悪役令嬢は婚約破棄がお好き。

ちゃっぴー

文字の大きさ
18 / 28

18

しおりを挟む
「カンパーイ!! ミルク様に栄光あれ!!」
「うおおおお! 飲めぇぇ! 今日は無礼講だぁぁ!」

夜空に魔法花火が打ち上がり、歓声と共に弾ける。

今日はミルク・シティの「開拓半年記念・大収穫祭」。
街の中央広場には巨大な櫓(やぐら)が組まれ、その周囲には無数の屋台が軒を連ねている。

『オリハルコンたこ焼き(鉄板の熱伝導率が違うので外カリ中トロ!)』
『スライムゼリーの冷やしスイーツ』
『ロック・ウルフの串焼き』

香ばしい匂いと熱気が、街全体を包み込んでいた。

私は領主館のバルコニーから、その光景を見下ろしていた。
手にはシャンパングラス。
そして、もう片方の手には――。

「……ふふ、ふふふ」

集計されたばかりの『本日の売上速報』を握りしめ、私は肩を震わせていた。

「すごい……! 観光客だけで五千人! 屋台の売上、宿泊費、カジノの収益、そして記念グッズの販売益……! たった一日で、王都の年間予算並みの利益が出ているわ!」

「お嬢様、顔が怖いです。夜叉のようになっています」

後ろでベッキーが呆れたように言う。

「失礼ね、これは『聖母の微笑み』よ」

私はグラスを掲げた。

「見て、ベッキー。民が笑っているわ。彼らが財布の紐を緩めるたびに、私の資産が増えていく。なんて美しい食物連鎖(エコシステム)なのかしら!」

「ええ、ええ。民衆も『ミルク様のおかげで毎日が給料日だ!』と崇めていますから、Win-Winですね」

この半年で、ミルク・シティは完全に化けた。
王都からの移住者は後を絶たず、帝国の富裕層もこぞって遊びに来る。
今やここは、大陸で最もホットな経済特区となっていた。

「さて、そろそろ主役の登場ね。最後の『集金』……いいえ、挨拶に行かなくちゃ」

私はドレスの裾を翻し、バルコニーを後にした。

   ◇

広場に降り立つと、凄まじい歓声で迎えられた。

「ミルク様ー!!」
「俺たちの女神様だー!!」
「一生ついていきますー!!」

もみくちゃにされそうになるのを、黒服の護衛(元・凄腕冒険者たち)が制する。

私は櫓の上に立ち、マイク代わりの拡声魔道具を握った。

「愛する市民の皆さん! 楽しんでいますかー!?」

『『『イェェェェェーーイ!!』』』

地鳴りのような返事。

「この半年、皆さんはよく働いてくれました! 何もない荒野で、文句も言わず(たまに言ってたけど)、私の無茶ぶりに耐えてくれました! その努力が、この黄金の都を作ったのです!」

私は一瞬言葉を切り、ニヤリと笑った。

「感謝のしるしとして……本日は、全屋台の飲食代を『半額』にします!!」

『『『うおおおおお!! ミルク様万歳!!』』』

「その代わり! 明日の朝からは通常営業、かつ『二日酔い回復薬(一本銀貨五枚)』を販売しますので、しっかり買って働いてくださいね!」

『『『はいぃぃぃぃ!!』』』

完璧な飴と鞭。
民衆のテンションは最高潮だ。

満足して壇上を降りようとした時、目の前に一人の男性が差し出された手を伸ばしてきた。

「……素晴らしい演説だ。独裁者としての才能もあるな」

氷の皇帝、シリウスだ。
今日の彼は、いつもの鎧姿ではなく、夜会用の漆黒のタキシードを纏っている。
その洗練された姿に、周囲の女性客たちから黄色い悲鳴が上がっている。

「あら、パートナー。貴方も楽しんでいらっしゃいますか?」

「ああ。貴様が作ったこの街の活気、悪くない」

シリウスは私の手を取り、そのまま強引に広場の中央へとエスコートした。

「えっ、ちょっと?」

「音楽が鳴っている。……踊るぞ、ミルク」

楽団が奏でるワルツが始まる。
民衆が「おおっ!」「お似合いだぞ!」と囃し立て、道を開ける。

断れる雰囲気ではない。
私は観念して、彼に身を預けた。

「……ダンスのステップごときで、追加料金は取りませんわよ」

「それは助かる。……しかし、貴様は踊りも完璧だな」

シリウスの手が私の腰をしっかりと支え、軽やかにリードする。
王宮の舞踏会よりも、ずっと力強く、そして心地よいリズム。

くるくると回る景色の中で、彼の蒼い瞳だけが私を捉えて離さない。

「ミルク」

「はい」

「半年、か。……貴様は本当によくやった」

耳元で囁かれる低音ボイス。

「俺の予想を遥かに超えている。貴様という女は、底が知れないな」

「褒めても何も出ませんわよ。……配当金以外は」

「フッ。……俺が欲しいのは金ではないと言ったはずだ」

シリウスの手が、私の腰をぐっと引き寄せた。
体が密着する。
彼の体温と、微かな香水の香りが包み込む。

「この街も、金も、貴様が作ったもの全てに価値がある。だが……俺にとって一番の『戦利品』は、貴様自身だ」

「……っ」

まただ。
この男は、隙あらば口説いてくる。

「陛下、公衆の面前ですわ」

「構わん。周知の事実にしてしまえば、他の虫がつかなくなる」

彼は楽しそうに笑い、さらにステップの速度を上げた。
私たちはまるで一つの生き物のように、光と歓声の渦の中を舞う。

(……悔しいけど)

私は彼の肩に手を置きながら、少しだけ素直になった。

(悪くないわね、こういうのも。……計算ずくじゃない、ただの楽しい時間っていうのも)

胸の奥が温かい。
金貨を数えている時の興奮とは違う、もっと穏やかで、満たされた感覚。

「……シリウス」

初めて、敬称なしで彼の名前を呼んだ。

「ん?」

「……ありがとう。貴方がいなければ、ここまで来れなかったわ」

ボソリと呟くと、彼は目を見開き、そして破顔した。
その笑顔は、花火よりも眩しかった。

「礼を言うのは俺の方だ。……愛しているぞ、ミルク」

ちゅっ。

彼は踊りながら、私の額にキスを落とした。

『『『ヒューヒューーーッ!!』』』

民衆の冷やかしが爆発する。
私は顔から火が出るほど赤くなり、「こ、これはビジネス上の演出です!」と叫ぼうとして――。

「伝令ーーッ!! 伝令ーーッ!!」

その甘い雰囲気を切り裂くように、一人の伝令兵が血相を変えて飛び込んできた。

音楽が止まる。
ざわめきが広がる。

「報告します!! 国境付近に、王国軍の旗が見えました!!」

伝令兵は息を切らせて叫んだ。

「その数、およそ五千! アレクサンダー王太子率いる正規軍が、このミルク・シティに向けて進軍中です!!」

「……なんですって?」

私の頭から、酔いが一瞬で吹き飛んだ。
代わりに、冷徹な計算機が再起動する。

「王国軍……五千?」

「は、はい! 『逆賊ミルクを討伐し、不当に占拠された領土と資産を回収する』と宣言しているそうです!」

広場がパニックに包まれる。
「戦争だ!」「殺される!」と逃げ惑う人々。

シリウスが私の腰から手を離し、スッと表情を「皇帝」のものに戻した。

「……来たか。愚かな元婚約者が、最後のあがきに」

彼は腰の剣に手をかけた。

「ミルク。俺の軍を出そう。あんな烏合の衆、一捻りだ」

「いいえ」

私は片手を挙げて、それを制した。

「待ってください、陛下」

私はゆっくりと、邪悪な笑みを浮かべた。

「せっかく向こうから『カモ』がネギを背負って鍋まで持ってきたのです。……ただ追い返すだけでは、芸がありませんわ」

私の目は、完全に「¥」の形になっていた。

「戦争? いいえ、これは『大規模な賠償金請求イベント』です。……徹底的に、骨の髄まで毟り取ってやりましょう」

私は壇上に戻り、震える民衆に向かって叫んだ。

「皆の者、慌てるな! お祭りはまだ終わらないわよ!」

私はシャンパングラスを地面に叩きつけ、高らかに宣言した。

「第2部、スタートよ! タイトルは『ざまぁ&大精算セール』! お客様(敵兵)を歓迎する準備をなさい!!」

こうして、私たちの祭りは、平和な収穫祭から、史上最も一方的で、最も利益率の高い「防衛戦」へと移行したのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ
恋愛
王国随一の名門に生まれたリディア王妃と、若き国王アレクシス。 二人は幼なじみで、三年前の政略結婚から穏やかな日々を過ごしてきた。 だが王の帰還は途絶え、宮廷に「王が隣国の姫と夜を共にした」との噂が流れる。 信じたいのに、確信に変わる光景を見てしまった夜。 王妃の孤独が始まり、沈黙の愛がゆっくりと崩れていく――。 誤解と嫉妬の果てに、愛を取り戻せるのか。 王宮を舞台に描く、切なく美しい愛の再生物語。

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

処理中です...