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「……ふぅ。今日も完売ね。アンナ、生きてる?」
屋台の片付けを終え、家に戻った私は、椅子に座ったまま気絶するように眠っているアンナの頬を軽くつついた。
「……むにゃ。もう、マヨネーズは……一滴も出ませんわ……」
寝言までマヨネーズ。彼女も立派な「こちらの世界」の住人になったようね。
私はアンナに毛布をかけ、一人キッチンの火をつけた。
屋台で全ての食材を売り切ってしまったため、手元にあるのは本当に少しの残り物だけ。
冷やご飯の塊と、少し傷みかけたネギ、そして鍋の底に残ったわずかな豚の背脂。
「さて。これだけで何を作るか……。料理人の腕の見せ所ね」
私が残り物と格闘しようと腕まくりをした時、コツコツと窓を叩く音がした。
「……まだ起きているか」
窓の外に立っていたのは、サイラス様だった。
彼は今夜、屋台に押し寄せた客の整理を(無言の圧力で)手伝ってくれたのだ。おかげで暴動も起きず、平和な販売ができた。
「ええ。ちょうど今から、店主のための『真の夜食』を作るところですわ。サイラス様もいかが?」
「……断る理由はない。実は、まだ腹が減っている」
あれだけ串揚げを食べたのに、まだ入るというの? この男、素晴らしい逸材だわ。
私はサイラス様を家の中に招き入れた。(アンナが寝ているから、静かにね)
「座っていてくださいな。今夜は『虚無からの錬金術』をお見せしますわ」
私は熱したフライパンに背脂を溶かし、そこに冷やご飯を投入した。
ネギを刻んで加え、塩胡椒で味を整える。ここまでは普通のチャーハンだ。
だが、アステリア流はここからが違う。
私は棚の奥から、小さな壺を取り出した。
「……なんだ、それは」
サイラス様が、怪訝そうに壺を見つめる。
「ふふ。これはね、私が王宮の厨房からこっそり持ち出した、味噌と、蜂蜜と、大量のニンニクを煮詰めた『魔女の秘伝ダレ』よ」
私はその黒っぽいタレを、鍋肌から回し入れた。
——ジュワァァァァッ!!
香ばしい、鼻の奥を直接殴打するような強烈な味噌と焦げの香りが立ち上る。
「……っ! これは……凶悪な匂いだ」
「仕上げは、これよ」
私は出来上がったチャーハンを皿に盛り、その頂上に、最後の力を振り絞って絞り出したマヨネーズをかけた。
「完成よ。『背徳の味噌マヨ・ネギチャーハン』。さあ、召し上がれ」
サイラス様は、目の前に置かれた茶色と白のコントラストを、まるで神聖な儀式のように見つめた。
そして、スプーンで山を崩し、口に運ぶ。
咀嚼(そしゃく)。
彼の眉間のシワが、ゆっくりと解けていく。強面だった表情が、とろけるように緩んでいく。
「…………エリチカ」
「はい?」
「貴様は……魔女か何かなのか?」
「あら、失礼ね。私はただの、食いしん坊な元公爵令嬢ですわ」
サイラス様は、夢中でスプーンを動かしながら、ポツリと言った。
「俺は……騎士団の仕事で、毎日神経をすり減らしている。部下の不始末、貴族からの理不尽な要求、王宮のくだらない派閥争い……」
(……騎士団? あら、ただの自警団じゃなかったのね。まあ、どうでもいいけれど)
「だが、この一口を食べた瞬間……全てのストレスが、脂と一緒に溶けていくようだ。特に、このタレ……このマヨネーズとの組み合わせは、魔力的だ」
サイラス様が、うっとりとした目でチャーハンの上のマヨネーズを見つめている。
その熱っぽい視線。頬を染めたような表情。
……ちょっと待って。
「ねえ、サイラス様。今、私の顔と、マヨネーズ、どちらを見ておいででして?」
「……ん? マヨネーズだが」
即答。一ミリの迷いもない即答だった。
「……そう。そうですわよね」
私は自分の作った料理に、少しだけ嫉妬した。
この男、私自身よりも、私が作り出す「カロリーの塊」の方に、明らかに強い愛情を感じているわ。
(……これが、「恋のライバル」というやつかしら?)
まさか、人生初の恋のライバルが、卵黄と油を乳化させた調味料だなんて。
「……おかわりはあるか?」
「ありません! もう、自分で作ってくださいな!」
私はプイと横を向いた。
けれど、空になった皿を満足げに見つめるサイラス様の横顔を見て、少しだけ「まあ、いいか」と思ってしまう自分がいた。
だって、こんなに美味しそうに食べてくれるんだもの。
「……次は、もっとすごいタレを開発して、あなたをひれ伏させてみせますわ」
私の小さな呟きは、サイラス様の「ごちそうさん」という満足げな声にかき消された。
屋台の片付けを終え、家に戻った私は、椅子に座ったまま気絶するように眠っているアンナの頬を軽くつついた。
「……むにゃ。もう、マヨネーズは……一滴も出ませんわ……」
寝言までマヨネーズ。彼女も立派な「こちらの世界」の住人になったようね。
私はアンナに毛布をかけ、一人キッチンの火をつけた。
屋台で全ての食材を売り切ってしまったため、手元にあるのは本当に少しの残り物だけ。
冷やご飯の塊と、少し傷みかけたネギ、そして鍋の底に残ったわずかな豚の背脂。
「さて。これだけで何を作るか……。料理人の腕の見せ所ね」
私が残り物と格闘しようと腕まくりをした時、コツコツと窓を叩く音がした。
「……まだ起きているか」
窓の外に立っていたのは、サイラス様だった。
彼は今夜、屋台に押し寄せた客の整理を(無言の圧力で)手伝ってくれたのだ。おかげで暴動も起きず、平和な販売ができた。
「ええ。ちょうど今から、店主のための『真の夜食』を作るところですわ。サイラス様もいかが?」
「……断る理由はない。実は、まだ腹が減っている」
あれだけ串揚げを食べたのに、まだ入るというの? この男、素晴らしい逸材だわ。
私はサイラス様を家の中に招き入れた。(アンナが寝ているから、静かにね)
「座っていてくださいな。今夜は『虚無からの錬金術』をお見せしますわ」
私は熱したフライパンに背脂を溶かし、そこに冷やご飯を投入した。
ネギを刻んで加え、塩胡椒で味を整える。ここまでは普通のチャーハンだ。
だが、アステリア流はここからが違う。
私は棚の奥から、小さな壺を取り出した。
「……なんだ、それは」
サイラス様が、怪訝そうに壺を見つめる。
「ふふ。これはね、私が王宮の厨房からこっそり持ち出した、味噌と、蜂蜜と、大量のニンニクを煮詰めた『魔女の秘伝ダレ』よ」
私はその黒っぽいタレを、鍋肌から回し入れた。
——ジュワァァァァッ!!
香ばしい、鼻の奥を直接殴打するような強烈な味噌と焦げの香りが立ち上る。
「……っ! これは……凶悪な匂いだ」
「仕上げは、これよ」
私は出来上がったチャーハンを皿に盛り、その頂上に、最後の力を振り絞って絞り出したマヨネーズをかけた。
「完成よ。『背徳の味噌マヨ・ネギチャーハン』。さあ、召し上がれ」
サイラス様は、目の前に置かれた茶色と白のコントラストを、まるで神聖な儀式のように見つめた。
そして、スプーンで山を崩し、口に運ぶ。
咀嚼(そしゃく)。
彼の眉間のシワが、ゆっくりと解けていく。強面だった表情が、とろけるように緩んでいく。
「…………エリチカ」
「はい?」
「貴様は……魔女か何かなのか?」
「あら、失礼ね。私はただの、食いしん坊な元公爵令嬢ですわ」
サイラス様は、夢中でスプーンを動かしながら、ポツリと言った。
「俺は……騎士団の仕事で、毎日神経をすり減らしている。部下の不始末、貴族からの理不尽な要求、王宮のくだらない派閥争い……」
(……騎士団? あら、ただの自警団じゃなかったのね。まあ、どうでもいいけれど)
「だが、この一口を食べた瞬間……全てのストレスが、脂と一緒に溶けていくようだ。特に、このタレ……このマヨネーズとの組み合わせは、魔力的だ」
サイラス様が、うっとりとした目でチャーハンの上のマヨネーズを見つめている。
その熱っぽい視線。頬を染めたような表情。
……ちょっと待って。
「ねえ、サイラス様。今、私の顔と、マヨネーズ、どちらを見ておいででして?」
「……ん? マヨネーズだが」
即答。一ミリの迷いもない即答だった。
「……そう。そうですわよね」
私は自分の作った料理に、少しだけ嫉妬した。
この男、私自身よりも、私が作り出す「カロリーの塊」の方に、明らかに強い愛情を感じているわ。
(……これが、「恋のライバル」というやつかしら?)
まさか、人生初の恋のライバルが、卵黄と油を乳化させた調味料だなんて。
「……おかわりはあるか?」
「ありません! もう、自分で作ってくださいな!」
私はプイと横を向いた。
けれど、空になった皿を満足げに見つめるサイラス様の横顔を見て、少しだけ「まあ、いいか」と思ってしまう自分がいた。
だって、こんなに美味しそうに食べてくれるんだもの。
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