悪役令嬢は婚約破棄がお好き。

ちゃっぴー

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王都を出発してから三日。

私と侍女のベッキーを乗せた馬車は、舗装された街道を外れ、ガタガタと揺れる未開の荒野を爆走していた。

「……お嬢様。舌を噛みそうです」

向かいの席で、ベッキーが能面のような無表情で抗議する。

「我慢なさい。時は金なりよ。御者さんには『最短ルートで、馬が潰れないギリギリの最高速度』で契約してあるんだから」

私は揺れる車内でも、ペンを走らせる手を止めない。

机代わりの画板の上には、すでに十枚以上の羊皮紙が書き散らかされていた。

タイトルは『北部未開拓地(旧・魔の荒野)における資源循環型経済圏の構築案』。

「しかし、本当によろしいのですか? これから向かうのは、隣国との緩衝地帯。魔物がうようよいる危険地帯ですよ」

「だからこそ、美味しいんじゃない」

私はインク壺が倒れないように指で押さえながら、ニヤリと笑った。

「いい? ベッキー。世の中の凡人は『魔物=怖い・駆除すべき害獣』と考えるわ。これがコストの発生源ね」

「まあ、普通はそうですね。命あっての物種ですし」

「でも、私の視点は違うの」

私は書き上げたばかりの事業計画書をベッキーに見せつけた。

そこには、恐ろしい魔物のスケッチの横に、事細かな「解体・活用図」が描かれている。

「例えば、この辺りに生息するという『アイアン・ボア(鉄猪)』。こいつの突進は家屋を破壊するけど、その牙はドリルよりも硬く、肉は極上のサシが入っていると文献にあるわ」

「はあ」

「つまり、捕獲すれば『土木工事用の重機』としてタダ働きさせた後、引退後は『高級ジビエ肉』として出荷できる。一石二鳥よ!」

「……鬼ですね」

「『資源の有効活用』と言いなさい。次に『ポイズン・スライム』。毒沼の主だけど、この毒液を千倍に希釈すれば、強力な除草剤や、シミ抜きの漂白剤になるわ。化粧品のピーリング剤としてもイケるかもしれない」

私は目を輝かせて力説する。

「わかる? 魔物は『襲ってくる資源』なのよ! 向こうから勝手に納品されに来る原材料費ゼロの商材! こんなボロい商売、他にないわ!」

「お嬢様の頭の中では、世界中の恐怖がすべて金貨に変換されているのですね。ある意味、最強の精神耐性(メンタルガード)です」

ベッキーが呆れたように肩をすくめた時だった。

――ズドンッ!!

突然、馬車が大きく跳ね上がり、急停車した。

「きゃっ!?」

「何事!?」

私が窓から顔を出すと、馬車を取り囲むようにして、三匹の巨大な狼が現れていた。

全身が岩のようにゴツゴツとした『ロック・ウルフ』だ。

ヨダレを垂らし、飢えた目で馬車を睨んでいる。

御者の男性が青ざめて震え上がった。

「ひ、ひぃぃっ! お、お嬢ちゃん! だ、ダメだ! ロック・ウルフの群れだ! こいつらの皮膚は剣も通さねぇ!」

絶体絶命のピンチ。

普通の令嬢なら悲鳴を上げて気絶する場面だ。

しかし、私は馬車の扉を蹴り開けると、ツカツカと外へ降り立った。

「お、お嬢ちゃん!? 逃げないと食われるぞ!」

「騒々しいわね。計算の邪魔よ」

私は懐から片眼鏡(モノクル)を取り出し、装着する。

そして、唸り声を上げて威嚇してくるロック・ウルフたちを、上から下までジロジロと舐め回すように観察した。

「グルルルゥ……!」

魔物が飛びかかろうとした瞬間、私はパチンと指を鳴らした。

「毛並みは……Cランクね。少し栄養不足かしら。でも、その岩石質の皮膚は断熱材として優秀だわ。牙は工芸品の材料になるし、内臓は漢方薬の原料として東方諸国で高値で売れる」

「……ガ?」

私がブツブツとつぶやきながら電卓(魔道具式)を叩き始めると、殺気立っていた狼たちが困惑したように動きを止めた。

獲物が恐怖するどころか、自分たちを「値踏み」している気配を感じ取ったのだろう。

「一匹あたり……ざっと見積もって金貨三十枚。三匹で九十枚。処理コストを引いても七十枚の純利益ね」

私は顔を上げ、満面の笑みで狼たちに告げた。

「おめでとう、貴方たち。私の『第一号商品』として採用してあげるわ」

「ガウッ!?」

狼が本能的な恐怖を感じて後ずさりした、その時だ。

「やれ」

私の号令とともに、馬車の影から数人の男たちが飛び出した。

彼らは私が実家の金庫から持ち出した金で雇った、凄腕の冒険者チーム『黒の金貨団』だ。

「へいへい、依頼通り『皮を傷つけずに』捕獲だな!」

「了解だ、雇い主(ボス)!」

リーダー格の大男が網を構える。

私の提示した報酬は「相場の三倍」。

彼らは金のためならドラゴン相手でもタップダンスを踊るような連中だ。

「キャウン!?」

あっという間だった。

剣も通さない皮膚を持つロック・ウルフたちは、物理的な攻撃ではなく、拘束魔法と特殊な粘着ネットによって、一瞬にして簀巻き(すまき)にされた。

地面に転がり、情けない声を上げる元・恐怖の捕食者たち。

私はその鼻先にしゃがみ込み、優しく頭を撫でた。

「いい子ね。暴れないでね、商品価値(キズ)がつくから。後で美味しい餌をあげるから、大人しく毛皮を提供しなさい」

「……クゥ~ン」

狼たちは完全に戦意を喪失し、私の前で腹を見せて服従のポーズをとった。

野生の勘が告げたのだろう。「この女には勝てない」と。

「よし、荷台に積み込みなさい! 鮮度が命よ!」

「へい!」

冒険者たちがテキパキと狼を回収していく。

その様子を、御者が口をあんぐりと開けて見ていた。

「な……なんなんだ、あんたたちは……」

「ただの通りすがりの経営者ですわ」

私は優雅に微笑み、再び馬車へと戻った。

   ◇

それから数時間後。

馬車はようやく目的地へと到着した。

「……ここが」

馬車を降りた私の目の前に広がっていたのは、見渡す限りの荒野だった。

草木はまばらで、地面からはシューシューと白い蒸気が吹き出している。

遠くの空にはワイバーンが旋回し、不気味な鳴き声が響いている。

まさに「魔の荒野」。

地獄の入り口のような光景だ。

ベッキーが荷物を下ろしながら呟く。

「お嬢様。想像以上に何もないですね。あるのは絶望と硫黄の臭いだけです」

「いいえ、ベッキー」

私は深く深呼吸をした。

鼻腔を満たすのは、腐った卵のような硫黄臭。

しかし、私の脳内変換フィルターを通せば、それは全く別の香りに変わる。

「臭うでしょう? これは『温泉』の香りよ! それに、あちこちに見えるあの黒い石……あれは高純度の『魔石炭』だわ!」

私は地面に膝をつき、土を掬い上げた。

ほんのり温かい。地熱エネルギーが豊富な証拠だ。

「温泉リゾート、地熱発電、魔石炭の輸出、魔物素材の加工工場……! ああ、忙しくなるわね! 宝の山すぎて目が回りそうだわ!」

私は荒野の中心で、両手を広げてくるくると回った。

王都の連中が見たら「可哀想に、気が触れたか」と言うだろう。

だが、私には見える。

数年後、ここが大陸一の商業都市となり、黄金に輝く未来が。

「さて、まずは拠点作りね。冒険者たちに指示して、安全地帯を確保させなさい。それと、あのワイバーンの飛行ルートを記録して。将来の『空輸便』の航路にするから」

「……承知しました。お嬢様についていくと、そのうち魔王城すら買収しそうで怖いです」

ベッキーがため息をつきながら手帳を開く。

その時だった。

荒野の向こう、陽炎が揺らめく地平線の彼方から、一団の騎馬隊が砂煙を上げてこちらに向かってくるのが見えた。

掲げている旗は、我が国のものではない。

黒地に銀の狼――隣国、ガルガディア帝国の紋章だ。

「あら?」

私は片眼鏡の位置を直した。

「早速、お隣さんからのご挨拶かしら?」

先頭を駆けるのは、黒馬に跨った黒髪の青年。

遠目にもわかる冷徹な美貌と、周囲を凍りつかせるような圧倒的な覇気。

彼こそが、噂に聞く「氷の皇帝」シリウス・ヴァン・ノワールだろう。

「お嬢様、あれは帝国軍です! まずいですよ、ここは国境付近。不法侵入とみなされたら……!」

冒険者たちが緊張して武器に手をかける。

しかし、私はそれを手で制した。

「武器を収めなさい。粗相があってはいけないわ」

私はドレスの埃を払い、姿勢を正す。

「だって彼は、私の『最大にして最高の取引先(スポンサー)』になる予定の人なのだから」

私は近づいてくる皇帝の軍勢を見据え、極上の営業用スマイル(商談成功率98%)を浮かべた。

「さあ、第一回交渉の始まりよ!」
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