悪役令嬢は婚約破棄がお好き。

ちゃっぴー

文字の大きさ
13 / 28

13

しおりを挟む
「な、なんだこの街は……!?」

王都からの早馬に乗ってきた王家の使者(前回とは別の、少し若手の騎士)は、ミルク・シティの正門をくぐった瞬間、言葉を失った。

彼の目の前に広がっていたのは、王都よりも遥かに洗練された、未来都市のような光景だった。

幾何学模様に敷き詰められたレンガ道は塵一つなく清掃され、道の両側にはガス灯ならぬ「魔石灯」が立ち並び、昼間のように明るい。

行き交う人々は皆、血色が良く、その表情は明るい。
商店には見たこともない商品(オリハルコン製のフライパンや、美容効果のある温泉水ボトルなど)が並び、活気に満ちている。

「王都では今、パンの値段が二倍になって暴動が起きかけているというのに……ここは別世界か?」

騎士は呆然としながら、中央にそびえ立つ巨大な建造物――『ラテ商会・本社ビル兼領主館』へと向かった。

   ◇

「ようこそ、ミルク・シティへ。王家の方からの急使だそうですね」

通された執務室は、王城の謁見の間よりも豪華だった。
最高級の絨毯、オリハルコンのフレームがあしらわれた調度品。
そして、マホガニーの巨大な机の奥に、彼女は座っていた。

ミルク・ド・ラテ。
かつて「守銭奴」と嘲笑された公爵令嬢は今、女帝のような貫禄で書類にペンを走らせていた。

「……王太子殿下より、勅命である!」

騎士は気圧されまいと、腹に力を入れて声を張り上げた。
アレクサンダー王子から託された羊皮紙を、机の上にバンと置く。

「直ちに王都へ帰還せよ! これは国民としての義務である!」

「義務、ですか」

ミルクは手を止めず、チラリと羊皮紙に目をやった。

『王国の危機につき、貴殿の事務処理能力を徴用する……』

内容を一読した彼女は、ふっと鼻で笑った。

「プッ……あははは! 傑作ですわね。相変わらず、ご自分の立場が理解できていらっしゃらないようで」

「な、何がおかしい! 不敬であるぞ!」

「不敬? 私は平民ですよ? それに、ここは王家の直轄地ではなく、私の私有地です」

ミルクはペンを置き、両手を組んで騎士を見据えた。

「いいですか? 殿下は私を『平民』に落とし、公爵家から『除籍』させました。つまり、私には貴族としての義務(ノブレス・オブリージュ)もなければ、王家への忠誠を誓う封建的契約も存在しません」

「ぐっ……そ、それはそうだが……しかし、国難だぞ! 国が傾いているのだ!」

「ええ、知っています。国債の格付けがDランクに落ちたそうですね。当然の結果です」

彼女は冷たく言い放つ。

「で? その尻拭いを私にさせたいと? タダで?」

「タダとは言っていない! 殿下は『名誉を回復してやる』と仰っている!」

「名誉!」

ミルクは大袈裟に驚いてみせた。

「今の私にとって、王家の名誉なんて『不渡り手形』よりも価値がありませんわ。そんなもので私の貴重な労働力(リソース)を買えると本気で思っているのですか?」

「き、貴様……!」

「ですが」

ミルクはニッコリと微笑んだ。

「私は商人です。ビジネスとしてなら、お受けしないこともありません」

「ほ、本当か!?」

騎士の顔がパッと明るくなる。

「ええ。お客様が困っているなら、解決策(ソリューション)を提供するのがプロというもの。……ただし」

彼女は引き出しから、一枚の新しい羊皮紙を取り出した。
そして、電卓を凄まじい速度で叩きながら、書き込んでいく。

「現在の王国の財政状況は『火の車』を超えて『溶鉱炉』状態です。これを立て直すには、私の全知全能を注ぎ込み、不眠不休で働かねばなりません。よって、料金は『緊急特別価格』となります」

「い、いくらだ……? 金貨千枚か? 二千枚か?」

「ベッキー、見積書を」

「はい、お嬢様」

控えていた侍女が、書き上がったばかりの羊皮紙を騎士に手渡した。

騎士はそれを受け取り、数字を見て――固まった。

「は……?」

そこには、天文学的な数字が並んでいた。

**【国家財政再建コンサルティング契約書】**

* **基本料金:** 国家予算の80%(前払い)
* **成功報酬:** 改善された利益の50%
* **経費:** 全額王家負担(おやつ代含む)
* **特記事項:**
    1.  契約期間中、アレクサンダー王太子およびマリア男爵令嬢の身分を一時凍結し、ミルク・ド・ラテの直属の部下(雑用係)として配置する。
    2.  王太子には、コピー取り、お茶汲み、靴磨きを担当させる。
    3.  マリアには、領収書の整理とホチキス止め(一日一万枚ノルマ)を担当させる。
    4.  ミルク・ド・ラテに対する口答えは一回につき金貨十枚の罰金とする。

「こ、こっ……国家予算の八割だとぉぉぉ!?」

騎士が絶叫した。

「ふざけるな! そんな金を払ったら、国が潰れるわ!」

「おや、潰れるのが先か、払うのが先かの違いですわ。私が介入しなければ、どうせ来月にはデフォルト(債務不履行)を起こして国家破綻でしょう?」

ミルクは涼しい顔で紅茶を一口啜った。

「私は『破滅の危機』を買い取って差し上げると言っているのです。安いものでしょう? 王家が存続できる可能性があるのですから」

「そ、それにこの特記事項はなんだ! 殿下を雑用係にするだと!?」

「当然です。財政破綻の原因を作った当事者に、現場の苦労と金の重みを理解させなければ、再建など不可能です。教育的指導(パワハラではありません)ですよ」

「き、貴様……悪魔か……!」

「いいえ、経営コンサルタントです」

ミルクはニッコリと、この上なく美しい営業スマイルを向けた。

「さあ、お持ち帰りください。有効期限は三日です。それまでに前金が振り込まれなければ、この見積もりは無効となります」

「くっ、覚えていろ! 殿下が黙っていると思うなよ!」

騎士は見積書を引ったくり、逃げるように部屋を出て行った。

「……ふぅ。これでしばらくは静かになるかしら」

ミルクは肩をすくめた。

「よろしかったのですか、お嬢様。もし仮に、本当にお金を払ってきたら」

ベッキーが尋ねる。

「その時は喜んでやるわよ。国家予算の八割が手に入るのよ? この街を金箔でコーティングしてもお釣りが来るわ」

「……本気ですね」

その時。
執務室の奥の隠し扉が開き、一人の男が入ってきた。

「くくっ……はははは!」

氷の皇帝、シリウスだった。
彼は腹を抱えて笑っている。

「盗み聞きとは趣味が悪いですわよ、陛下」

「いや、あまりに傑作でな。『国家予算の八割』とは大きく出たものだ。しかも王子を靴磨きにするとは」

シリウスは涙を拭いながら、ミルクの隣に立った。

「王国の使者の、あの絶望した顔。金貨百枚分の価値はあったぞ」

「お楽しみいただけて光栄です。観覧料を請求しても?」

「ふん、出資者特権で見逃せ」

シリウスはミルクの肩に手を置き、楽しげに言った。

「だが、残念だったなミルク。王国は払えんよ。八割どころか、一割も残っていないはずだ」

「ええ、知っています」

ミルクは窓の外、王都の方角を見つめ、目を細めた。

「だからこそ、突きつけたのです。彼らに『自分たちが無一文である』という現実を直視させるためにね」

彼女の瞳は、冷徹な計算と、ほんの少しの哀れみを帯びていた。

「さあ、次はどう出てくるかしら。泣きついてくるか、それとも逆ギレして軍隊を向けてくるか……。どちらに転んでも、利益が出るように準備しておかなくては」

「頼もしいパートナーだ。万が一、軍が来たら俺が潰してやる」

「有料でお願いしますね」

「……守銭奴め」

二人は顔を見合わせ、共犯者のような笑みを浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。 二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。 だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。 信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。 王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。 誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。 王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

処理中です...