悪役令嬢は婚約破棄がお好き。

ちゃっぴー

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王家の使者を追い返し、執務室に静寂が戻った。

窓の外では、ミルク・シティのガス灯ならぬ魔石灯が、宝石箱をひっくり返したように輝いている。

私は、愛用の電卓の汚れを丁寧に拭き取りながら、ソファでくつろぐ氷の皇帝シリウスに向き直った。

「さて、陛下。見世物は終わりましたわ。そろそろ本題に入りませんか?」

「……気づいていたか」

シリウスがグラスを置き、立ち上がる。

彼がまとう空気の色が変わった。
先ほどまでの、私の商談を楽しんでいた「共犯者」としての顔ではない。
大陸最強の軍事国家を統べる、絶対君主としての覇気が部屋を満たす。

彼はゆっくりと私に歩み寄り、私の目の前で足を止めた。

その蒼い瞳が、私の顔を真っ直ぐに射抜く。
至近距離で見ると、息が止まるほど美しい。
長い睫毛、通った鼻筋、そして少し不機嫌そうにも見える薄い唇。

「ミルク・ド・ラテ」

低く、甘い声で名前を呼ばれた。

「はい」

「貴様の能力は、この辺境の小都市に留まるには惜しい。王国の連中には理解できぬようだが、俺にはわかる。貴様は、国を……いや、大陸を動かせる器だ」

シリウスの手が伸びてきて、私の手を取り、そっと持ち上げた。

えっ。

心臓がドクンと跳ねる。
これは、いわゆる「手を取って愛を囁く」体勢?

「俺と共に来い、ミルク。帝国へ」

彼の熱っぽい視線が絡みつく。

「貴様が欲しい。俺の傍で、その才を振るってほしいのだ」

時が止まった。

(こ、これは……まさか……プロポーズ!?)

私の脳内で緊急会議が招集される。

**議題:皇帝シリウスからの求婚について**

* **メリット:**
    * 帝国の皇后という地位(社会的ステータスMAX)。
    * 帝国国庫へのアクセス権(無限の資金源)。
    * 夫の顔面偏差値が国宝級(目の保養)。
* **デメリット:**
    * 皇后としての公務(激務)。
    * 貴族社会のドロドロとした派閥争い(面倒くさい)。
    * 「お世継ぎを」というプレッシャー(コストパフォーマンス最悪)。

(うーん……悪くない案件だけど、自由が制限されるのは痛い……。でも、帝国の財力を自由に動かせるなら……)

私が高速で損得勘定をしていると、シリウスが続けた。

「俺の全てを貴様に預ける。だから、俺の『右腕』になってくれ」

「……え?」

私の思考回路がショートした。
右腕? 伴侶ではなく?

「つまり……帝国の『財務大臣』になってほしいということだ」

「…………」

部屋に沈黙が落ちた。

私は瞬きを数回繰り返し、そして大きく息を吐き出した。

「はぁぁぁ……びっくりした。なんだ、求人(ジョブオファー)でしたか」

「む? なんだその反応は。不服か?」

「いいえ! むしろ安堵しましたわ!」

私はシリウスの手をブンブンと握り返した。

「結婚だと、離婚時の財産分与とか慰謝料の計算が面倒ですが、雇用契約なら話は早いですもの! クリアで健全なビジネス関係、最高です!」

「……貴様、皇帝からの求婚を『面倒』と言い切ったな?」

シリウスが呆れ顔でこめかみを押さえる。

「まあいい。俺が求めているのは、貴様のその『金を生み出す錬金術』だ。我が帝国の財政は、軍事費の増大で硬直化している。貴様のメスを入れてほしい」

「なるほど。国家財政の再建および運用責任者ですね」

私はスッと表情を引き締め、ビジネスモードに切り替えた。

「条件を提示させていただきます」

私は引き出しから、常に用意してある『自分を高く売るためのメモ』を取り出した。

「まず、役職は『帝国筆頭財務大臣』。ただし、皇帝陛下直属とし、他の大臣や貴族院からの干渉は一切受けないものとします」

「いいだろう。全権を委任する」

「次に、報酬。固定給として月額金貨千枚。加えて、私が削減した経費、および新たに生み出した利益の5%をインセンティブ(成果報酬)としていただきます」

「……月千枚は宰相の倍だぞ。それに利益の5%だと? 帝国がどれだけの規模か分かっているのか?」

「分かっていますとも。だからこその5%です。陛下、安く買おうとなさらないでください。私は『結果』を売る女です」

私はニヤリと笑った。

「その代わり、一年以内に帝国の赤字を解消し、三年以内に軍事予算を維持したまま黒字化。さらに五年後には、国民一人当たりの所得を倍増させてみせます。……これでも高いですか?」

シリウスは私を見つめ、やがてフッと口元を緩めた。

「……ハハハ! いいだろう、のった!」

彼は楽しげに笑った。

「貴様のような強欲な官僚がいれば、国も潤うというものだ。契約成立だ、ミルク財務大臣」

「ありがとうございます、ボス(陛下)! これより、貴方の財布は私がガッチリ管理させていただきますわ!」

私たちは固い握手を交わした。
今度は「出資者」と「起業家」としてではなく、「主君」と「最強の金庫番」として。

「……だが、ミルクよ」

シリウスが握った手を離さずに、意味深に囁く。

「ん? 何でしょう? 福利厚生の話ですか?」

「雇用契約は結んだが……俺はまだ諦めたわけではないぞ」

「は?」

「いつか貴様に、金勘定よりも俺自身の方に価値があると思わせてやる。『愛』という名の無形資産にな」

シリウスは私の手の甲に、音を立てて口づけを落とした。

ちゅっ。

「なっ……!?」

初めて、私の顔が熱くなるのを感じた。
計算外だ。この男、不意打ちは反則ではないか。

「赤くなったな。……ふむ、金貨を見た時以外でも、そんな顔をするのか」

シリウスは満足げに微笑むと、マントを翻して背を向けた。

「準備をしておけ。来週には迎えの馬車を寄越す。ミルク・シティの統治は代官に任せ、貴様は帝都へ来い」

「ちょ、ちょっと! 今のキスは残業代に含まれますの!?」

「特別手当だ。受け取っておけ」

彼は高笑いと共に去っていった。

残された私は、自分の手の甲を見つめ、そして真っ赤になった頬を両手で包んだ。

「……計算できない男ね、本当に」

胸の奥が、金貨を数えている時とは違うリズムで高鳴っている。
これは……不整脈かしら? それとも、恋の初期症状?

「いいえ、ただの興奮よ。巨大な帝国財政という『おもちゃ』を与えられた興奮に違いないわ」

私は自分にそう言い聞かせ、熱い頬を冷やすために、冷たい金貨の山に顔を埋めた。

だが、その夜の夢には、金貨ではなく、蒼い瞳の皇帝が出てきたことを、私は誰にも(特にベッキーには)言わないでおくことにした。
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