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ノースガルドの夜。城の最上階にあるテラスからは、雪に反射した月光が青白く輝く美しい景色が見えていた。
けれど、私たちの主眼は景色などにはない。
テーブルの上でじゅうじゅうと音を立てる、特製のアイスサーモンのハラス焼き。そして、領民たちが「これこそが真の冬の味だ」と絶賛し始めた、濃厚な雪マッシュルームのクリームスープ。
「……ふぅ。美味しいですわ。サイラス様、このスープに少しだけ焦がしバターを落とすのは、正解でしたわね」
「……ああ。貴様の言う通り、脂の層が蓋になって、外気の中でもスープが全く冷めない。恐ろしい知恵だ」
サイラス様は、私の隣でスープを啜りながら、いつになく真剣な表情をしていた。
その目は、皿の上のサーモンを見ているようでいて、時折、私の方へと泳いでくる。
「……エリチカ。貴様がこの領地に来てから、全てが変わった」
「あら、嬉しい。領民たちの顔色も良くなりましたし、何より皆さんの『お腹の出具合』が健康の証ですわ」
「……それだけではない。俺自身もだ。貴様の料理を食うまで、俺は自分の人生がこんなに……何というか、テカテカと輝くものだとは知らなかった」
サイラス様が、スプーンを置いて私に向き直った。
(……あら? この空気、どこかで見覚えがありますわ。角煮の時と同じ……いいえ、それよりもずっと重厚なプレッシャー!)
「エリチカ。俺は騎士だ。気の利いた言葉も、王都の連中のような甘い囁きも、マヨネーズのように滑らかには出てこない」
「サイラス様。大丈夫ですわ、私にはあなたの『喉の鳴る音』で全て伝わっていますもの」
「……いや、今日は言葉にさせてくれ。俺は、貴様の作る料理が好きだ。だが、それ以上に……」
サイラス様は、私の両手をそっと握りしめた。
その手は大きくて、ゴツゴツしていて、でも驚くほど温かい。
「……貴様の、食い終わった後の、その満足げな……脂ぎった笑顔を、一生隣で見ていたいと思ったんだ」
「…………えっ」
「エリチカ・フォン・アステリア。俺の妻になってくれないか。……もちろん、料理を強要するつもりはない。貴様が望むなら、俺が一生、貴様の『下ごしらえ係』として、玉ねぎを刻み、薪を割り、マヨネーズを混ぜ続けよう」
(……サイラス様。それ、騎士団長としてあまりにもったいない人材活用ですわよ!)
私の心臓が、過去最高速度でバクバクと音を立て始めた。
揚げ物の油が跳ねる音よりも、もっと激しく、もっと熱く。
「サイラス様……。私、悪役令嬢ですわよ? 王宮からは追放され、世間からは『食い意地の張った変な女』だと思われていますのよ?」
「……俺にとっては、最高の褒め言葉だ。俺も、世間からは『不愛想な氷の騎士』と呼ばれている。似合いの夫婦だと思わないか?」
サイラス様は、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「……返事は?」
私は、彼の目をまっすぐに見つめた。
「……条件が一つありますわ」
「なんだ。どんな高価な食材でも用意しよう」
「これから先、私たちがどれだけ年老いても……。朝食のベーコンの枚数は、喧嘩をしても減らさないこと! それを誓ってくださるかしら?」
サイラス様は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして今日一番の晴れやかな顔で笑った。
「……ああ、誓おう。むしろ、毎年一枚ずつ増やしていく勢いでな」
「……ふふ。なら、お受けいたしますわ! サイラス様、私をあなたの『生涯の晩餐相手』に指名してくださって、ありがとうございます!」
私は、サイラス様の胸に飛び込んだ。
鎧越しでも伝わってくる、彼の力強い鼓動。
「……エリチカ。愛している。……貴様のその、胃袋の底までな」
「私もですわ、サイラス様。あなたの、その……食べっぷりの良さの底まで!」
雪の降る辺境の城で、私たちは静かに口づけを交わした。
唇から伝わるのは、少しの塩気と、バターの香りと、そして……これから始まる「美味しい人生」への確信。
私たちの恋は、どんな甘いお菓子よりも濃厚で、どんな揚げたてよりも熱々に、今まさに結ばれたのである。
けれど、私たちの主眼は景色などにはない。
テーブルの上でじゅうじゅうと音を立てる、特製のアイスサーモンのハラス焼き。そして、領民たちが「これこそが真の冬の味だ」と絶賛し始めた、濃厚な雪マッシュルームのクリームスープ。
「……ふぅ。美味しいですわ。サイラス様、このスープに少しだけ焦がしバターを落とすのは、正解でしたわね」
「……ああ。貴様の言う通り、脂の層が蓋になって、外気の中でもスープが全く冷めない。恐ろしい知恵だ」
サイラス様は、私の隣でスープを啜りながら、いつになく真剣な表情をしていた。
その目は、皿の上のサーモンを見ているようでいて、時折、私の方へと泳いでくる。
「……エリチカ。貴様がこの領地に来てから、全てが変わった」
「あら、嬉しい。領民たちの顔色も良くなりましたし、何より皆さんの『お腹の出具合』が健康の証ですわ」
「……それだけではない。俺自身もだ。貴様の料理を食うまで、俺は自分の人生がこんなに……何というか、テカテカと輝くものだとは知らなかった」
サイラス様が、スプーンを置いて私に向き直った。
(……あら? この空気、どこかで見覚えがありますわ。角煮の時と同じ……いいえ、それよりもずっと重厚なプレッシャー!)
「エリチカ。俺は騎士だ。気の利いた言葉も、王都の連中のような甘い囁きも、マヨネーズのように滑らかには出てこない」
「サイラス様。大丈夫ですわ、私にはあなたの『喉の鳴る音』で全て伝わっていますもの」
「……いや、今日は言葉にさせてくれ。俺は、貴様の作る料理が好きだ。だが、それ以上に……」
サイラス様は、私の両手をそっと握りしめた。
その手は大きくて、ゴツゴツしていて、でも驚くほど温かい。
「……貴様の、食い終わった後の、その満足げな……脂ぎった笑顔を、一生隣で見ていたいと思ったんだ」
「…………えっ」
「エリチカ・フォン・アステリア。俺の妻になってくれないか。……もちろん、料理を強要するつもりはない。貴様が望むなら、俺が一生、貴様の『下ごしらえ係』として、玉ねぎを刻み、薪を割り、マヨネーズを混ぜ続けよう」
(……サイラス様。それ、騎士団長としてあまりにもったいない人材活用ですわよ!)
私の心臓が、過去最高速度でバクバクと音を立て始めた。
揚げ物の油が跳ねる音よりも、もっと激しく、もっと熱く。
「サイラス様……。私、悪役令嬢ですわよ? 王宮からは追放され、世間からは『食い意地の張った変な女』だと思われていますのよ?」
「……俺にとっては、最高の褒め言葉だ。俺も、世間からは『不愛想な氷の騎士』と呼ばれている。似合いの夫婦だと思わないか?」
サイラス様は、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「……返事は?」
私は、彼の目をまっすぐに見つめた。
「……条件が一つありますわ」
「なんだ。どんな高価な食材でも用意しよう」
「これから先、私たちがどれだけ年老いても……。朝食のベーコンの枚数は、喧嘩をしても減らさないこと! それを誓ってくださるかしら?」
サイラス様は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして今日一番の晴れやかな顔で笑った。
「……ああ、誓おう。むしろ、毎年一枚ずつ増やしていく勢いでな」
「……ふふ。なら、お受けいたしますわ! サイラス様、私をあなたの『生涯の晩餐相手』に指名してくださって、ありがとうございます!」
私は、サイラス様の胸に飛び込んだ。
鎧越しでも伝わってくる、彼の力強い鼓動。
「……エリチカ。愛している。……貴様のその、胃袋の底までな」
「私もですわ、サイラス様。あなたの、その……食べっぷりの良さの底まで!」
雪の降る辺境の城で、私たちは静かに口づけを交わした。
唇から伝わるのは、少しの塩気と、バターの香りと、そして……これから始まる「美味しい人生」への確信。
私たちの恋は、どんな甘いお菓子よりも濃厚で、どんな揚げたてよりも熱々に、今まさに結ばれたのである。
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