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「……汚いですわね」
漆黒のカレーに頭から突っ込み、ぶつぶつと「……数字が……予算が……」と世迷言を呟いているジュリアン殿下。
その無惨な姿を見下ろして、シャルロット様が冷ややかに言い放ちました。
「あら、シャルロット様。貴女の『真実の愛』の相手が、あんなに面白……いえ、大変なことになっていますわよ? 聖女の力で、その真っ黒な顔を浄化して差し上げたらどうかしら」
私が扇で口元を隠しながら提案すると、彼女はこれ以上ないほど嫌そうな顔をして一歩後退しました。
「嫌ですわ! 今の私があの方に触れたら、カレーの匂いがドレスに移ってしまいますもの! それに……」
シャルロット様は、自分の空っぽになったお腹をさすりながら、私を真っ直ぐに見つめました。
「……気づいてしまいましたの。愛なんて、三日もすれば冷めるスパイスのようなもの。ですが、テリーヌ様が作る『食の暴力』は、一生私の胃袋を離さないということに!」
「……なんですって?」
「テリーヌ様! 私、決めましたわ! 今日この瞬間を以て、私は聖女を休業し、ショコラ王国との縁も切りますわ!」
彼女は高らかに宣言し、泥まみれのジュリアン殿下に向けて、持っていた聖女の杖を投げ捨てました。
杖は「カツーン」と殿下の後頭部に当たりましたが、彼はピクリとも動きません。
「……休業? 縁を切る? シャルロット様、貴女は何を仰っているの?」
「決まっていますわ! 私も、この公爵邸の居候……いえ、『公式毒味役』として雇っていただきたいのです! あんな味のしない国に戻って、毎日白湯のようなスープを飲むなんて、死んでも御免ですわ!」
聖女、まさかの完全寝返り。
あまりの潔さに、気絶から復帰しかけていたアリスティア様が、フラフラと立ち上がりながら口を挟みました。
「……テリーヌ。この女、本気か? 我が家の食費(スパイス代)が、さらに跳ね上がることになるぞ」
「公爵様、お目覚めですのね! ……そうですね、この食いしん坊を養うのは、確かに経済的なリスクですわ」
「リスクなんて仰らないで! 私、テリーヌ様の新作のためなら、どんなに喉が焼けようと、どんなに翌朝トイレで後悔しようと、笑顔で耐えてみせますわ!」
シャルロット様の瞳には、かつての「聖女」としての慈愛など欠片もなく、ただ「次は何を食わせてくれるんだ」という猛獣のような欲望だけが宿っていました。
(……ふふ。面白いですわね。一国の聖女を、唐辛子の力で家畜化……いえ、門下生にするなんて)
私は、腰に手を当てて高笑いしました。
「よろしいでしょう! シャルロット様、貴女を私の『第一弟子兼・実験体』として受け入れて差し上げますわ! ただし、修行は厳しいですわよ? 毎朝、私の特製『デス・ジンジャー・エール』でうがいをしていただきますわ!」
「望むところですわ、師匠ー!!」
こうして、敵対していたはずの聖女が、私の陣営に加わりました。
もはや、この公爵邸に「マイルド」な人間は一人も存在しません。
すると、足元から弱々しい声が聞こえてきました。
「……ま、待て……。シャルロット……貴様まで、私を見捨てるのか……。……書類……まだ、三千枚……残って……」
カレーまみれのジュリアン殿下が、震える指でシャルロット様の裾を掴もうとしました。
ですが、彼女はそれを軽やかにステップで回避します。
「殿下。書類なら、どうぞお一人で楽しんでくださいまし。私はこれから、師匠が作る『超激辛エビチリ』の試作に立ち会わなければなりませんの。……あ、お帰りの際の馬車は、あちらの荷台をお使いくださいな」
「……荷台……。……テリーヌ……助け……」
「おーっほっほ! 殿下、さようなら! 貴方の人生が、これからは少しでも『刺激的』になることを、隣国からお祈りして差し上げますわ! ……もちろん、祈るだけで助けはしませんけれど!」
私たちは、ボロ雑巾のように引きずられていく王太子の背中を見送りながら、新しいレシピの相談を始めました。
「師匠、次は……次はもっと、舌が真っ二つに裂けるような熱いのが食べたいですわ!」
「いいわね、シャルロット。では、隣国の火山地帯でしか獲れないという『マグマ・ペッパー』を仕入れに行きましょうか!」
「最高ですわー!」
アリスティア様は、そんな私たちを見ながら、幸せそうに(あるいは少しだけ未来の胃袋を案じて)溜息を吐いていました。
「……やれやれ。我が公爵邸は、もはや後戻りできないほど『真っ赤』に染まってしまったようだな」
そう言いながらも、アリスティア様の手は、しっかりと私の腰を抱き寄せていました。
悪役令嬢、聖女、そして軍神公爵。
最強(に辛いもの好き)のチームが結成された瞬間でした。
漆黒のカレーに頭から突っ込み、ぶつぶつと「……数字が……予算が……」と世迷言を呟いているジュリアン殿下。
その無惨な姿を見下ろして、シャルロット様が冷ややかに言い放ちました。
「あら、シャルロット様。貴女の『真実の愛』の相手が、あんなに面白……いえ、大変なことになっていますわよ? 聖女の力で、その真っ黒な顔を浄化して差し上げたらどうかしら」
私が扇で口元を隠しながら提案すると、彼女はこれ以上ないほど嫌そうな顔をして一歩後退しました。
「嫌ですわ! 今の私があの方に触れたら、カレーの匂いがドレスに移ってしまいますもの! それに……」
シャルロット様は、自分の空っぽになったお腹をさすりながら、私を真っ直ぐに見つめました。
「……気づいてしまいましたの。愛なんて、三日もすれば冷めるスパイスのようなもの。ですが、テリーヌ様が作る『食の暴力』は、一生私の胃袋を離さないということに!」
「……なんですって?」
「テリーヌ様! 私、決めましたわ! 今日この瞬間を以て、私は聖女を休業し、ショコラ王国との縁も切りますわ!」
彼女は高らかに宣言し、泥まみれのジュリアン殿下に向けて、持っていた聖女の杖を投げ捨てました。
杖は「カツーン」と殿下の後頭部に当たりましたが、彼はピクリとも動きません。
「……休業? 縁を切る? シャルロット様、貴女は何を仰っているの?」
「決まっていますわ! 私も、この公爵邸の居候……いえ、『公式毒味役』として雇っていただきたいのです! あんな味のしない国に戻って、毎日白湯のようなスープを飲むなんて、死んでも御免ですわ!」
聖女、まさかの完全寝返り。
あまりの潔さに、気絶から復帰しかけていたアリスティア様が、フラフラと立ち上がりながら口を挟みました。
「……テリーヌ。この女、本気か? 我が家の食費(スパイス代)が、さらに跳ね上がることになるぞ」
「公爵様、お目覚めですのね! ……そうですね、この食いしん坊を養うのは、確かに経済的なリスクですわ」
「リスクなんて仰らないで! 私、テリーヌ様の新作のためなら、どんなに喉が焼けようと、どんなに翌朝トイレで後悔しようと、笑顔で耐えてみせますわ!」
シャルロット様の瞳には、かつての「聖女」としての慈愛など欠片もなく、ただ「次は何を食わせてくれるんだ」という猛獣のような欲望だけが宿っていました。
(……ふふ。面白いですわね。一国の聖女を、唐辛子の力で家畜化……いえ、門下生にするなんて)
私は、腰に手を当てて高笑いしました。
「よろしいでしょう! シャルロット様、貴女を私の『第一弟子兼・実験体』として受け入れて差し上げますわ! ただし、修行は厳しいですわよ? 毎朝、私の特製『デス・ジンジャー・エール』でうがいをしていただきますわ!」
「望むところですわ、師匠ー!!」
こうして、敵対していたはずの聖女が、私の陣営に加わりました。
もはや、この公爵邸に「マイルド」な人間は一人も存在しません。
すると、足元から弱々しい声が聞こえてきました。
「……ま、待て……。シャルロット……貴様まで、私を見捨てるのか……。……書類……まだ、三千枚……残って……」
カレーまみれのジュリアン殿下が、震える指でシャルロット様の裾を掴もうとしました。
ですが、彼女はそれを軽やかにステップで回避します。
「殿下。書類なら、どうぞお一人で楽しんでくださいまし。私はこれから、師匠が作る『超激辛エビチリ』の試作に立ち会わなければなりませんの。……あ、お帰りの際の馬車は、あちらの荷台をお使いくださいな」
「……荷台……。……テリーヌ……助け……」
「おーっほっほ! 殿下、さようなら! 貴方の人生が、これからは少しでも『刺激的』になることを、隣国からお祈りして差し上げますわ! ……もちろん、祈るだけで助けはしませんけれど!」
私たちは、ボロ雑巾のように引きずられていく王太子の背中を見送りながら、新しいレシピの相談を始めました。
「師匠、次は……次はもっと、舌が真っ二つに裂けるような熱いのが食べたいですわ!」
「いいわね、シャルロット。では、隣国の火山地帯でしか獲れないという『マグマ・ペッパー』を仕入れに行きましょうか!」
「最高ですわー!」
アリスティア様は、そんな私たちを見ながら、幸せそうに(あるいは少しだけ未来の胃袋を案じて)溜息を吐いていました。
「……やれやれ。我が公爵邸は、もはや後戻りできないほど『真っ赤』に染まってしまったようだな」
そう言いながらも、アリスティア様の手は、しっかりと私の腰を抱き寄せていました。
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最強(に辛いもの好き)のチームが結成された瞬間でした。
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