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「……なんだ、この紙切れは」
ベルフェゴール領の広場。
掲示板を囲んでいた領民たちの中心で、精肉店主のバリクが鼻を鳴らした。
そこには、王都から派遣された伝令が貼り出したばかりの通達が揺れていた。
『警告:悪逆非道なるパール・ド・ラ・メールに注意せよ。彼女は嫉妬に狂い、罪なき令嬢を陥れた魔女である』
「おい、そこの店主! 笑い事ではないぞ! その女は今、この近くの公爵館に潜んでいるはずだ。早く捕らえないと、村中に呪いを振りまくぞ!」
伝令の若い男が、必死の形相で叫ぶ。
しかし、バリクをはじめとする村人たちの反応は冷ややかなものだった。
「……魔女ぉ? おいおい、あのお方が魔女なら、俺たちの胃袋はとっくに魔法で幸せにされちまってるぜ」
「何を言っているんだ! 彼女は冷酷で、人の心を持たない氷の令嬢だと聞いている!」
「氷ねえ。まあ、肉を冷やすときには冷徹だがな」
バリクが肩をすくめたその時。
広場の向こうから、何やら神聖な……いや、香ばしい煙と共に、一団がやってきた。
「皆様、お待たせいたしましたわ! 本日の『お肉感謝祭・試食会』、準備が整いましたわよ!」
台車を押して現れたのは、膝上までスカートをたくし上げ、腕まくりをしたパールだった。
その後ろには、大きな荷物を抱えたガイ様が、心底嫌そうな、それでいてどこか満足げな顔で続いている。
「おい、パール。こんな重い鉄板まで持ち出させて……。俺は領主だぞ、出前持ちじゃねえ」
「何を仰るのですか、ガイ様! 民の胃袋を掌握することこそ、真の統治ですわ!」
パールの登場に、村人たちが一斉に歓声を上げた。
「「「聖女様! お肉の聖女様だ!!」」」
伝令の男は、あんぐりと口を開けて固まった。
彼が知るパールの肖像画は、もっと冷たく、近寄りがたい貴婦人のはずだった。
目の前にいるのは、鼻の頭にススをつけ、トングを剣のように振り回す、活気に満ちた女性だ。
「さあ、本日のメインは『黒鉄牛のサイコロステーキ・山わさびソース添え』ですわ! この山わさびの刺激が、脂の甘みを引き立て、胃もたれを防ぐのです。これぞ、無限に食べ続けられる魔法の構成(レシピ)!」
「……おい、そこの魔女! いや、パール・ド・ラ・メール!」
伝令の男が、勇気を振り絞ってパールの前に立ちはだかった。
「貴様、こんなところで何をしている! 王都では貴様の悪行の数々が……」
「あら。あなた、王都からいらしたの? それはお疲れ様ですわね」
パールは男の言葉を遮るように、焼き立てのステーキを刺した串を差し出した。
「お腹、空いているのでしょう? 長旅で胃腸も疲れているはず。この赤身の多い部分なら、消化も良くて活力が出ますわよ。ほら、召し上がれ」
「なっ、毒でも入っているのか!? 私は騙されんぞ!」
「毒? 失礼ね。そんなもの、肉の味を損なうだけではありませんか。いいから食べなさい。これは、領主様直々の『おもてなし』ですわよ?」
パールの背後で、巨躯のガイ様が「食えよ」と無言の圧力をかける。
伝令の男は、震える手で串を受け取り、恐る恐る口に運んだ。
「――っ!!」
噛んだ瞬間に溢れ出す、力強い肉の旨味。
そして、鼻を抜ける山わさびの爽やかな刺激。
男の脳裏から、王都で聞いた「パールの悪評」が、脂と共に溶け出して消えていった。
「う……美味い。なんだこれ、今まで食べてきた肉は何だったんだ……」
「でしょう? さあ、おかわりはあちらにありますわ。噂を流す暇があるなら、咀嚼しなさい。人生は短いのよ、タンパク質を摂りなさい!」
「……は、はい! 聖女様!」
伝令の男は、自分が何を伝えに来たのかも忘れ、村人たちの列に並んだ。
「……おい、パール。いいのかよ、あいつは王都の犬だぞ。情報を流されるんじゃねえか?」
ガイ様が呆れ顔で尋ねる。
パールは、鉄板に残った肉汁をバゲットで拭いながら、不敵に微笑んだ。
「構いませんわ。彼が王都に戻って流す噂は、きっとこうなりますもの」
『パール様は、最高に美味い肉を焼く聖女である』と。
「……まあ、あいつの顔を見ればわかるな。肉には勝てねえよ、誰もな」
ガイ様はパールの頭を乱暴に撫でると、自分もバゲットを奪い取って口にした。
王都の悪意を、胃袋で粉砕する。
パールの辺境無双は、もはや誰も止められない領域に突入していた。
ベルフェゴール領の広場。
掲示板を囲んでいた領民たちの中心で、精肉店主のバリクが鼻を鳴らした。
そこには、王都から派遣された伝令が貼り出したばかりの通達が揺れていた。
『警告:悪逆非道なるパール・ド・ラ・メールに注意せよ。彼女は嫉妬に狂い、罪なき令嬢を陥れた魔女である』
「おい、そこの店主! 笑い事ではないぞ! その女は今、この近くの公爵館に潜んでいるはずだ。早く捕らえないと、村中に呪いを振りまくぞ!」
伝令の若い男が、必死の形相で叫ぶ。
しかし、バリクをはじめとする村人たちの反応は冷ややかなものだった。
「……魔女ぉ? おいおい、あのお方が魔女なら、俺たちの胃袋はとっくに魔法で幸せにされちまってるぜ」
「何を言っているんだ! 彼女は冷酷で、人の心を持たない氷の令嬢だと聞いている!」
「氷ねえ。まあ、肉を冷やすときには冷徹だがな」
バリクが肩をすくめたその時。
広場の向こうから、何やら神聖な……いや、香ばしい煙と共に、一団がやってきた。
「皆様、お待たせいたしましたわ! 本日の『お肉感謝祭・試食会』、準備が整いましたわよ!」
台車を押して現れたのは、膝上までスカートをたくし上げ、腕まくりをしたパールだった。
その後ろには、大きな荷物を抱えたガイ様が、心底嫌そうな、それでいてどこか満足げな顔で続いている。
「おい、パール。こんな重い鉄板まで持ち出させて……。俺は領主だぞ、出前持ちじゃねえ」
「何を仰るのですか、ガイ様! 民の胃袋を掌握することこそ、真の統治ですわ!」
パールの登場に、村人たちが一斉に歓声を上げた。
「「「聖女様! お肉の聖女様だ!!」」」
伝令の男は、あんぐりと口を開けて固まった。
彼が知るパールの肖像画は、もっと冷たく、近寄りがたい貴婦人のはずだった。
目の前にいるのは、鼻の頭にススをつけ、トングを剣のように振り回す、活気に満ちた女性だ。
「さあ、本日のメインは『黒鉄牛のサイコロステーキ・山わさびソース添え』ですわ! この山わさびの刺激が、脂の甘みを引き立て、胃もたれを防ぐのです。これぞ、無限に食べ続けられる魔法の構成(レシピ)!」
「……おい、そこの魔女! いや、パール・ド・ラ・メール!」
伝令の男が、勇気を振り絞ってパールの前に立ちはだかった。
「貴様、こんなところで何をしている! 王都では貴様の悪行の数々が……」
「あら。あなた、王都からいらしたの? それはお疲れ様ですわね」
パールは男の言葉を遮るように、焼き立てのステーキを刺した串を差し出した。
「お腹、空いているのでしょう? 長旅で胃腸も疲れているはず。この赤身の多い部分なら、消化も良くて活力が出ますわよ。ほら、召し上がれ」
「なっ、毒でも入っているのか!? 私は騙されんぞ!」
「毒? 失礼ね。そんなもの、肉の味を損なうだけではありませんか。いいから食べなさい。これは、領主様直々の『おもてなし』ですわよ?」
パールの背後で、巨躯のガイ様が「食えよ」と無言の圧力をかける。
伝令の男は、震える手で串を受け取り、恐る恐る口に運んだ。
「――っ!!」
噛んだ瞬間に溢れ出す、力強い肉の旨味。
そして、鼻を抜ける山わさびの爽やかな刺激。
男の脳裏から、王都で聞いた「パールの悪評」が、脂と共に溶け出して消えていった。
「う……美味い。なんだこれ、今まで食べてきた肉は何だったんだ……」
「でしょう? さあ、おかわりはあちらにありますわ。噂を流す暇があるなら、咀嚼しなさい。人生は短いのよ、タンパク質を摂りなさい!」
「……は、はい! 聖女様!」
伝令の男は、自分が何を伝えに来たのかも忘れ、村人たちの列に並んだ。
「……おい、パール。いいのかよ、あいつは王都の犬だぞ。情報を流されるんじゃねえか?」
ガイ様が呆れ顔で尋ねる。
パールは、鉄板に残った肉汁をバゲットで拭いながら、不敵に微笑んだ。
「構いませんわ。彼が王都に戻って流す噂は、きっとこうなりますもの」
『パール様は、最高に美味い肉を焼く聖女である』と。
「……まあ、あいつの顔を見ればわかるな。肉には勝てねえよ、誰もな」
ガイ様はパールの頭を乱暴に撫でると、自分もバゲットを奪い取って口にした。
王都の悪意を、胃袋で粉砕する。
パールの辺境無双は、もはや誰も止められない領域に突入していた。
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