婚約破棄、喜んで!悪役令嬢は、お作法よりも「お夜食」を愛したい

ちゃっぴー

文字の大きさ
26 / 28

26

しおりを挟む
ノースガルドの夜。城の最上階にあるテラスからは、雪に反射した月光が青白く輝く美しい景色が見えていた。


けれど、私たちの主眼は景色などにはない。


テーブルの上でじゅうじゅうと音を立てる、特製のアイスサーモンのハラス焼き。そして、領民たちが「これこそが真の冬の味だ」と絶賛し始めた、濃厚な雪マッシュルームのクリームスープ。


「……ふぅ。美味しいですわ。サイラス様、このスープに少しだけ焦がしバターを落とすのは、正解でしたわね」


「……ああ。貴様の言う通り、脂の層が蓋になって、外気の中でもスープが全く冷めない。恐ろしい知恵だ」


サイラス様は、私の隣でスープを啜りながら、いつになく真剣な表情をしていた。


その目は、皿の上のサーモンを見ているようでいて、時折、私の方へと泳いでくる。


「……エリチカ。貴様がこの領地に来てから、全てが変わった」


「あら、嬉しい。領民たちの顔色も良くなりましたし、何より皆さんの『お腹の出具合』が健康の証ですわ」


「……それだけではない。俺自身もだ。貴様の料理を食うまで、俺は自分の人生がこんなに……何というか、テカテカと輝くものだとは知らなかった」


サイラス様が、スプーンを置いて私に向き直った。


(……あら? この空気、どこかで見覚えがありますわ。角煮の時と同じ……いいえ、それよりもずっと重厚なプレッシャー!)


「エリチカ。俺は騎士だ。気の利いた言葉も、王都の連中のような甘い囁きも、マヨネーズのように滑らかには出てこない」


「サイラス様。大丈夫ですわ、私にはあなたの『喉の鳴る音』で全て伝わっていますもの」


「……いや、今日は言葉にさせてくれ。俺は、貴様の作る料理が好きだ。だが、それ以上に……」


サイラス様は、私の両手をそっと握りしめた。


その手は大きくて、ゴツゴツしていて、でも驚くほど温かい。


「……貴様の、食い終わった後の、その満足げな……脂ぎった笑顔を、一生隣で見ていたいと思ったんだ」


「…………えっ」


「エリチカ・フォン・アステリア。俺の妻になってくれないか。……もちろん、料理を強要するつもりはない。貴様が望むなら、俺が一生、貴様の『下ごしらえ係』として、玉ねぎを刻み、薪を割り、マヨネーズを混ぜ続けよう」


(……サイラス様。それ、騎士団長としてあまりにもったいない人材活用ですわよ!)


私の心臓が、過去最高速度でバクバクと音を立て始めた。


揚げ物の油が跳ねる音よりも、もっと激しく、もっと熱く。


「サイラス様……。私、悪役令嬢ですわよ? 王宮からは追放され、世間からは『食い意地の張った変な女』だと思われていますのよ?」


「……俺にとっては、最高の褒め言葉だ。俺も、世間からは『不愛想な氷の騎士』と呼ばれている。似合いの夫婦だと思わないか?」


サイラス様は、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。


「……返事は?」


私は、彼の目をまっすぐに見つめた。


「……条件が一つありますわ」


「なんだ。どんな高価な食材でも用意しよう」


「これから先、私たちがどれだけ年老いても……。朝食のベーコンの枚数は、喧嘩をしても減らさないこと! それを誓ってくださるかしら?」


サイラス様は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして今日一番の晴れやかな顔で笑った。


「……ああ、誓おう。むしろ、毎年一枚ずつ増やしていく勢いでな」


「……ふふ。なら、お受けいたしますわ! サイラス様、私をあなたの『生涯の晩餐相手』に指名してくださって、ありがとうございます!」


私は、サイラス様の胸に飛び込んだ。


鎧越しでも伝わってくる、彼の力強い鼓動。


「……エリチカ。愛している。……貴様のその、胃袋の底までな」


「私もですわ、サイラス様。あなたの、その……食べっぷりの良さの底まで!」


雪の降る辺境の城で、私たちは静かに口づけを交わした。


唇から伝わるのは、少しの塩気と、バターの香りと、そして……これから始まる「美味しい人生」への確信。


私たちの恋は、どんな甘いお菓子よりも濃厚で、どんな揚げたてよりも熱々に、今まさに結ばれたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられた悪役はきっと幸せになる

ariya
恋愛
ヴィヴィア・ゴーヴァン公爵夫人は少女小説に登場する悪役だった。 強欲で傲慢で嫌われ者、夫に捨てられて惨めな最期を迎えた悪役。 その悪役に転生していたことに気づいたヴィヴィアは、夫がヒロインと結ばれたら潔く退場することを考えていた。 それまでお世話になった為、貴族夫人としての仕事の一部だけでもがんばろう。 「ヴィヴィア、あなたを愛してます」 ヒロインに惹かれつつあるはずの夫・クリスは愛をヴィヴィアに捧げると言ってきて。 そもそもクリスがヴィヴィアを娶ったのは、王位継承を狙っている疑惑から逃れる為の契約結婚だったはずでは? 愛などなかったと思っていた夫婦生活に変化が訪れる。 ※この作品は、人によっては元鞘話にみえて地雷の方がいるかもしれません。また、ヒーローがヤンデレ寄りですので苦手な方はご注意ください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました

しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。 そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。 そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。 全身包帯で覆われ、顔も見えない。 所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。 「なぜこのようなことに…」 愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。 同名キャラで複数の話を書いています。 作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。 この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。 皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。 短めの話なのですが、重めな愛です。 お楽しみいただければと思います。 小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。 ※本作品は別サイトにて掲載中です

処理中です...