婚約破棄のにガッツポーズして「お幸せに!」と爆走退場する。

ちゃっぴー

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「……終わった。すべて、終わったのだ……」

 ショコラ王国の王太子執務室。
 そこには、かつての輝きを完全に失い、黒いカレーのシミがこびりついた服を着たまま、震える手で『真っ赤なバツ印』が描かれた書類を見つめるジュリアン殿下の姿がありました。

 テリーヌが隣国から「お返し」として送り返した書類。
 そこには事務的な修正案など一切なく、ただ一言、情熱的な筆致でこう書かれていました。

『やり直しですわ! この予算案、辛味が足りなくてあくびが出ますわよ!』

 殿下は、その文字を見るたびに胃がキリキリと痛み、涙が溢れて止まりません。

「殿下、あまりお嘆きにならないでください。……すべては計画通りなのですから」

 背後から、静かで冷徹な声が響きました。
 振り返ると、そこには眼鏡を光らせた王太子の第一側近、ヴィクターが立っていました。

「……ヴィクター? 計画通りとは、どういう意味だ。私は婚約者を失い、聖女には逃げられ、今や国中の文官から『無能』と蔑まれているのだぞ!」

「ええ。まさに、それを待っていたのです」

 ヴィクターは眼鏡を指で押し上げ、冷酷な笑みを浮かべました。

「殿下。貴方はあまりにも無知すぎた。テリーヌ様がどれほどの事務処理能力を持ち、この国の屋台骨を一人で支えていたか……。私がその事実を貴方に教えず、シャルロットという『甘い餌』を投げ込んだ理由がお分かりですか?」

「な……っ、シャルロットを私に引き合わせたのは、お前だったのか!?」

「左様です。貴方がテリーヌ様を追い出し、国が混乱すればするほど、私の価値は上がります。……そして、混乱の極致で私がテリーヌ様を『救世主』として連れ戻せば、私はこの国の実権を完全に握ることができる」

 ヴィクターは、懐から一通の魔法親書を取り出しました。
 そこには、隣国の有力貴族と通じ、テリーヌを強引に連れ戻すための裏工作が詳細に記されていました。

「テリーヌ様は、強すぎる刺激がお好きでした。ですから、私は彼女に『絶望』という名の最大の刺激を与え、私の元へひれ伏させようとしたのです。……あの公爵との仲も、所詮は一時的な逃避に過ぎません」

「お、お前……そんな恐ろしいことを考えていたのか……!」

「愛などという不確かなものではなく、利害と依存で彼女を縛る。それが私の計算術(アルゴリズム)です」

 ヴィクターは勝ち誇ったように、隣国のスパイス公爵邸に向けて転移魔法の陣を展開しました。

「さあ、テリーヌ様。そろそろ『お遊び』は終わりです。貴女の居場所は、私の管理する冷徹な執務室だけなのですから……」

 ……一方、その頃のスパイス公爵邸。

「……ハックション!!」

 私は、大鍋で煮込んでいた『超高圧ハバネロ・ソース』の蒸気にむせ返り、豪快なクシャミを放ちました。

「あら、誰かしら。私の噂をしているのは。……さては、どこかのバカな事務官が、私の修正案を見て感涙にむせんでいるのかしらね?」

「師匠、見てください! この『マグマ・ペッパー』、触っただけで指の皮が溶けそうですわ! 最高にエキサイティングですわね!」

 シャルロット様が、もはや聖女の欠片もない凶悪な笑顔で、真っ赤な果実を掲げています。

「ええ、素晴らしいわ、シャルロット。……公爵様、準備はよろしいかしら? 今夜は、この国を文字通り『炎上』させるほどの新メニュー、完成ですわよ!」

「ああ。……テリーヌ。何があろうと、私は君を離さない。……たとえ、眼鏡をかけた陰気な男が魔法で割り込んできたとしてもな」

 アリスティア様は、すでに屋敷の周囲に張られた「不審な魔力」に気づいているようでしたが、その表情には余裕すら漂っていました。

「……ふ。私の味覚を呼び覚ましたこの女を、再び『無味乾燥』な書類地獄へ戻そうなど……。……そんな不敬な輩には、文字通り『地獄』を見せてやらねばな」

 アリスティア様の背後に、軍神としての真っ赤なオーラが立ち上ります。

 眼鏡の裏で陰険な計算を続ける側近ヴィクターと、
 唐辛子の向こう側に真実の愛(と刺激)を見つけたテリーヌたち。

 ついに、物語は「真の黒幕」との、史上最もスパイシーな決戦へと向かおうとしていたのでした。
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