ぶと、背後の文官たちも「そうだ、そうだ!」「テリーヌ様を返せ!」と、シュプレヒコールを上げました。
 ……どうやら、向こうの王宮は、すでに文明崩壊の一歩手前まで来ているようですわね。

 私は、手に持っていた新作スパイス『魔王の吐息』をひと舐めし、唇を赤く染めて身を乗り出しました。

「いいでしょう、殿下。その決闘、お受けいたしますわ」

「テ、テリーヌ嬢!? 本気か?」

 アリスティア様が驚いて私を見ましたが、私は不敵に微笑みました。

「ただし、ルールはこちらで決めさせていただきます。剣や魔法なんて、古臭くて刺激がありませんもの。もっとこう……内臓を揺さぶるような、真剣勝負がよろしいでしょう?」

「……何をする気だ?」

「『激辛カレー・大食い決闘』ですわ!」

 私の宣言に、広場が静まり返りました。
 殿下が、ごくりと唾を飲み込みます。

「激辛カレー……大食いだと?」

「ええ。私がこれから作る、三日三晩煮込んだ特製『アルティメット・デス・カレー』。これを、どちらが先に、より多く完食できるかを競うのです」

「……っ。テリーヌ、忘れたか。私はかつて、辛いものを一口食べて気絶した男だぞ!」

「あら、そんな弱気で私の『事務処理能力』が手に入ると思って? 愛が……いえ、食欲があるなら、その程度の熱さ、乗り越えてみせなさいな!」

 私は、アリスティア様の隣に立ち、彼の腕に自分の腕を絡めました。

「公爵様も、よろしいわね? 私の『婚約者』としての資質を、ここで証明していただきますわよ」

「……ふ。面白い。君の作った料理なら、毒であろうと溶岩であろうと、私は完食してみせよう」

 アリスティア様の瞳に、本物の「軍神」の火が灯りました。
 彼はジュリアン殿下を真っ向から見据え、冷たく言い放ちました。

「ルールは、テリーヌの言う通りだ。敗者は、二度とこの国の土を踏まず、一生『薄味の地獄』で書類に埋もれて暮らすがいい」

「……の、望むところだ! 私だって、テリーヌの投げた梅干しで少しは鍛えられたんだ! 見ていろ、私の真実の愛(と、贅沢な食生活への執着)を!」

 こうして、前代未聞の「激辛決闘」のルールが確定しました。

 場所は、公爵邸の中庭。
 観客は、隣国の物見高い市民たちと、泣きながらジュリアン殿下の勝利を祈るショコラ王国の文官たち。

 私はさっそく、厨房へと爆走しました。

「おーっほっほ! 腕が鳴りますわね! コンロの火力を最大に! 地下倉庫にある『門外不出の黒唐辛子』を全部持ってきなさい!」

 厨房から上がる真っ黒な煙と、鼻を突くような破壊的な刺激臭。
 それは、これから始まる惨劇……いえ、世紀の決戦の狼煙(のろし)でした。

「テリーヌ様、準備が整いましたわ!」

 いつの間にか私の助手に収まっていた聖女シャルロットが、防護服に身を包んで報告してきました。

「よろしい。シャルロット様、貴女は審判をお願いしますわね」

「ええ! どちらが先に『昇天』するか、しっかり見極めて差し上げますわ!」

 二人の男の意地と、一人の悪役令嬢のスパイス愛が、ついに大鍋の中で一つに溶け合おうとしていました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった

Blue
恋愛
 王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。 「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」 シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。 アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。

私たちの離婚幸福論

桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。 しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。 彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。 信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。 だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。 それは救済か、あるいは—— 真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。

処理中です...