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ノースガルドの朝は、清々しいほどに白く、そして香ばしい。
かつて王都で食べていた、あの冷えたサラダと薄いコンソメスープの朝食を、私はもう二度と思い出すことはないだろう。
「……お嬢様。いいえ、奥様。いい加減にその巨大なフライパンを置いてくださいまし。もうお皿が、脂の重みで割れそうですわ!」
アンナの呆れたような、けれどどこか嬉しそうな声が、明るい陽光が差し込むキッチンに響く。
「何を言っているの、アンナ。今日からこの領地には、王都からの『美食ツアー第一弾』のお客様が到着するのよ。まずは私たちが、最高のエナジーを見せつけてあげなければ!」
私は鼻歌まじりに、最後の一仕上げとして、たっぷりのエシレバターをトーストの上に乗せた。
じゅわ、と溶け出す黄金の海。その上には、サイラス様が自ら燻製にした、厚さ二センチはある特製の「ノースガルド・ベーコン」が鎮座している。
「お待たせいたしましたわ、サイラス様。本日のメインディッシュ、ノースガルド風『絶頂の目玉焼きトースト』ですわ!」
「……待っていた。この匂いを嗅がないと、俺の一日は始まらない」
席に着いたサイラス様は、騎士団長時代よりもずっと穏やかで、そして少しだけ体格が……立派になった姿をしていた。
彼は迷わず、ナイフも使わずにそのトーストを両手で掴み、豪快にかぶりついた。
——ザクッ、ジュワァァァッ。
「…………っ!!」
サイラス様は、幸福そうに目を閉じて、その濃厚な脂のハーモニーを噛み締めた。
「……旨い。エリチカ、今日も完璧だ。特にこの、ベーコンの脂を吸ったパンの焼き加減が……たまらん」
「ふふ。でしょう? それが私の、あなたへの『愛』の量ですもの」
私が隣に座ると、サイラス様はマヨネーズが付いた私の頬を、愛おしそうに指で拭った。
「……エリチカ。最近、王都から手紙が届いたぞ。セドリック殿下とリリアーヌが、二人で『下町串揚げ・普及委員会』を立ち上げたらしい」
「あら、まあ。あの二人、すっかり脂の魅力に取り憑かれてしまったのね。パセリを愛でていた頃が嘘のようだわ」
「殿下は『エリチカの味には及ばないが、いつか彼女を唸らせる揚げ物を作ってみせる』と息巻いていたぞ。お父上の公爵も、今やノースガルド産アイスサーモンの筆頭卸売業者として大成功しているようだ」
私は、窓の外に広がる領地を見渡した。
かつての不毛の地は、今や世界中の美食家たちが「死ぬ前に一度は訪れたい」と願う、背徳のグルメの聖地へと変貌を遂げていた。
領民たちの頬はふっくらと輝き、冬の寒さに怯える者など一人もいない。
「……サイラス様。私、あの日、婚約破棄されて本当に良かったですわ」
「……ああ。俺も、あの日、隣に引っ越してきた不道徳な匂いのする女を、追い返さなくて良かった」
サイラス様が私の手を握り、力強く引き寄せた。
「エリチカ。これからも、俺の人生を油まみれにしてくれ。俺の胃袋が、朽ち果てるその日まで」
「もちろんですわ、サイラス様! 私のレシピには、終止符(ピリオド)なんてありませんもの。明日は今日よりもっと濃厚な、明後日はもっと暴力的な、最高の一皿を作って差し上げますわ!」
私はサイラス様の肩に頭を預け、大盛りご飯の上に乗せた最後の角煮を口に運んだ。
悪役令嬢。
それは、誰よりも自由で、誰よりも食欲に忠実で、そして誰よりも「愛する人とお腹いっぱい食べる幸せ」を知っている女性のこと。
私は、唇をテカテカに輝かせながら、最高の笑顔で宣言した。
「お作法よりも、お夜食! エレガンスよりも、エナジー! 私はこれからも、世界一幸せな『食いしん坊令嬢』として生きていきますわ!」
北の果ての空に、幸せな笑い声と、香ばしい調理の音が、いつまでも響き渡っていた。
かつて王都で食べていた、あの冷えたサラダと薄いコンソメスープの朝食を、私はもう二度と思い出すことはないだろう。
「……お嬢様。いいえ、奥様。いい加減にその巨大なフライパンを置いてくださいまし。もうお皿が、脂の重みで割れそうですわ!」
アンナの呆れたような、けれどどこか嬉しそうな声が、明るい陽光が差し込むキッチンに響く。
「何を言っているの、アンナ。今日からこの領地には、王都からの『美食ツアー第一弾』のお客様が到着するのよ。まずは私たちが、最高のエナジーを見せつけてあげなければ!」
私は鼻歌まじりに、最後の一仕上げとして、たっぷりのエシレバターをトーストの上に乗せた。
じゅわ、と溶け出す黄金の海。その上には、サイラス様が自ら燻製にした、厚さ二センチはある特製の「ノースガルド・ベーコン」が鎮座している。
「お待たせいたしましたわ、サイラス様。本日のメインディッシュ、ノースガルド風『絶頂の目玉焼きトースト』ですわ!」
「……待っていた。この匂いを嗅がないと、俺の一日は始まらない」
席に着いたサイラス様は、騎士団長時代よりもずっと穏やかで、そして少しだけ体格が……立派になった姿をしていた。
彼は迷わず、ナイフも使わずにそのトーストを両手で掴み、豪快にかぶりついた。
——ザクッ、ジュワァァァッ。
「…………っ!!」
サイラス様は、幸福そうに目を閉じて、その濃厚な脂のハーモニーを噛み締めた。
「……旨い。エリチカ、今日も完璧だ。特にこの、ベーコンの脂を吸ったパンの焼き加減が……たまらん」
「ふふ。でしょう? それが私の、あなたへの『愛』の量ですもの」
私が隣に座ると、サイラス様はマヨネーズが付いた私の頬を、愛おしそうに指で拭った。
「……エリチカ。最近、王都から手紙が届いたぞ。セドリック殿下とリリアーヌが、二人で『下町串揚げ・普及委員会』を立ち上げたらしい」
「あら、まあ。あの二人、すっかり脂の魅力に取り憑かれてしまったのね。パセリを愛でていた頃が嘘のようだわ」
「殿下は『エリチカの味には及ばないが、いつか彼女を唸らせる揚げ物を作ってみせる』と息巻いていたぞ。お父上の公爵も、今やノースガルド産アイスサーモンの筆頭卸売業者として大成功しているようだ」
私は、窓の外に広がる領地を見渡した。
かつての不毛の地は、今や世界中の美食家たちが「死ぬ前に一度は訪れたい」と願う、背徳のグルメの聖地へと変貌を遂げていた。
領民たちの頬はふっくらと輝き、冬の寒さに怯える者など一人もいない。
「……サイラス様。私、あの日、婚約破棄されて本当に良かったですわ」
「……ああ。俺も、あの日、隣に引っ越してきた不道徳な匂いのする女を、追い返さなくて良かった」
サイラス様が私の手を握り、力強く引き寄せた。
「エリチカ。これからも、俺の人生を油まみれにしてくれ。俺の胃袋が、朽ち果てるその日まで」
「もちろんですわ、サイラス様! 私のレシピには、終止符(ピリオド)なんてありませんもの。明日は今日よりもっと濃厚な、明後日はもっと暴力的な、最高の一皿を作って差し上げますわ!」
私はサイラス様の肩に頭を預け、大盛りご飯の上に乗せた最後の角煮を口に運んだ。
悪役令嬢。
それは、誰よりも自由で、誰よりも食欲に忠実で、そして誰よりも「愛する人とお腹いっぱい食べる幸せ」を知っている女性のこと。
私は、唇をテカテカに輝かせながら、最高の笑顔で宣言した。
「お作法よりも、お夜食! エレガンスよりも、エナジー! 私はこれからも、世界一幸せな『食いしん坊令嬢』として生きていきますわ!」
北の果ての空に、幸せな笑い声と、香ばしい調理の音が、いつまでも響き渡っていた。
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