悪役令嬢は婚約破棄がお好き。

ちゃっぴー

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「……ふぅ。これで隣の領主との土地買収交渉も決着ね」

ミルク・シティの迎賓館、月の見えるテラス。

私は冷えたシャンパンを一気に煽り、夜風に当たっていた。

あの後、隣の領主がふっかけてきた土地売買の一件は、シリウス陛下の裏工作……もとい、的確な情報提供により、相手の脱税の証拠を握ることであっさりと解決した。

結果、相場の半値以下で土地をゲット。
私の領土はさらに拡大し、資産価値はうなぎ登りだ。

「完勝だな、ミルク」

背後から、二つのグラスを持ったシリウスが現れる。
彼は私の隣に並ぶと、自分のグラスを軽く私のグラスに当てた。

チン、と澄んだ音が鳴る。

「陛下のおかげですわ。あの領主、自分の隠し口座のリストを見せた時の顔といったら! 『ごめんなさい、タダでもいいです』と泣きついてくるなんて、傑作でしたね」

「ククッ、全くだ。……だが、今夜は仕事の話はもういいだろう」

シリウスは手すりに肘をつき、私を見つめた。
月光を浴びた「氷の皇帝」は、絵画のように美しい。

「ミルク」

「はい?」

「貴様との共同作業は、非常に有意義だった。……これからも、俺の隣にいてほしいと思うほどにな」

まただ。
最近、彼の距離感がバグっている。
物理的にも、心理的にも近い。

「光栄ですわ。ビジネスパートナーとして、これほど頼りになる方はいませんもの」

私は予防線を張るように「ビジネス」という単語を強調する。

しかし、シリウスは逃がしてくれなかった。

「ビジネス、か。……俺が言っているのは、そういう意味ではないと分かっているだろう?」

彼は一歩踏み出し、私をテラスの壁際に追い込んだ。
いわゆる「壁ドン」というやつだ。
ただし、相手が皇帝なので、壁ドンというより「城壁包囲戦」に近い圧迫感がある。

「貴様が欲しい、と言ったはずだ。財務大臣としてだけでなく……一人の女としてだ」

直球ど真ん中。
逃げ場のないストレートだ。

普通の令嬢なら、ここで顔を赤らめて「私も……ポッ」となるところだろう。

だが、私はミルク・ド・ラテ。
脳内の構成要素の九割が「金」でできている女だ。

私は冷静に深呼吸し、電卓を取り出して(ドレスのポケットに常備している)彼に見せた。

「……陛下。恐れながら申し上げます」

「なんだ」

「そのご提案、丁重にお断りさせていただきます」

「……理由は?」

シリウスの眉がピクリと動く。怒気はない。面白がっている目だ。

「理由は明確です。『恋愛』という行為は、コストパフォーマンスがあまりに悪すぎるからです!」

私は指を一本立てて力説を始めた。

「まず、恋愛は感情の起伏を激しくさせます。嫉妬、不安、高揚感……これらは冷静な判断力を鈍らせ、経営判断にミスを生じさせる『重大なリスク要因』です!」

「ほう」

「次に、時間の浪費です! デート? 愛の囁き合い? そんな生産性のない時間に何時間費やすつもりですか? その時間があれば、新規事業の企画書が三本は書けます!」

私はヒートアップする。

「さらに維持費(ランニングコスト)! 記念日のプレゼント、お洒落のための被服費、交際費! これらを積み上げても、得られるリターンは『愛』という名の、数値化できない不明瞭な概念だけ! 投資対効果(ROI)がマイナスですわ!」

私は言い切って、肩で息をした。

「……以上が、私が恋愛をしない理由です。私は、確実な利益しか愛せません」

完璧な論理だ。
これには皇帝陛下もぐうの音も出ないだろう。

そう思って彼を見上げると――。

「ククッ……ハハハハハッ!」

シリウスは、今日一番の大爆笑をしていた。

「な、何がおかしいのですか!」

「いや、すまん。まさか愛の告白を『コスパが悪い』と切り捨てた女は、世界広しといえども貴様くらいだろうと思ってな」

彼はひとしきり笑った後、涙を拭って私に向き直った。
その瞳は、先ほどよりも一層強く、熱く輝いている。

「なるほど、貴様の言い分は分かった。……ならば、こう言い換えよう」

シリウスは私の手を取り、その掌に自分の大きな手を重ねた。

「これは『恋愛』ではない。『独占的パートナーシップ契約』の締結だ」

「……は?」

「俺という『超優良物件』を、貴様だけに提供する。俺の資産、権力、武力、そして個人的な献身。これら全てを、貴様は使い放題だ」

シリウスは不敵に笑う。

「俺と契約すれば、貴様の事業の邪魔をする者は、俺が全て排除する。貴様が疲れた時は、俺が全霊で癒やす(メンテナンスする)。貴様が欲しいものは、世界の果てからでも取り寄せてやる」

「……っ!」

「どうだ? 俺という資産価値は、貴様が懸念する『コスト』を遥かに上回る『リターン』を生み出すはずだ。……これでも、割に合わない取引か?」

な、なんという……!

私の商売人としての本能が、激しく警告音を鳴らしていた。
『買いだ! これは絶対的な買い注文だ!』と。

帝国の皇帝を独占し、そのリソースをフル活用できる権利。
それを「交際」という契約一本で手に入れられる?
どう計算しても、利益率が異常だ。

「……そ、それに!」

私は必死に反論を探す。

「リスクがあります! 『愛』は変動相場制です! いつか貴方の気持ちが冷めれば、契約破棄(別れ)となり、私は精神的ダメージという負債を抱えることに……!」

「安心しろ。俺の愛は『長期国債』よりも安定している」

シリウスが私の頬に手を添える。

「一度手に入れた獲物を手放す趣味はない。俺は貴様に、生涯をかけて投資し続けると誓おう。……元本保証付きだ」

「が、元本保証……」

キラーワードが出た。
投資家が一番弱い言葉。

「さあ、どうする? ミルク。この『史上最高額の案件』、逃すのか?」

彼の顔が近づく。
唇が触れるか触れないかの距離。

私の頭の中の電卓が、エラー表示を出してショートした。
計算できない。
損得勘定を超えた何かが、私の胸を締め付けている。

「……ずるいですわ、陛下」

私は観念して、目を伏せた。

「そんな条件を出されたら……商売人として、断るわけにはいかないではありませんか」

「契約成立か?」

「……とりあえず、『仮契約』ということで手を打ちます。お試し期間(トライアル)です。もし割に合わないと判断したら、即刻クーリングオフしますからね!」

精一杯の強がり。
しかし、シリウスは満足げに頷いた。

「いいだろう。その期間に、貴様を骨抜きにして、本契約にサインさせてやる」

「骨抜きになんてされませんわ! ……んっ!」

反論しようとした口は、彼の唇によって塞がれた。

月明かりの下での、初めてのキス。
それは甘く、そして脳が溶けるほど熱かった。

(……ああ、やっぱり計算できない)

彼の体温と匂いに包まれながら、私はぼんやりと思った。

(この『投資』のリターン……意外と、悪くないかもしれない)

私の陥落まで、あと数ミリ。
しかし、私はまだ諦めない。
このドキドキすらも、いつか必ず金貨に変えてみせると、心の中で(半分とろけながら)誓うのだった。

「……ミルク、顔が赤いぞ」

「う、うるさいです! これは……シャンパンのせいです!」

「そうか。なら、もう少し酔わせてやろう」

「きゃっ!?」

私は彼にお姫様抱っこをされ、そのまま部屋へと連れ去ら……れる前に、「明日の朝イチで会議がありますので!」と叫んで、なんとか脱出に成功した。

危ない、危ない。
もう少しで、経営権ごと乗っ取られるところだった。
恐るべし、氷の皇帝。
私の最大のライバルは、間違いなくこの男だ。
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