悪役令嬢は婚約破棄がお好き。

ちゃっぴー

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「ま、待てと言っているだろう! このふざけた女が!」

私の背中に、アレクサンダー王子のヒステリックな声が突き刺さる。

せっかく円満(こちらの財布的に)に退場しようとしていたのに、まだ何か用だろうか。

私は溜め息を一つついて、ゆっくりと振り返った。

「まだ何か? 追加の慰謝料請求をご希望でしたら、オプション契約を結びますけれど」

「黙れ! 金、金、金! 貴様には貴族としての誇りがないのか!」

「誇りで腹は膨れませんし、屋敷の修繕費も払えませんわ。殿下こそ、王族としての品位(キャッシュフロー)は大丈夫ですの?」

「き、貴様ぁ……!」

王子は顔を茹でダコのように赤くし、ワナワナと震えている。

隣にいるマリアも「ミルク様、お金のことばかり……卑しいですぅ」などと呟いているが、彼女が着ているドレスが私の実家からの贈答品であることを、この場で暴露してやろうか。

いや、それは後で請求書に上乗せした方が面白い。

「いいだろう、そこまで言うなら思い知らせてやる!」

王子はニヤリと口元を歪め、勝ち誇った表情で宣言した。

「ミルク・ド・ラテ! 貴様を公爵家から除籍し、平民の身分へと落とす! 国外追放だ!」

会場が再びどよめく。

公爵令嬢から平民への転落。

それは通常、死刑に次ぐ重罰であり、令嬢としての人生の終わりを意味する。

ドレスも、宝石も、地位も名誉も全て失い、路頭に迷う悲惨な末路。

周囲の令嬢たちが、扇で顔を隠しながら「まあ、お気の毒に」「自業自得ね」とヒソヒソ嘲笑う声が聞こえた。

マリアも「あらあら、平民なんて……可哀想ですぅ」と、目の奥で笑っている。

王子は私の絶望する顔が見たいらしく、身を乗り出して言った。

「どうだ? 怖かろう! 今すぐマリアに土下座して謝罪し、違約金の請求を取り下げるなら、修道院送り程度に減刑してやっても――」

「本当、ですの!?」

私は王子の言葉を遮り、身を乗り出した。

「は?」

「今、平民に落とすとおっしゃいましたわよね!? 公爵家の籍を抜いて、ただのミルクになると!」

「あ、ああ。そうだ。貴様のような守銭奴に、高貴な青い血は相応しくないからな! 今日から貴様はただの平民だ!」

その瞬間。

私の脳内で、ファンファーレが鳴り響いた。

パラララッパッパー!

「ありがとうございます! 殿下、いえアレクサンダー様! 貴方はなんて素晴らしい決断をされる方なのでしょう!」

私は感極まって、王子の手を取りブンブンと握手をした。

「は……? え……?」

王子が引きつった顔で固まる。

「何を喜んでいる? 貴様、気が触れたのか? 平民になるんだぞ? 泥にまみれて働くことになるんだぞ?」

「ええ、それこそが私の望みでしたの!」

私は満面の笑みで、指を折りながら解説を始めた。

「いいですか? 公爵令嬢という肩書きは、ビジネスにおいてあまりにコストパフォーマンスが悪すぎました」

「こ、こすと……?」

「まず、貴族としての品位を保つためのドレスや装飾品代。これらは経費で落ちない浪費です。次に、社交シーズンごとの不毛なパーティーへの強制参加。これは重大な機会損失(オポチュニティ・ロス)です」

私は一歩前へ出る。

「さらに『ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)』という名のタダ働き! 寄付、慈善事業、王家への献上金! これら全てが、平民になれば免除されるのです!」

「なっ……」

「平民になれば、誰に気兼ねすることなく商売ができます。商会を立ち上げ、大陸中を飛び回り、利益を追求しても『はしたない』と後ろ指をさされることもない! まさに自由(フリーダム)! 税制面でも、貴族税がなくなる分、実質的な手取りは三割増しですわ!」

私は恍惚の表情で天を仰いだ。

「ああ、素晴らしい……! 私の商才を縛り付けていた鎖が、今まさに解き放たれました! これからは稼いだ金を、好きなだけ再投資に回せます!」

会場は静まり返っていた。

誰もが、追放宣告をされて「税金が安くなる」と喜ぶ令嬢など見たことがないからだ。

「き、貴様……正気か……? 泥水をすすって生きることになるのだぞ?」

「泥水? 浄水器を開発して売り捌けば、綺麗な水が飲めますし、儲かりますわよ?」

「……」

王子は口をパクパクさせている。

理解の範疇を超えた生物を見る目だ。

「平民になった以上、もう貴方に敬語を使う必要もありませんね。アレクサンダー、感謝するわ。これで心置きなく、あんたから毟り取れる」

「ひっ……」

私の笑顔に、王子が小さく悲鳴を上げて後ずさる。

「さて、そうと決まれば善は急げです。平民としての身分証発行の手続きと、商会設立の申請に行かなくては。役所が閉まる前に滑り込まないと」

私はドレスの裾を翻した。

もはや、この場所に未練など微塵もない。

「ああ、マリアさん」

最後に、ポカンとしているヒロインに向き直る。

「公爵令嬢の座、空きましたよ。頑張ってその『高コスト・低リターン』な役職を務めてくださいね。応援していますわ(棒読み)」

「は、はぁ……」

「それでは皆様、ごきげんよう! 次にお会いする時は、私が皆様の債権者になっているかもしれませんから、精々お気をつけて!」

私は高らかに笑い声を上げながら、出口へと向かった。

扉を開けると、夜風が心地よい。

背後からは、まだ状況を飲み込めない貴族たちのざわめきと、王子の「な、なんなんだあいつはぁぁぁ!」という絶叫が聞こえてくる。

だが、そんなものは今の私にとって、これから始まる黄金の未来への祝砲にしか聞こえなかった。

馬車に乗り込むと、私は御者に告げる。

「屋敷へ。荷物をまとめたら、すぐに出発するわよ」

「はっ。どちらへ?」

「北の辺境よ」

私は懐の契約書を撫でた。

「王家が違約金を払えなかった時の担保……あの魔物の巣窟こそが、私の新しい『職場』になるのだから」

窓の外を流れる王都の夜景。

今まで籠の中の鳥だった私が、今、解き放たれた鷲(主に獲物を狩る意味で)となったのだ。

「待っていなさい、辺境の資源たち。私が一ギル残らず換金してあげるから!」

こうして、前代未聞の「喜んで国外追放される悪役令嬢」ミルク・ド・ラテの、波乱と黄金に満ちた新生活が幕を開けたのである。
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