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「エリチカ・フォン・アステリア! 貴様のような卑劣な女との婚約は、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」
王立学院の卒業パーティー。豪華なシャンデリアが輝き、高価なワインの香りが漂う大ホールの中心で、私の婚約者であるセドリック皇太子が朗々と声を張り上げた。
その隣には、彼が「真実の愛」と呼んで憚らない男爵令嬢のリリアーヌが、守られ欲をそそるような仕草で震えながら寄り添っている。
周囲の貴族たちは、待ってましたと言わんばかりの好奇の視線を私に投げつけていた。
(……きた、きたきたきた、ついにきたわ!)
私は、手に持っていた銀のフォークを握りしめた。
その先には、先ほどからずっと狙っていた「鴨肉のオレンジソース和え」が突き刺さっている。
セドリック殿下が叫んだ衝撃で落としそうになったが、間一髪で死守した。私の反射神経に拍手を送りたい。
「……エリチカ、聞いているのか? あまりのショックに言葉も出ないようだが、これまでの君の悪行を考えれば当然の報いだ」
セドリック殿下が勝ち誇ったような顔で私を見下ろす。
私は震える唇を必死に抑えた。悲しいからではない。笑い出しそうなのを、そして目の前の鴨肉を今すぐ口に放り込みたい衝動を抑えるためだ。
「殿下……本気で、おっしゃっているのですか?」
「ああ、本気だ。僕はリリアーヌと共に歩むことに決めた。君との冷え切った関係は、もう終わりだ」
「左様でございますか……」
私は、ここで一つ大きなため息をついた。周囲からは「あのお高くとまった令嬢が、ついに絶望したわ」というヒソヒソ声が聞こえてくる。
馬鹿ね。このため息は、ようやくこの「地獄の補正下着」から解放される喜びの吐息よ。
見てなさい。私のウエストをあと5センチ細く見せるために、侍女たちが全力で締め上げたこの特注コルセット。
肺が圧迫されて、さっきから酸素濃度が危険域なのよ。おまけに、この「悪役令嬢」のイメージを守るための厳しい食事制限!
朝食はハーブティー一杯、昼食はサラダを三口。夕食にいたっては「優雅な精神は空腹に宿る」とかいう王妃様の謎理論で、ほぼ虚無を食べていたようなものだ。
「エリチカ様、申し訳ありません……。私のような者が、殿下の愛を賜ってしまったばかりに……」
リリアーヌが涙を浮かべて謝罪してくる。その演技、100点満点ね。でも、あなたのその「震え」が、実は私の後ろにあるデザートタワーのチョコレートの匂いに当てられているだけだってこと、私は気づいているわよ。
「リリアーヌさん。顔を上げてください。私は、殿下の決断を尊重いたしますわ」
「……えっ?」
セドリック殿下が、拍子抜けしたような声を上げた。
もっと「あの泥棒猫!」とか叫んで、彼女にワインでもぶっかけると思っていたのかしら。無駄よ。そんなことに使うワインがあるなら、私は自分の喉に流し込みたい。
「殿下。婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ! いえ、むしろ爆速で承諾させていただきます!」
「ば、爆速……? 君、何を言っているんだ?」
「お言葉ですが殿下。婚約破棄ということは、私はもう『次期王妃』という名のダイエット地獄から卒業できるということ。つまり、今この瞬間から私は、何をどれだけ食べても自由ということではありませんか!」
私は、高く掲げていたフォークの鴨肉を、パクりと一口で食べた。
オレンジソースの酸味と、鴨の脂の甘みが口いっぱいに広がる。ああ、生きてる。私、今、確かに生きているわ。
「おい、エリチカ! 公衆の面前でなんという卑しい食べ方を……! やはり君は、リリアーヌの爪の垢を煎じて飲むべきだ!」
「爪の垢を煎じる? そんな栄養のないもの、一ミリも興味ありませんわ。それより見てください、あちらのローストビーフを。先ほどからシェフが切り分けているではありませんか。あれはまさに、私を呼ぶ黄金の輝きです!」
「君……正気か? 婚約を破棄されたんだぞ? 公爵家としても、ただでは済まないんだぞ?」
セドリック殿下の顔が引きつっている。理想の「絶望する悪役令嬢」が見られなくて、相当フラストレーションが溜まっているようだ。
「いいじゃありませんか。お父様も、私が王妃教育のストレスで毎日自室の柱を齧っているのを知っていますから、きっと泣いて喜んでくれますわ」
「柱を齧る……? アステリア家の令嬢が……?」
「ええ。おかげで我が家の応接間の柱は、今や美しい彫刻のようになっていますわ。私の前歯の跡で」
私はフフンと鼻を鳴らした。
実際、空腹に耐えかねて木製の調度品を甘噛みしていた時期がある。空腹は、淑女を野獣に変えるのよ。
「とにかく、婚約は破棄! 異議なし! 慰謝料は後で実家の方へ請求書を送らせていただきますわ。ああ、あと、そこに並んでいるお夜食用のサンドイッチ、全部包んでいただいてもよろしいかしら?」
「帰れ! 今すぐ帰れ! 衛兵、この女を屋敷まで叩き出せ!」
セドリック殿下の怒号が響く。
願ったり叶ったりだ。衛兵に抱えられて帰れば、自分の足で歩くエネルギーすら節約できる。
「それでは皆様、ごきげんよう! 私はこれから、実家の厨房を占拠して『真夜中の揚げ物パーティー』を開催いたしますので、これにて失礼いたしますわ!」
私は、唖然とする列席者たちに最高に優雅なカーテシーを披露した。
その瞬間。
——ブチブチブチィッ!
会場に、不穏な音が響き渡った。
「……あら?」
「……エリチカ、今の音は?」
「いいえ、殿下。これは私の決意が固まった音にございま——いえ、嘘です。コルセットの紐が、私の食欲に耐えかねて弾け飛んだ音ですわ」
解放感。
圧倒的な解放感が、私の腹部を包み込んだ。
「はぁぁぁぁ……空気が、空気が美味しいですわぁ……!」
「衛兵! 早く、早くこの女を連れて行け! 見ていられん!」
こうして、私の「悪役令嬢」としての生活は、華々しい音と共に幕を閉じた。
目指すは公爵家の厨房。
待ってなさい、白米。待ってなさい、バターたっぷりのトースト。
私は、自由と炭水化物のために、この追放生活を全力で謳歌してやるわ!
王立学院の卒業パーティー。豪華なシャンデリアが輝き、高価なワインの香りが漂う大ホールの中心で、私の婚約者であるセドリック皇太子が朗々と声を張り上げた。
その隣には、彼が「真実の愛」と呼んで憚らない男爵令嬢のリリアーヌが、守られ欲をそそるような仕草で震えながら寄り添っている。
周囲の貴族たちは、待ってましたと言わんばかりの好奇の視線を私に投げつけていた。
(……きた、きたきたきた、ついにきたわ!)
私は、手に持っていた銀のフォークを握りしめた。
その先には、先ほどからずっと狙っていた「鴨肉のオレンジソース和え」が突き刺さっている。
セドリック殿下が叫んだ衝撃で落としそうになったが、間一髪で死守した。私の反射神経に拍手を送りたい。
「……エリチカ、聞いているのか? あまりのショックに言葉も出ないようだが、これまでの君の悪行を考えれば当然の報いだ」
セドリック殿下が勝ち誇ったような顔で私を見下ろす。
私は震える唇を必死に抑えた。悲しいからではない。笑い出しそうなのを、そして目の前の鴨肉を今すぐ口に放り込みたい衝動を抑えるためだ。
「殿下……本気で、おっしゃっているのですか?」
「ああ、本気だ。僕はリリアーヌと共に歩むことに決めた。君との冷え切った関係は、もう終わりだ」
「左様でございますか……」
私は、ここで一つ大きなため息をついた。周囲からは「あのお高くとまった令嬢が、ついに絶望したわ」というヒソヒソ声が聞こえてくる。
馬鹿ね。このため息は、ようやくこの「地獄の補正下着」から解放される喜びの吐息よ。
見てなさい。私のウエストをあと5センチ細く見せるために、侍女たちが全力で締め上げたこの特注コルセット。
肺が圧迫されて、さっきから酸素濃度が危険域なのよ。おまけに、この「悪役令嬢」のイメージを守るための厳しい食事制限!
朝食はハーブティー一杯、昼食はサラダを三口。夕食にいたっては「優雅な精神は空腹に宿る」とかいう王妃様の謎理論で、ほぼ虚無を食べていたようなものだ。
「エリチカ様、申し訳ありません……。私のような者が、殿下の愛を賜ってしまったばかりに……」
リリアーヌが涙を浮かべて謝罪してくる。その演技、100点満点ね。でも、あなたのその「震え」が、実は私の後ろにあるデザートタワーのチョコレートの匂いに当てられているだけだってこと、私は気づいているわよ。
「リリアーヌさん。顔を上げてください。私は、殿下の決断を尊重いたしますわ」
「……えっ?」
セドリック殿下が、拍子抜けしたような声を上げた。
もっと「あの泥棒猫!」とか叫んで、彼女にワインでもぶっかけると思っていたのかしら。無駄よ。そんなことに使うワインがあるなら、私は自分の喉に流し込みたい。
「殿下。婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ! いえ、むしろ爆速で承諾させていただきます!」
「ば、爆速……? 君、何を言っているんだ?」
「お言葉ですが殿下。婚約破棄ということは、私はもう『次期王妃』という名のダイエット地獄から卒業できるということ。つまり、今この瞬間から私は、何をどれだけ食べても自由ということではありませんか!」
私は、高く掲げていたフォークの鴨肉を、パクりと一口で食べた。
オレンジソースの酸味と、鴨の脂の甘みが口いっぱいに広がる。ああ、生きてる。私、今、確かに生きているわ。
「おい、エリチカ! 公衆の面前でなんという卑しい食べ方を……! やはり君は、リリアーヌの爪の垢を煎じて飲むべきだ!」
「爪の垢を煎じる? そんな栄養のないもの、一ミリも興味ありませんわ。それより見てください、あちらのローストビーフを。先ほどからシェフが切り分けているではありませんか。あれはまさに、私を呼ぶ黄金の輝きです!」
「君……正気か? 婚約を破棄されたんだぞ? 公爵家としても、ただでは済まないんだぞ?」
セドリック殿下の顔が引きつっている。理想の「絶望する悪役令嬢」が見られなくて、相当フラストレーションが溜まっているようだ。
「いいじゃありませんか。お父様も、私が王妃教育のストレスで毎日自室の柱を齧っているのを知っていますから、きっと泣いて喜んでくれますわ」
「柱を齧る……? アステリア家の令嬢が……?」
「ええ。おかげで我が家の応接間の柱は、今や美しい彫刻のようになっていますわ。私の前歯の跡で」
私はフフンと鼻を鳴らした。
実際、空腹に耐えかねて木製の調度品を甘噛みしていた時期がある。空腹は、淑女を野獣に変えるのよ。
「とにかく、婚約は破棄! 異議なし! 慰謝料は後で実家の方へ請求書を送らせていただきますわ。ああ、あと、そこに並んでいるお夜食用のサンドイッチ、全部包んでいただいてもよろしいかしら?」
「帰れ! 今すぐ帰れ! 衛兵、この女を屋敷まで叩き出せ!」
セドリック殿下の怒号が響く。
願ったり叶ったりだ。衛兵に抱えられて帰れば、自分の足で歩くエネルギーすら節約できる。
「それでは皆様、ごきげんよう! 私はこれから、実家の厨房を占拠して『真夜中の揚げ物パーティー』を開催いたしますので、これにて失礼いたしますわ!」
私は、唖然とする列席者たちに最高に優雅なカーテシーを披露した。
その瞬間。
——ブチブチブチィッ!
会場に、不穏な音が響き渡った。
「……あら?」
「……エリチカ、今の音は?」
「いいえ、殿下。これは私の決意が固まった音にございま——いえ、嘘です。コルセットの紐が、私の食欲に耐えかねて弾け飛んだ音ですわ」
解放感。
圧倒的な解放感が、私の腹部を包み込んだ。
「はぁぁぁぁ……空気が、空気が美味しいですわぁ……!」
「衛兵! 早く、早くこの女を連れて行け! 見ていられん!」
こうして、私の「悪役令嬢」としての生活は、華々しい音と共に幕を閉じた。
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