悪役令嬢は婚約破棄がお好き。

ちゃっぴー

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王城、謁見の間。

普段は厳粛な空気が漂うこの場所に、今、雷のような怒号が轟いていた。

「馬鹿者ぉぉぉぉっ!!」

玉座に座る国王の怒声に、ステンドグラスがビリビリと震える。

その正面で、アレクサンダー王子が縮こまっていた。

隣にはマリアも跪いているが、事態の深刻さが理解できていないのか、キョトンとしている。

「父上……い、いえ陛下。どうかお鎮まりください。私は真実の愛を……」

「愛だの恋だので、国が傾いてたまるか! これを見ろ、このふざけた請求書を!」

国王は、ミルクが作成した『婚約破棄に関する合意契約書』を床に叩きつけた。

「違約金と貸付金の返済、合わせて国家予算の半分だと!? 我が国の財政状況を知らんのか! 先日の干ばつ対策と軍備増強で、金庫は空に近いのだぞ!」

「そ、そんな……。ですが、ミルク……いえ、あのあくどい女が勝手に書いたもので……」

「サインがあるではないか! お前の署名が! 王族の署名が入った契約書は、国際法上でも絶対的な効力を持つのだぞ!」

国王は頭を抱え、玉座に深く沈み込んだ。

宰相が進み出る。

「陛下。ラテ公爵家の法務担当からも連絡が来ております。『期日までにお支払いなき場合は、直ちに担保権を行使する』と。彼らは本気です」

「ぐぬぬ……払えん。逆立ちしても払えんぞ。どうすればいいのだ」

国王と宰相が顔を見合わせ、重苦しい沈黙が流れる。

その時、宰相が何かに気づいたように眼鏡を押し上げた。

「……陛下。この契約書の『特約条項』をご覧ください」

「ん? 『支払いが不可能な場合、王家直轄領である北部未開拓地(通称:魔の荒野)の譲渡をもって代償とする』……だと?」

国王の目が丸くなる。

「魔の荒野……あの、草木も生えず、魔物が跋扈し、毎年維持費だけで赤字を垂れ流している、あの不毛の大地か?」

「左様でございます。あそこは我が国にとってのお荷物。防衛費ばかりかかって、税収はゼロ。正直、誰かに押し付けたいと常々思っていた土地です」

宰相の言葉に、国王の顔に血の気が戻り、次第に卑しい笑みが浮かんでくる。

「……そうか。そうか! あの女、金にはがめついが、土地を見る目はないと見える!」

国王は膝を打った。

「あんなゴミ捨て場のような土地で、国家予算の半分の借金が帳消しになるなら、安いものではないか!」

「仰る通りです。むしろ、厄介払いができて一石二鳥。あの生意気な小娘を、魔物の餌食にしてやればよいのです」

「わっはっは! そうだ、それがいい! アレクサンダーよ、お前の失態は帳消しにしてやる。すぐに使いを出せ! あの女が気が変わらないうちに、土地の権利書を押し付けてくるのだ!」

「は、はい! ありがとうございます父上!」

王城に、愚かな笑い声が響き渡った。

彼らは知らなかったのだ。

その「ゴミ捨て場」が、ミルクにとっては垂涎の「宝の山」であることを。

   ◇

一方その頃。

私は、王都を出てすぐの宿場町にある、少し高級なカフェのテラス席にいた。

優雅にアフタヌーンティーを楽しみながら、腕時計をチラチラと確認する。

「……そろそろね」

「お嬢様、何がそろそろなのですか?」

向かいに座っているのは、実家から連れてきた専属侍女のベッキーだ。

彼女は無表情でスコーンを齧っているが、その実務能力は極めて高い。

私の「平民落ち」にも動じず、「給料が倍になるなら地獄までお供します」と即答した強者だ。

「王家からの使者よ。あの契約書を見れば、国王陛下は必ず『金銭での支払い』を拒否するわ。そして、喜んで『土地による代物弁済』を選ぶはず」

「あの北の土地ですか? 噂では、スライムとゴブリンしか住んでいないそうですが」

「ふふ、一般的にはそう見えるわね。でも、私の試算では違うの」

私はカップを置き、声を潜めた。

「あそこはね、大陸プレートの境界線なの。つまり、温泉とレアメタル、そして魔物の素材という『資源』の宝庫なのよ」

「なるほど。お嬢様の目には、ゴブリンが歩く金貨に見えているわけですね」

「ご名答」

その時、王都の方角から土煙を上げて爆走してくる早馬が見えた。

王家の紋章が入った豪勢な馬だ。

「来たわ。ベッキー、演技の準備はいい?」

「はい。悲劇のヒロイン風ですね」

早馬がカフェの前で止まり、息を切らせた王家の使者が転がり落ちるように降りてきた。

「はぁ、はぁ……! み、ミルク・ド・ラテ殿か!」

「ええ、そうですけれど。そんなに慌てて、どうなさいましたの?」

私はわざとらしく驚いたふりをする。

使者は羊皮紙の束を恭しく差し出した。

「国王陛下よりの勅命である! 貴殿への賠償金支払いについてだが、王家の財政事情を鑑み、金銭での支払いは困難であると判断された!」

「ええっ!? 困りますわ! 私は明日からの生活費にも事欠く身なのです!」

私は扇で顔を覆い、嘘泣きを始める。

ベッキーも横で「ああ、なんてお可哀想な……」と棒読みでハンカチを目に当てた。

「ええい、黙って聞け! その代わりとして、契約書の条項に基づき、北部未開拓地の全権利を貴殿に譲渡する! これをもって、全ての債務は消滅するものとする!」

使者は勝ち誇ったように言った。

「ど、どういうことですの? あんな、魔物しかいない恐ろしい土地を私に……? そんな殺生な!」

「問答無用! これは陛下の慈悲である! 土地の権利書と、統治権の委任状はここにある。受け取れ!」

使者は半ば強引に、分厚い書類をテーブルに置いた。

私は震える手(という演技)で、それを受け取る。

「こ、これを……本当に? 後から返せと言っても知りませんわよ?」

「言うものか! その土地は今日から貴殿のものだ。好きにするがいい。野垂れ死のうが、魔物に食われようが、王家は一切関知しない!」

使者は「厄介払いができた」とばかりにニヤニヤと笑い、再び馬に跨った。

「ではな、元公爵令嬢! 辺境での余生を楽しむがいい!」

高笑いと共に、使者は去っていった。

その背中が見えなくなるまで、私は悲壮な顔を崩さなかった。

そして。

完全に姿が見えなくなった瞬間。

「やったぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」

私はガバッと立ち上がり、権利書を掲げて歓喜の雄叫びを上げた。

「見た!? 見たわよねベッキー! 取ったわよ! 言質も権利書も、全部ゲットしたわ!」

「おめでとうございます、お嬢様。素晴らしい大根役者ぶりでした」

「失敬な。アカデミー賞ものだったでしょ?」

私は権利書に頬ずりする。

これには、単なる土地の所有権だけでなく、『統治権』と『徴税権』、さらには『地下資源の独占採掘権』まで含まれている。

王家は「価値がない」と思っているから、気前よく全ての権利を手放してくれたのだ。

まさに、ネギを背負ったカモが、鍋とコンロまで持ってきたようなものである。

「あのバカ国王とアホ王子、今頃『ゴミを押し付けてやった』って祝杯をあげてる頃ね。数年後、地団駄踏んで悔しがる姿が目に浮かぶわ」

「性格が悪いですね、お嬢様」

「褒め言葉として受け取っておくわ。さあ、出発よベッキー! 私の王国(ミルク・ランド)を建国しに行くわよ!」

「承知しました。……ところで、私の給料の件ですが」

「わかってるわよ。成功報酬としてボーナス三ヶ月分追加ね」

「一生ついていきます」

私たちは意気揚々と馬車に乗り込んだ。

目指すは北の辺境。

そこは、王家にとっては「魔の荒野」だが、私にとっては「ダイヤの原石」だ。

こうして私は、合法的に、かつ誰にも邪魔されることなく、広大な領地を手に入れたのである。

さあ、待っていなさい辺境の魔物たち。

そして、隣国の若き皇帝陛下。

このミルク・ド・ラテが、経済の力であなたたちを蹂躙(プロデュース)しに行きますわよ!
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