婚約破棄、喜んで!悪役令嬢は、お作法よりも「お夜食」を愛したい

ちゃっぴー

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「さあ、焼くわよ! 火力が足りませんわ、もっと薪を! 脂が滴り落ちて火が上がる瞬間こそ、私たちが生きている証ですわ!」


ノースガルド城の広場は、今や巨大な調理場と化していた。


雪解けの季節を迎えた大地に、もうもうと立ち込めるのは、最高級の肉と魚、そして各種スパイスが混ざり合った「幸福の煙」だ。


「お姉様ー! こちらの『アイスサーモンの皮パリ焼き・マヨネーズディップ』、もうなくなってしまいましたわ! 追加をお願いします!」


真っ先に皿を持って駆け寄ってきたのは、王都から(半ば家出して)やってきたリリアーヌだった。彼女の頬は、王宮にいた頃の青白さが嘘のように、ツヤツヤと健康的な輝きを放っている。


「はいはい、今焼くわよ。リリアーヌさん、あなた本当に王宮の聖女様かしら? 食べっぷりが完全にうちの領民レベルですわよ」


「ふふ。聖女なんて、お腹が空くだけの肩書きですわ。今の私は、お姉様の信徒(胃袋的な意味で)ですもの!」


リリアーヌは、差し出された熱々の切り身をハフハフと頬張り、幸せそうに目を細めた。


そんな彼女の背後で、上品に、けれど手元は忙しなく肉を運んでいるのは、我が父アステリア公爵だ。


「……ふむ。エリチカよ。勘当した時はどうなることかと思ったが……。まさか辺境の地を、これほどまでに香ばしい楽園に変えてしまうとはな。アステリア家の血筋に、これほどまでの『焼きの才能』があったとは誇らしいぞ」


「お父様、褒めるのは後にして、その手に持っている特製ソースを回してくださいな。焦げた醤油と蜂蜜の香りが、肉のポテンシャルをさらに引き出すのですから!」


お父様は「承知した」と、公爵家当主とは思えない手際の良さでソースをハケで塗り始めた。


一方、広場の隅っこでは。


「……くっ。なぜ、僕が、こんなところで……。皿を……皿を洗わなければならないんだ……」


ぶつぶつと不満を漏らしながら、山のような汚れ物と格闘している男がいた。セドリック皇太子殿下である。


「殿下! 手が止まっていますわよ! 次の肉が焼けるまでに、その脂ぎった皿をピカピカにするのが貴方の『贖罪』でしょう?」


「エリチカ……! 君、僕をなんだと思っているんだ! 僕は一国の皇太子だぞ!」


「あら、今はただの『肉を食べる資格を求めて修行中の皿洗い係』ですわ。ほら、そこ、マヨネーズがこびりついていますわよ。しっかり落として!」


「……ううっ。……いい匂いだ。……エリチカ、一枚……一枚だけでいい、その、焦げた端っこの肉を……」


「ダメですわ。全部洗い終わったら、特大の『賄い丼』を作ってあげますから。それまで我慢なさい!」


セドリックは、涙を流しながら再びスポンジを握りしめた。どうやら彼は、王宮のパセリ生活よりも、ここでの「皿洗いの末の肉」を選んだらしい。


「……エリチカ、あまり殿下をいじめてやるな」


苦笑いしながら、サイラス様が私の隣に立った。


彼は、今日のために新調したエプロン(私の手作りだ)を身につけ、手慣れた手つきで巨大な肉の塊を切り分けている。


「サイラス様。いじめてなんていませんわ。これも、美味しく食べるための『スパイス』ですもの」


「……貴様らしい。……さあ、領民たちも待っている。宴を始めよう」


サイラス様が合図を送ると、広場に集まった数百人の領民たちが一斉にジョッキを掲げた。


「「「エリチカ様、サイラス様、おめでとうございます!!」」」


祝福の声が、北の空に響き渡る。


私たちは、自分たちで焼いた最高の肉を、同時に口へと運んだ。


——ザクッ、ジュワァァァッ。


「…………おいしいですわ、サイラス様」


「……ああ。……最高だ、エリチカ」


肉汁が喉を通るたびに、これまでの苦労や、王宮での窮屈な日々が、全て過去のものとなって溶けていく。


悪役令嬢として断罪され、追放されたあの日。


私は、こんなにたくさんの笑顔に囲まれて、大好きな人と肉を焼いている未来なんて想像もしていなかった。


「ねえ、サイラス様。明日の朝食は、何にする?」


「……そうだな。今夜の残りの肉を、マヨネーズと和えて、トーストにたっぷり乗せるのはどうだ?」


「最高ですわ! やっぱり、あなたこそが私の運命の人ですわね!」


煙に巻かれ、脂に塗れ、私たちは笑い合った。


ノースガルドのバーベキューは、夜が更けるまで、香ばしい匂いと共に続いていったのである。
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