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「……パール、本当にここでやるのか? もっと屋敷の近くでいいだろうに」
ガイ様が、大きな籠を両手に抱えてぼやいた。
目の前に広がるのは、ベルフェゴール領を流れる清流、クリスタル・リバー。
川底まで透き通った水面が太陽に輝き、周囲には色とりどりの高山植物が咲き乱れている。
「何を仰るのですか、ガイ様。絶景は最高の調味料ですわ! 清らかな空気、せせらぎの音……これらが肉の旨味をさらに引き立てるのです!」
私はお気に入りのエプロンを締め直し、手際よく石を積んで即席のコンロを作り始めた。
今日のメニューは、昨日から秘伝のタレに漬け込んでおいた『黒鉄牛の特製串焼き』だ。
「……まあ、確かにいい景色だな。王都の連中に見せてやりたいぜ」
ガイ様が川辺に腰を下ろし、ふう、と息を吐く。
涼やかな風が彼の黒髪を揺らし、開いた襟元から覗く胸筋が眩しい。
普通の令嬢なら、このロマンチックなシチュエーションに頬を染めるところでしょう。
「ガイ様、見惚れている暇はありませんわ! 早く火を起こしてください! 炭の状態が最高潮に達するまで、あと十分しかありませんのよ!」
「……ああ。お前、本当にムードをぶち壊す天才だな」
ガイ様は苦笑しながらも、火打ち石を使い、慣れた手つきで火を熾した。
パチパチとはぜる炭の音。
私は、肉と野菜を交互に刺した巨大な串を、網の上に乗せた。
ジュウゥ……。
「……っ。この音、いつ聞いても心が洗われますわ」
「洗われるのかよ。焼ける音だろ」
「いいえ。これは肉が『美味しくなっていますよ』と私に語りかけている歌声ですわ。ほら、ガイ様。この脂が滴る瞬間を見て!」
私はトングを片手に、真剣な眼差しで肉の焼き加減を見守った。
火加減は強火の遠火。
表面を素早く焼き固め、中の肉汁を閉じ込めるのが鉄則だ。
「……なあ、パール」
「なんですの? 今、一番大事な『返し』のタイミングですので、手短にお願いしますわ」
「お前……。王都に帰りたくなったりはしねえのか?」
ガイ様の声が、少しだけ低くなった。
私はトングを止めて、彼の顔を見た。
彼は流れる川をじっと見つめていて、その横顔にはどこか寂しげな色が混じっている。
「帰りたくなりませんわ。あそこには、私の居場所(冷蔵庫)はありませんでしたもの」
「居場所じゃなくて冷蔵庫かよ」
「ええ。それに……」
私は焼き上がった串の一本を、ガイ様の口元に差し出した。
「あそこにいても、ガイ様と一緒に肉を焼くことはできませんでしたでしょう?」
「…………」
ガイ様が目を見開き、私を凝視した。
私はニコリと微笑み、肉をさらにグイッと押し出す。
「さあ、あーんしてくださいな。火傷に注意ですわよ」
「……あ、あーんって……。お前、恥ずかしくねえのかよ」
「美味しいものを前にして、恥じることなんて一つもありませんわ!」
ガイ様は顔を真っ赤にしながらも、意を決したように大きな口を開けた。
ガブリ、と串にかじりつく。
彼の喉が動き、肉が飲み込まれる。
「……どうかしら?」
「…………美味すぎて、言葉が出ねえ。お前の漬け込みタレ、何が入ってるんだ」
「ふふ、秘密ですわ。愛(スパイス)と、少々の果実酒ですのよ」
ガイ様は口元を拭い、照れ隠しに空を見上げた。
「……そうか。なら、俺もしばらくは、お前の『歌声』に付き合ってやるよ」
「まあ! それは心強いですわ。では、次はあちらの厚切りタンを焼きますわね!」
「……おう。全部食ってやるから、どんどん焼け」
クリスタル・リバーのほとり、炭火の熱気と肉の香りに包まれて。
私たちの距離は、確実に、ステーキのレアからミディアムレアくらいの絶妙な温度へと近づいていた。
(……ガイ様。あなたの『あーん』、とってもワイルドで素敵でしたわ。これは……おかわりが必要かもしれませんわね!)
恋の火種は、炭火よりもずっと静かに、けれど確実にパールの胸の中で燃え上がり始めていた。
ガイ様が、大きな籠を両手に抱えてぼやいた。
目の前に広がるのは、ベルフェゴール領を流れる清流、クリスタル・リバー。
川底まで透き通った水面が太陽に輝き、周囲には色とりどりの高山植物が咲き乱れている。
「何を仰るのですか、ガイ様。絶景は最高の調味料ですわ! 清らかな空気、せせらぎの音……これらが肉の旨味をさらに引き立てるのです!」
私はお気に入りのエプロンを締め直し、手際よく石を積んで即席のコンロを作り始めた。
今日のメニューは、昨日から秘伝のタレに漬け込んでおいた『黒鉄牛の特製串焼き』だ。
「……まあ、確かにいい景色だな。王都の連中に見せてやりたいぜ」
ガイ様が川辺に腰を下ろし、ふう、と息を吐く。
涼やかな風が彼の黒髪を揺らし、開いた襟元から覗く胸筋が眩しい。
普通の令嬢なら、このロマンチックなシチュエーションに頬を染めるところでしょう。
「ガイ様、見惚れている暇はありませんわ! 早く火を起こしてください! 炭の状態が最高潮に達するまで、あと十分しかありませんのよ!」
「……ああ。お前、本当にムードをぶち壊す天才だな」
ガイ様は苦笑しながらも、火打ち石を使い、慣れた手つきで火を熾した。
パチパチとはぜる炭の音。
私は、肉と野菜を交互に刺した巨大な串を、網の上に乗せた。
ジュウゥ……。
「……っ。この音、いつ聞いても心が洗われますわ」
「洗われるのかよ。焼ける音だろ」
「いいえ。これは肉が『美味しくなっていますよ』と私に語りかけている歌声ですわ。ほら、ガイ様。この脂が滴る瞬間を見て!」
私はトングを片手に、真剣な眼差しで肉の焼き加減を見守った。
火加減は強火の遠火。
表面を素早く焼き固め、中の肉汁を閉じ込めるのが鉄則だ。
「……なあ、パール」
「なんですの? 今、一番大事な『返し』のタイミングですので、手短にお願いしますわ」
「お前……。王都に帰りたくなったりはしねえのか?」
ガイ様の声が、少しだけ低くなった。
私はトングを止めて、彼の顔を見た。
彼は流れる川をじっと見つめていて、その横顔にはどこか寂しげな色が混じっている。
「帰りたくなりませんわ。あそこには、私の居場所(冷蔵庫)はありませんでしたもの」
「居場所じゃなくて冷蔵庫かよ」
「ええ。それに……」
私は焼き上がった串の一本を、ガイ様の口元に差し出した。
「あそこにいても、ガイ様と一緒に肉を焼くことはできませんでしたでしょう?」
「…………」
ガイ様が目を見開き、私を凝視した。
私はニコリと微笑み、肉をさらにグイッと押し出す。
「さあ、あーんしてくださいな。火傷に注意ですわよ」
「……あ、あーんって……。お前、恥ずかしくねえのかよ」
「美味しいものを前にして、恥じることなんて一つもありませんわ!」
ガイ様は顔を真っ赤にしながらも、意を決したように大きな口を開けた。
ガブリ、と串にかじりつく。
彼の喉が動き、肉が飲み込まれる。
「……どうかしら?」
「…………美味すぎて、言葉が出ねえ。お前の漬け込みタレ、何が入ってるんだ」
「ふふ、秘密ですわ。愛(スパイス)と、少々の果実酒ですのよ」
ガイ様は口元を拭い、照れ隠しに空を見上げた。
「……そうか。なら、俺もしばらくは、お前の『歌声』に付き合ってやるよ」
「まあ! それは心強いですわ。では、次はあちらの厚切りタンを焼きますわね!」
「……おう。全部食ってやるから、どんどん焼け」
クリスタル・リバーのほとり、炭火の熱気と肉の香りに包まれて。
私たちの距離は、確実に、ステーキのレアからミディアムレアくらいの絶妙な温度へと近づいていた。
(……ガイ様。あなたの『あーん』、とってもワイルドで素敵でしたわ。これは……おかわりが必要かもしれませんわね!)
恋の火種は、炭火よりもずっと静かに、けれど確実にパールの胸の中で燃え上がり始めていた。
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