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「あー、頭が痛い……」
アレクセイは、執務室の机に突っ伏して呻いた。
騎士団長室の窓からは、今日も今日とて元気な爆発音が聞こえてくる。
ドォォォォン!!
「……またか」
もはや時計代わりになりつつあるその音に、彼は重い体を起こした。
ユーミアが辺境に来てから一週間。
この「最果ての砦」は、劇的な変化を遂げていた。
まず、食事が美味くなった。
ユーミアが開発した『瞬間燻製機(見た目は棺桶)』のおかげで、保存食の干し肉が極上のベーコンに変わったからだ。
次に、風呂が快適になった。
『温泉成分入浴剤・硫黄の香り(爆発性あり)』のおかげで、冷え切った兵士たちの体が芯から温まるようになった。
そして何より――騎士たちの士気が上がった。
「ユーミア様! 例の『自動靴磨き機』、最高っす!」
「俺の剣の錆取りもお願いします!」
「姉御! 今日のおやつはなんですか!」
窓の外を見れば、休憩中の部下たちがユーミアの元へ群がっている。
彼女は作業着(オイルまみれのドレス)姿で、レンチを片手に何やら熱弁を振るっていた。
「いい? 剣の重心をあと二ミリ手元に寄せれば、振る速度が〇・一秒上がるわ。その代わり、刀身が七色に光るようになるけど我慢してね!」
「うおー! かっけぇ! ゲーミングソードだ!」
「……馴染んでいるな」
アレクセイは苦笑した。
王都では「悪役令嬢」と忌み嫌われていた彼女が、ここでは「頼れる姉御」扱いだ。
彼女の才能は本物だ。
ただ、その方向性が著しく斜め上なだけで。
「失礼します! 団長!」
バン! と扉が開いた。
飛び込んできたのは、副団長の男だ。血相を変えている。
「どうした、敵襲か?」
「いえ、訓練中の事故です! 新人のハンスが、崖から転落して……!」
「なに!?」
アレクセイは椅子を蹴って立ち上がった。
この辺境の地形は険しい。訓練中の怪我は日常茶飯事だが、報告に来るほどとなればただ事ではない。
「足の骨が折れているようです。出血も酷い。今、医務室へ運びましたが、衛生兵の手が足りなくて……!」
「わかった、すぐに行く!」
アレクセイは部屋を飛び出した。
廊下を走りながら、窓の外のユーミアを見る。
彼女も騒ぎに気づいたのか、工具を放り出してこちらへ走ってきていた。
***
医務室は、鉄錆と血の匂いが充満していた。
「うぐっ……ああっ……!」
ベッドの上で、若い騎士ハンスが脂汗を流して唸っている。
右足が不自然な方向に曲がり、包帯からは鮮血が滲んでいた。
「しっかりしろハンス! 今、痛み止めを……」
衛生兵が必死に処置をしているが、顔色は悪い。
「団長……! まずいです、骨が砕けて血管を傷つけている。このままでは壊死してしまうかも……」
「なんとかならないのか! 治癒魔法使いは!?」
「魔力切れです! 昨日の魔獣討伐で使い果たして……」
最悪のタイミングだ。
王都ならば高位の神官を呼べるが、ここは辺境。物資も人材も限られている。
ハンスはまだ若い。ここで足を失えば、騎士生命は絶たれる。
「くそっ……!」
アレクセイが拳を握りしめた、その時だった。
「どいてどいてー! 患者はどこ!?」
バァン!!
医務室の扉が勢いよく開け放たれた。
そこに立っていたのは、ボサボサ髪にオイルの染みついた白衣(誰から奪ったのか)を羽織ったユーミアだった。
「ユーミア!? ここは実験室じゃないんだ、邪魔をするな!」
アレクセイが怒鳴るが、彼女は聞く耳を持たない。
ズカズカとベッドに歩み寄ると、ハンスの足を一瞥し、眼鏡(伊達)をクイッと持ち上げた。
「なるほど。粉砕骨折に動脈損傷。全治三ヶ月、後遺症のリスクあり。……通常の治療ならね」
「通常なら、だと?」
「私に任せて。この程度、故障のうちに入らないわ」
ユーミアは懐から、一本の小瓶を取り出した。
中に入っているのは、蛍光グリーンの液体。
しかも、中で何かがポコポコと泡立っている。
「な、なんだそれは……」
「特製ポーション『ヒーリング・アクセラレーター・ターボ』よ!」
名前がすでに怪しい。
「細胞分裂を極限まで加速させて、無理やりくっつけるの。ついでに骨密度も強化されるわ。さあ、飲んで!」
「ま、待て! 人体実験をする気か!」
アレクセイが止めようとするが、ユーミアは素早い手つきでハンスの口をこじ開けた。
「とやかく言ってる時間はないの! 足が無くなるのと、ちょっと変な味がするのと、どっちがいいのよ!」
「んぐっ……!? ごくっ、ごくっ……」
ハンスが無理やり液体を飲み込まされた。
その瞬間。
カッ!!
ハンスの体が、緑色の光に包まれた。
「ぐあああああ! あ、熱い! 足が、足が燃えるうううう!!」
「ハンス!!」
「大丈夫、それは『成長痛』の百倍バージョンよ!」
バキバキバキッ!
不気味な音が響く。
曲がっていた足が、ひとりでに元の位置に戻っていく。
傷口が煙を上げて塞がり、青白かった肌に血色が戻る。
光が収まるのに、十秒もかからなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ハンスが荒い息をつき、ゆっくりと起き上がる。
「……痛み、は?」
「……え?」
ハンスが自分の足を触る。
腫れも引いている。傷跡すら残っていない。
「な、治ってる……? 全然痛くない……」
「馬鹿な……あれほどの重傷が、一瞬で?」
衛生兵が腰を抜かした。
奇跡だ。
高位の神官でも、ここまで綺麗に治すには数日かかる。
それを、あんな怪しい色の液体一つで。
「す、すごい……! ありがとうございます、ユーミア様!」
ハンスが感動のあまり叫んだ。
「おかげで助かりました! 一生ついていきます!」
しかし。
その場にいた全員が、凍りついた。
「……ん?」
ハンスも自分の口元を押さえた。
「あれ? なんか……声が……?」
彼の口から出ていたのは、いつもの野太い声ではなかった。
『グワッ! グワグワッ!』
まるで、アヒルが溺れているような、甲高く潰れた奇声。
「な、なんですかこの声!? 僕の声が変です!」
『グワワ! グワッ、グワワワワ!?』
必死に訴えているようだが、アヒルの鳴き声にしか聞こえない。
全員の視線が、ユーミアに突き刺さる。
ユーミアは「あちゃー」という顔で舌を出した。
「あー、やっぱり出ちゃったかー。副作用」
「副作用だと……?」
アレクセイが低い声で唸る。
「急激な細胞分裂の影響で、声帯が一時的に『水鳥モード』になっちゃうのよね。成分にアヒル草のエキスを使ったせいかしら」
「成分のせいだろうが!!」
アレクセイがツッコミを入れる。
「と、と、鳥!? 僕、一生このままなんですか!?」
『クワッ、クワワッ!? クワワワーン!?』
ハンスが涙目で叫ぶ(鳴く)。
「大丈夫よ、半日もすれば戻るわ。たぶん。……あ、興奮すると卵を産みたくなっちゃうかもしれないから気をつけてね」
「なんという薬を作るんだお前は!」
アレクセイは頭を抱えた。
足は治った。命も助かった。
それは素晴らしいことだ。
だが、威厳ある騎士がアヒル声で『クワックワッ』と泣き喚く姿は、あまりにもシュールすぎた。
「……ユーミア」
「はい」
「普通の回復薬はないのか。普通の」
アレクセイは真顔で尋ねた。
ユーミアはキョトンとして首を傾げる。
「普通? なんでですか?」
「なんでとはなんだ」
「だって、ただ治すだけなんてつまらないじゃないですか。どうせなら、治るついでに『夜目が利くようになる』とか『肌がツルツルになる』とか、付加価値(オプション)をつけたくなるのが技術者の性(さが)でしょう?」
「そのオプションが『アヒル化』なのが問題だと言っている!」
「えー、可愛いのに」
ユーミアは不満げに頬を膨らませた。
こいつは駄目だ。
根本的に、「治療」という概念がズレている。
「とにかく! 今後、緊急時以外は使用を禁止する! いいな!」
「ちぇっ。せっかく『塗ると全身が金色に輝く軟膏』も作ったのに」
「絶対に使うな!!」
***
その日の夜。
無事に(?)退院したハンスの快気祝いが開かれた。
彼はまだアヒル声だったが、仲間たちからは「おいアヒル!」「一曲歌えよ!」と爆笑されながらも愛されていた。
アレクセイは、食堂の隅でその様子を眺めながら、グラスを傾けた。
「……まあ、結果オーライか」
足一本を失う悲劇に比べれば、アヒル声など喜劇だ。
彼女が来てから、この殺伐とした辺境に「笑い」が増えたのは間違いない。
「お隣、いいですか?」
ふわりと甘い香り……ではなく、薬品の焦げた匂いがした。
ユーミアが、ジョッキ片手に隣に座る。
「……どうぞ」
「ハンスさん、元気になってよかったですね。あのアヒル声、結構人気みたいですよ」
「お前の倫理観はどうなっているんだ」
「合理的かつ前衛的です」
彼女は悪びれもせず、ビールを煽った。
その横顔は、王都にいた頃の無表情な仮面とは違い、生き生きと輝いている。
「……助かった」
アレクセイは、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「え?」
「ハンスのことだ。お前がいなければ、あいつは騎士を辞めていただろう。……礼を言う」
素直に感謝を伝えると、ユーミアは目を丸くした。
そして、照れくさそうに鼻の下を擦る。
「……ふん、当然です。私は私の作った薬のデータを取っただけですから」
「素直じゃないな」
「アレクセイ様こそ」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
その時だった。
「団長ー! 大変っす!」
またしても部下が走り込んでくる。
今度はなんだ。
「砦の門に、商人の馬車が! 『光る石』の噂を聞きつけて、王都からすっ飛んできたそうです!」
「……あ」
ユーミアが動きを止めた。
「光る石って……この前、失敗してゴミ捨て場に捨てたアレ?」
「お前、ゴミ捨て場に何を捨てたんだ」
「えっと、半永久的に発光し続ける核(コア)の失敗作……?」
「それをゴミと呼ぶな!!」
アレクセイの胃痛の日々は、まだまだ終わらない。
アレクセイは、執務室の机に突っ伏して呻いた。
騎士団長室の窓からは、今日も今日とて元気な爆発音が聞こえてくる。
ドォォォォン!!
「……またか」
もはや時計代わりになりつつあるその音に、彼は重い体を起こした。
ユーミアが辺境に来てから一週間。
この「最果ての砦」は、劇的な変化を遂げていた。
まず、食事が美味くなった。
ユーミアが開発した『瞬間燻製機(見た目は棺桶)』のおかげで、保存食の干し肉が極上のベーコンに変わったからだ。
次に、風呂が快適になった。
『温泉成分入浴剤・硫黄の香り(爆発性あり)』のおかげで、冷え切った兵士たちの体が芯から温まるようになった。
そして何より――騎士たちの士気が上がった。
「ユーミア様! 例の『自動靴磨き機』、最高っす!」
「俺の剣の錆取りもお願いします!」
「姉御! 今日のおやつはなんですか!」
窓の外を見れば、休憩中の部下たちがユーミアの元へ群がっている。
彼女は作業着(オイルまみれのドレス)姿で、レンチを片手に何やら熱弁を振るっていた。
「いい? 剣の重心をあと二ミリ手元に寄せれば、振る速度が〇・一秒上がるわ。その代わり、刀身が七色に光るようになるけど我慢してね!」
「うおー! かっけぇ! ゲーミングソードだ!」
「……馴染んでいるな」
アレクセイは苦笑した。
王都では「悪役令嬢」と忌み嫌われていた彼女が、ここでは「頼れる姉御」扱いだ。
彼女の才能は本物だ。
ただ、その方向性が著しく斜め上なだけで。
「失礼します! 団長!」
バン! と扉が開いた。
飛び込んできたのは、副団長の男だ。血相を変えている。
「どうした、敵襲か?」
「いえ、訓練中の事故です! 新人のハンスが、崖から転落して……!」
「なに!?」
アレクセイは椅子を蹴って立ち上がった。
この辺境の地形は険しい。訓練中の怪我は日常茶飯事だが、報告に来るほどとなればただ事ではない。
「足の骨が折れているようです。出血も酷い。今、医務室へ運びましたが、衛生兵の手が足りなくて……!」
「わかった、すぐに行く!」
アレクセイは部屋を飛び出した。
廊下を走りながら、窓の外のユーミアを見る。
彼女も騒ぎに気づいたのか、工具を放り出してこちらへ走ってきていた。
***
医務室は、鉄錆と血の匂いが充満していた。
「うぐっ……ああっ……!」
ベッドの上で、若い騎士ハンスが脂汗を流して唸っている。
右足が不自然な方向に曲がり、包帯からは鮮血が滲んでいた。
「しっかりしろハンス! 今、痛み止めを……」
衛生兵が必死に処置をしているが、顔色は悪い。
「団長……! まずいです、骨が砕けて血管を傷つけている。このままでは壊死してしまうかも……」
「なんとかならないのか! 治癒魔法使いは!?」
「魔力切れです! 昨日の魔獣討伐で使い果たして……」
最悪のタイミングだ。
王都ならば高位の神官を呼べるが、ここは辺境。物資も人材も限られている。
ハンスはまだ若い。ここで足を失えば、騎士生命は絶たれる。
「くそっ……!」
アレクセイが拳を握りしめた、その時だった。
「どいてどいてー! 患者はどこ!?」
バァン!!
医務室の扉が勢いよく開け放たれた。
そこに立っていたのは、ボサボサ髪にオイルの染みついた白衣(誰から奪ったのか)を羽織ったユーミアだった。
「ユーミア!? ここは実験室じゃないんだ、邪魔をするな!」
アレクセイが怒鳴るが、彼女は聞く耳を持たない。
ズカズカとベッドに歩み寄ると、ハンスの足を一瞥し、眼鏡(伊達)をクイッと持ち上げた。
「なるほど。粉砕骨折に動脈損傷。全治三ヶ月、後遺症のリスクあり。……通常の治療ならね」
「通常なら、だと?」
「私に任せて。この程度、故障のうちに入らないわ」
ユーミアは懐から、一本の小瓶を取り出した。
中に入っているのは、蛍光グリーンの液体。
しかも、中で何かがポコポコと泡立っている。
「な、なんだそれは……」
「特製ポーション『ヒーリング・アクセラレーター・ターボ』よ!」
名前がすでに怪しい。
「細胞分裂を極限まで加速させて、無理やりくっつけるの。ついでに骨密度も強化されるわ。さあ、飲んで!」
「ま、待て! 人体実験をする気か!」
アレクセイが止めようとするが、ユーミアは素早い手つきでハンスの口をこじ開けた。
「とやかく言ってる時間はないの! 足が無くなるのと、ちょっと変な味がするのと、どっちがいいのよ!」
「んぐっ……!? ごくっ、ごくっ……」
ハンスが無理やり液体を飲み込まされた。
その瞬間。
カッ!!
ハンスの体が、緑色の光に包まれた。
「ぐあああああ! あ、熱い! 足が、足が燃えるうううう!!」
「ハンス!!」
「大丈夫、それは『成長痛』の百倍バージョンよ!」
バキバキバキッ!
不気味な音が響く。
曲がっていた足が、ひとりでに元の位置に戻っていく。
傷口が煙を上げて塞がり、青白かった肌に血色が戻る。
光が収まるのに、十秒もかからなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ハンスが荒い息をつき、ゆっくりと起き上がる。
「……痛み、は?」
「……え?」
ハンスが自分の足を触る。
腫れも引いている。傷跡すら残っていない。
「な、治ってる……? 全然痛くない……」
「馬鹿な……あれほどの重傷が、一瞬で?」
衛生兵が腰を抜かした。
奇跡だ。
高位の神官でも、ここまで綺麗に治すには数日かかる。
それを、あんな怪しい色の液体一つで。
「す、すごい……! ありがとうございます、ユーミア様!」
ハンスが感動のあまり叫んだ。
「おかげで助かりました! 一生ついていきます!」
しかし。
その場にいた全員が、凍りついた。
「……ん?」
ハンスも自分の口元を押さえた。
「あれ? なんか……声が……?」
彼の口から出ていたのは、いつもの野太い声ではなかった。
『グワッ! グワグワッ!』
まるで、アヒルが溺れているような、甲高く潰れた奇声。
「な、なんですかこの声!? 僕の声が変です!」
『グワワ! グワッ、グワワワワ!?』
必死に訴えているようだが、アヒルの鳴き声にしか聞こえない。
全員の視線が、ユーミアに突き刺さる。
ユーミアは「あちゃー」という顔で舌を出した。
「あー、やっぱり出ちゃったかー。副作用」
「副作用だと……?」
アレクセイが低い声で唸る。
「急激な細胞分裂の影響で、声帯が一時的に『水鳥モード』になっちゃうのよね。成分にアヒル草のエキスを使ったせいかしら」
「成分のせいだろうが!!」
アレクセイがツッコミを入れる。
「と、と、鳥!? 僕、一生このままなんですか!?」
『クワッ、クワワッ!? クワワワーン!?』
ハンスが涙目で叫ぶ(鳴く)。
「大丈夫よ、半日もすれば戻るわ。たぶん。……あ、興奮すると卵を産みたくなっちゃうかもしれないから気をつけてね」
「なんという薬を作るんだお前は!」
アレクセイは頭を抱えた。
足は治った。命も助かった。
それは素晴らしいことだ。
だが、威厳ある騎士がアヒル声で『クワックワッ』と泣き喚く姿は、あまりにもシュールすぎた。
「……ユーミア」
「はい」
「普通の回復薬はないのか。普通の」
アレクセイは真顔で尋ねた。
ユーミアはキョトンとして首を傾げる。
「普通? なんでですか?」
「なんでとはなんだ」
「だって、ただ治すだけなんてつまらないじゃないですか。どうせなら、治るついでに『夜目が利くようになる』とか『肌がツルツルになる』とか、付加価値(オプション)をつけたくなるのが技術者の性(さが)でしょう?」
「そのオプションが『アヒル化』なのが問題だと言っている!」
「えー、可愛いのに」
ユーミアは不満げに頬を膨らませた。
こいつは駄目だ。
根本的に、「治療」という概念がズレている。
「とにかく! 今後、緊急時以外は使用を禁止する! いいな!」
「ちぇっ。せっかく『塗ると全身が金色に輝く軟膏』も作ったのに」
「絶対に使うな!!」
***
その日の夜。
無事に(?)退院したハンスの快気祝いが開かれた。
彼はまだアヒル声だったが、仲間たちからは「おいアヒル!」「一曲歌えよ!」と爆笑されながらも愛されていた。
アレクセイは、食堂の隅でその様子を眺めながら、グラスを傾けた。
「……まあ、結果オーライか」
足一本を失う悲劇に比べれば、アヒル声など喜劇だ。
彼女が来てから、この殺伐とした辺境に「笑い」が増えたのは間違いない。
「お隣、いいですか?」
ふわりと甘い香り……ではなく、薬品の焦げた匂いがした。
ユーミアが、ジョッキ片手に隣に座る。
「……どうぞ」
「ハンスさん、元気になってよかったですね。あのアヒル声、結構人気みたいですよ」
「お前の倫理観はどうなっているんだ」
「合理的かつ前衛的です」
彼女は悪びれもせず、ビールを煽った。
その横顔は、王都にいた頃の無表情な仮面とは違い、生き生きと輝いている。
「……助かった」
アレクセイは、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
「え?」
「ハンスのことだ。お前がいなければ、あいつは騎士を辞めていただろう。……礼を言う」
素直に感謝を伝えると、ユーミアは目を丸くした。
そして、照れくさそうに鼻の下を擦る。
「……ふん、当然です。私は私の作った薬のデータを取っただけですから」
「素直じゃないな」
「アレクセイ様こそ」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
その時だった。
「団長ー! 大変っす!」
またしても部下が走り込んでくる。
今度はなんだ。
「砦の門に、商人の馬車が! 『光る石』の噂を聞きつけて、王都からすっ飛んできたそうです!」
「……あ」
ユーミアが動きを止めた。
「光る石って……この前、失敗してゴミ捨て場に捨てたアレ?」
「お前、ゴミ捨て場に何を捨てたんだ」
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