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王都の中央広場は、どんよりとした空気に包まれていた。
連日の長雨による不作と、流行り病。
それに加えて、ミルクがいなくなったことによる物流の停滞と経済混乱。
国民の不満は、今にも爆発寸前まで膨れ上がっていた。
「聖女様! どうかお救いください!」
「子供が高熱を出して……!」
「食べる物がないのです!」
広場に設けられた特設ステージの下には、ボロ布を纏った民衆が押し寄せ、悲痛な叫びを上げている。
そのステージの中央で、マリアは豪華な純白のドレスに身を包み、震えていた。
「え、えっとぉ……神様ぁ、みんなを助けてくださいぃ……エイッ☆」
彼女は杖を振り、可愛らしいポーズで「祈り」を捧げる。
しかし。
シーン……。
何も起きない。
天から光が降り注ぐこともなければ、病人が回復することもない。
ただ、気まずい沈黙が流れるだけだ。
「……おい、なんだあれ」
「ただポーズ取ってるだけじゃねえか」
「聖女の奇跡はどうした!? マリア様が祈れば、どんな病も治るって触れ込みだっただろう!」
民衆のざわめきが、期待から失望へ、そして怒りへと変わっていく。
「ち、違いますぅ! 今日はちょっと神様の機嫌が悪くてぇ……!」
マリアが焦って言い訳をする。
「マリアは頑張っている!」
アレクサンダー王子がステージに飛び出し、彼女を庇うように前に出た。
「お前たちの信仰心が足りないから奇跡が起きないのだ! もっと寄付をしろ! そうすれば神も――」
その言葉が、群衆の怒りに火をつけた。
「ふざけるな!」
「俺たちはもう限界なんだよ!」
「ミルク様なら……ミルク様なら、こんな時すぐに炊き出しをしてくれた!」
「そうだ! ミルク様を返せ! 偽聖女はいらない!」
誰かが投げた石が、ステージの端に当たって砕けた。
「ひぃっ! アレク様ぁ、怖いですぅ!」
「ええい、暴徒め! 衛兵! 衛兵は何をしている!」
王子とマリアは、怒号と石礫から逃げるように、這う這うの体で王城へと逃げ帰っていった。
後に残されたのは、絶望に暮れる民衆だけだった。
◇
一方その頃、辺境都市ミルク・シティ。
「さあさあ、並んで! 今日の配給は『スタミナ満点・猪鍋』と『ビタミンたっぷり・温室野菜サラダ』よ!」
活気あふれる中央広場では、王都とは対照的に、笑顔の民衆が行列を作っていた。
その先頭で、割烹着姿(シルク製特注品)のミルクが、巨大な鍋から料理を振る舞っている。
「ミルク様! ありがとうございます!」
「ああ、生き返る……! こんな美味い肉、生まれて初めて食った!」
王都から逃げてきた難民たちが、涙を流して料理を頬張っている。
「お代わりもあるから、しっかりお食べ! 働かざる者食うべからずだけど、病人と腹ペコは別よ!」
ミルクはテキパキと指示を出しながら、ベッキーに耳打ちした。
「ベッキー、この鍋の原価計算、合ってる? 肉はロック・ウルフの駆除ついでに手に入れたからタダ同然、野菜も地熱温室で量産したから激安……一人前あたり銅貨三枚で済んでるわね?」
「はい、お嬢様。これだけ感謝されて、費用対効果(コスパ)は抜群です」
さらに広場の隣では、長蛇の列ができていた。
「こちらは『奇跡の霊薬』の無料配布列です!」
「飲むだけで体の痛みが消え、肌が若返ると評判の!」
人々がありがたがって受け取っている小瓶の中身は、何のことはない、ミルク・シティ自慢の源泉を濃縮し、少量の魔力ポーションとハーブを混ぜた「特製温泉水」である。
「ああっ! 飲んだ瞬間に腰の痛みが引いたわ!」
「すげえ! これは本物の奇跡だ!」
民衆が口々に叫び、ミルクに向かって手を合わせる。
「ミルク様! 貴女こそ真の聖女様だ!」
「我らの救世主! ミルク様万歳!」
「ちょ、ちょっと! 拝むのはやめなさい! 私は神様じゃないわよ!」
ミルクは慌てて手を振るが、民衆の熱狂は収まらない。
(……まあ、悪い気はしないけど)
彼女は心の中でほくそ笑んだ。
マリアのように「祈り」で腹は膨れない。
彼女が起こしている「奇跡」の種明かしは、すべて「金」と「技術」だ。
魔物を資源に変える発想、地熱を利用したインフラ、そしてオリハルコンによる効率的な生産体制。
それらが組み合わさって、この豊かさを生み出しているのだ。
「さあ、お腹がいっぱいになったら、明日からもしっかり働くのよ! 稼いで、納税して、この街をもっと豊かにするの! それが私への一番の恩返しよ!」
「「「はいっ! ミルク様!」」」
民衆の元気な返事が、青空に響き渡った。
その光景を、少し離れた場所からシリウスが眺めていた。
「……フン。神に祈る偽物の聖女と、金を配る本物の守銭奴か」
彼は口元を緩め、隣に控える側近に言った。
「民を救えるのはどちらか、火を見るよりも明らかだな」
王都の没落と、辺境の繁栄。
その差は決定的となりつつあった。
連日の長雨による不作と、流行り病。
それに加えて、ミルクがいなくなったことによる物流の停滞と経済混乱。
国民の不満は、今にも爆発寸前まで膨れ上がっていた。
「聖女様! どうかお救いください!」
「子供が高熱を出して……!」
「食べる物がないのです!」
広場に設けられた特設ステージの下には、ボロ布を纏った民衆が押し寄せ、悲痛な叫びを上げている。
そのステージの中央で、マリアは豪華な純白のドレスに身を包み、震えていた。
「え、えっとぉ……神様ぁ、みんなを助けてくださいぃ……エイッ☆」
彼女は杖を振り、可愛らしいポーズで「祈り」を捧げる。
しかし。
シーン……。
何も起きない。
天から光が降り注ぐこともなければ、病人が回復することもない。
ただ、気まずい沈黙が流れるだけだ。
「……おい、なんだあれ」
「ただポーズ取ってるだけじゃねえか」
「聖女の奇跡はどうした!? マリア様が祈れば、どんな病も治るって触れ込みだっただろう!」
民衆のざわめきが、期待から失望へ、そして怒りへと変わっていく。
「ち、違いますぅ! 今日はちょっと神様の機嫌が悪くてぇ……!」
マリアが焦って言い訳をする。
「マリアは頑張っている!」
アレクサンダー王子がステージに飛び出し、彼女を庇うように前に出た。
「お前たちの信仰心が足りないから奇跡が起きないのだ! もっと寄付をしろ! そうすれば神も――」
その言葉が、群衆の怒りに火をつけた。
「ふざけるな!」
「俺たちはもう限界なんだよ!」
「ミルク様なら……ミルク様なら、こんな時すぐに炊き出しをしてくれた!」
「そうだ! ミルク様を返せ! 偽聖女はいらない!」
誰かが投げた石が、ステージの端に当たって砕けた。
「ひぃっ! アレク様ぁ、怖いですぅ!」
「ええい、暴徒め! 衛兵! 衛兵は何をしている!」
王子とマリアは、怒号と石礫から逃げるように、這う這うの体で王城へと逃げ帰っていった。
後に残されたのは、絶望に暮れる民衆だけだった。
◇
一方その頃、辺境都市ミルク・シティ。
「さあさあ、並んで! 今日の配給は『スタミナ満点・猪鍋』と『ビタミンたっぷり・温室野菜サラダ』よ!」
活気あふれる中央広場では、王都とは対照的に、笑顔の民衆が行列を作っていた。
その先頭で、割烹着姿(シルク製特注品)のミルクが、巨大な鍋から料理を振る舞っている。
「ミルク様! ありがとうございます!」
「ああ、生き返る……! こんな美味い肉、生まれて初めて食った!」
王都から逃げてきた難民たちが、涙を流して料理を頬張っている。
「お代わりもあるから、しっかりお食べ! 働かざる者食うべからずだけど、病人と腹ペコは別よ!」
ミルクはテキパキと指示を出しながら、ベッキーに耳打ちした。
「ベッキー、この鍋の原価計算、合ってる? 肉はロック・ウルフの駆除ついでに手に入れたからタダ同然、野菜も地熱温室で量産したから激安……一人前あたり銅貨三枚で済んでるわね?」
「はい、お嬢様。これだけ感謝されて、費用対効果(コスパ)は抜群です」
さらに広場の隣では、長蛇の列ができていた。
「こちらは『奇跡の霊薬』の無料配布列です!」
「飲むだけで体の痛みが消え、肌が若返ると評判の!」
人々がありがたがって受け取っている小瓶の中身は、何のことはない、ミルク・シティ自慢の源泉を濃縮し、少量の魔力ポーションとハーブを混ぜた「特製温泉水」である。
「ああっ! 飲んだ瞬間に腰の痛みが引いたわ!」
「すげえ! これは本物の奇跡だ!」
民衆が口々に叫び、ミルクに向かって手を合わせる。
「ミルク様! 貴女こそ真の聖女様だ!」
「我らの救世主! ミルク様万歳!」
「ちょ、ちょっと! 拝むのはやめなさい! 私は神様じゃないわよ!」
ミルクは慌てて手を振るが、民衆の熱狂は収まらない。
(……まあ、悪い気はしないけど)
彼女は心の中でほくそ笑んだ。
マリアのように「祈り」で腹は膨れない。
彼女が起こしている「奇跡」の種明かしは、すべて「金」と「技術」だ。
魔物を資源に変える発想、地熱を利用したインフラ、そしてオリハルコンによる効率的な生産体制。
それらが組み合わさって、この豊かさを生み出しているのだ。
「さあ、お腹がいっぱいになったら、明日からもしっかり働くのよ! 稼いで、納税して、この街をもっと豊かにするの! それが私への一番の恩返しよ!」
「「「はいっ! ミルク様!」」」
民衆の元気な返事が、青空に響き渡った。
その光景を、少し離れた場所からシリウスが眺めていた。
「……フン。神に祈る偽物の聖女と、金を配る本物の守銭奴か」
彼は口元を緩め、隣に控える側近に言った。
「民を救えるのはどちらか、火を見るよりも明らかだな」
王都の没落と、辺境の繁栄。
その差は決定的となりつつあった。
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