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王都の高級社交場、『薔薇のサロン』。
そこは本来、令嬢たちの華やかな笑い声と、甘いお菓子の香りに包まれているはずの場所だった。
しかし、今のサロンを支配しているのは、まるでお通夜のような重苦しい沈黙と、カサカサに乾いた「草」の匂いだった。
「……奥様。お顔の色が、まるで茹でたアスパラガスのようですわ」
「あら、貴女こそ。そのお肌の質感、まるで一週間放置されたレタスのようじゃありませんこと?」
貴婦人たちが、力なく扇を動かしながら互いの不調を報告し合っている。
かつては「美しさを保つための菜食」を競い合っていた彼女たちだったが、いざ「肉」という選択肢がこの世から消えてみると、自分たちがどれほどタンパク質を必要としていたかを痛感していた。
「……聞いてちょうだい。昨日、うちの主人がついに、庭の鳩を追いかけ始めたのですわ」
「まあ、恐ろしい! でも分かりますわ。うちの執事も、先日、革靴を『煮込めばいけるのではないか』と真剣に見つめておりましたもの」
サロンの空気は、もはや優雅な社交の場ではなく、極限状態の避難所のようだった。
「……ねえ。思い出しませんこと? あの、忌々しい……いえ、今となっては懐かしい、パール様のことを」
一人の伯爵夫人が、消え入りそうな声で切り出した。
「パール様……。あの方が王都にいた頃は、少なくとも、週に一度は『最高級の鴨肉』や『霜降りのステーキ』が市場に流れていましたわね」
「そうですわ! 私たちが『あんなに肉ばかり買い占めて、品性がないわ!』と笑っていたあのおこぼれを、私たちは食べていたのですわ……!」
「あの方が『この肉、脂の乗りがイマイチだわ。……三級品として市場に流しなさい』と切り捨てたあの肉が、王都で一番の高級品だったなんて……」
貴婦人たちは、自分たちの無知と傲慢さを、今更ながらに呪った。
パールの「買い占め」は、ただの独占ではなかった。
彼女は、世界中の牧場主に「パール・ド・ラ・メールの審美眼(胃袋)に適う肉を納品すれば、金に糸目はつけない」と約束させ、王都へ向かう最高の流通ルートを作り上げていたのだ。
彼女がいなくなった今、牧場主たちは「パールのいない王都に、良い肉を運ぶ価値はない」と判断し、すべての出荷を停止。
あるいは、彼女のいる辺境へと直接、肉を運び始めていた。
「……あ、あの。奥様方、大変ですわ!」
一人の若い令嬢が、血相を変えてサロンに飛び込んできた。
「どうしたの? そんなに急いで……。まさか、肉の闇市でも見つかったの?」
「いいえ! エドワード殿下が……殿下が、ついに王宮の裏庭で『野うさぎ』の罠を自作していらっしゃる姿が目撃されましたわ!」
「「「な、なんですってーー!!?」」」
サロンに激震が走った。
一国の王太子が、食欲に負けて野生動物の狩猟に(素人が)手を出した。
それは王室の権威が、完全にもやしの下に屈した瞬間だった。
「もう限界ですわ! 殿下に直訴しましょう! パール様を、パール様を今すぐ連れ戻してと!」
「そうですわ! あの方が悪役令嬢だろうが、魔女だろうが構いません! 私たちの肌にツヤを、そして胃袋に重厚な満足感を与えてくださるなら、私たちはあの方を『肉の守護聖人』として崇めますわ!」
貴婦人たちは、カサカサの肌に鞭打ち、立ち上がった。
その目は、かつての流行を追う目ではなく、獲物を狙う肉食獣のそれに近かった。
「さあ、王宮へ行くわよ! ステーキを返せ! パール様を返せ!」
「おーーっ!!」
もやしとサラダに支配された王都で、ついに「肉の革命」の火蓋が切って落とされた。
一方、その頃。
辺境のパールは、ガイが仕留めてきた巨大な熊の肉を、特製の味噌に漬け込みながら、幸せそうに鼻歌を歌っていた。
「あら。なんだか、王都の方から『美味しい悲鳴』が聞こえてくるような気がしますわね?」
「……気のせいだろ。ほら、その肉、早く焼いてくれ。腹が減って動けねえ」
「ふふ、ガイ様は本当に食いしん坊さんですこと。今、最強の強火で焼き上げて差し上げますわ!」
パールの平和な肉生活と、王都の地獄絵図。
そのコントラストは、ますます深まっていくのであった。
そこは本来、令嬢たちの華やかな笑い声と、甘いお菓子の香りに包まれているはずの場所だった。
しかし、今のサロンを支配しているのは、まるでお通夜のような重苦しい沈黙と、カサカサに乾いた「草」の匂いだった。
「……奥様。お顔の色が、まるで茹でたアスパラガスのようですわ」
「あら、貴女こそ。そのお肌の質感、まるで一週間放置されたレタスのようじゃありませんこと?」
貴婦人たちが、力なく扇を動かしながら互いの不調を報告し合っている。
かつては「美しさを保つための菜食」を競い合っていた彼女たちだったが、いざ「肉」という選択肢がこの世から消えてみると、自分たちがどれほどタンパク質を必要としていたかを痛感していた。
「……聞いてちょうだい。昨日、うちの主人がついに、庭の鳩を追いかけ始めたのですわ」
「まあ、恐ろしい! でも分かりますわ。うちの執事も、先日、革靴を『煮込めばいけるのではないか』と真剣に見つめておりましたもの」
サロンの空気は、もはや優雅な社交の場ではなく、極限状態の避難所のようだった。
「……ねえ。思い出しませんこと? あの、忌々しい……いえ、今となっては懐かしい、パール様のことを」
一人の伯爵夫人が、消え入りそうな声で切り出した。
「パール様……。あの方が王都にいた頃は、少なくとも、週に一度は『最高級の鴨肉』や『霜降りのステーキ』が市場に流れていましたわね」
「そうですわ! 私たちが『あんなに肉ばかり買い占めて、品性がないわ!』と笑っていたあのおこぼれを、私たちは食べていたのですわ……!」
「あの方が『この肉、脂の乗りがイマイチだわ。……三級品として市場に流しなさい』と切り捨てたあの肉が、王都で一番の高級品だったなんて……」
貴婦人たちは、自分たちの無知と傲慢さを、今更ながらに呪った。
パールの「買い占め」は、ただの独占ではなかった。
彼女は、世界中の牧場主に「パール・ド・ラ・メールの審美眼(胃袋)に適う肉を納品すれば、金に糸目はつけない」と約束させ、王都へ向かう最高の流通ルートを作り上げていたのだ。
彼女がいなくなった今、牧場主たちは「パールのいない王都に、良い肉を運ぶ価値はない」と判断し、すべての出荷を停止。
あるいは、彼女のいる辺境へと直接、肉を運び始めていた。
「……あ、あの。奥様方、大変ですわ!」
一人の若い令嬢が、血相を変えてサロンに飛び込んできた。
「どうしたの? そんなに急いで……。まさか、肉の闇市でも見つかったの?」
「いいえ! エドワード殿下が……殿下が、ついに王宮の裏庭で『野うさぎ』の罠を自作していらっしゃる姿が目撃されましたわ!」
「「「な、なんですってーー!!?」」」
サロンに激震が走った。
一国の王太子が、食欲に負けて野生動物の狩猟に(素人が)手を出した。
それは王室の権威が、完全にもやしの下に屈した瞬間だった。
「もう限界ですわ! 殿下に直訴しましょう! パール様を、パール様を今すぐ連れ戻してと!」
「そうですわ! あの方が悪役令嬢だろうが、魔女だろうが構いません! 私たちの肌にツヤを、そして胃袋に重厚な満足感を与えてくださるなら、私たちはあの方を『肉の守護聖人』として崇めますわ!」
貴婦人たちは、カサカサの肌に鞭打ち、立ち上がった。
その目は、かつての流行を追う目ではなく、獲物を狙う肉食獣のそれに近かった。
「さあ、王宮へ行くわよ! ステーキを返せ! パール様を返せ!」
「おーーっ!!」
もやしとサラダに支配された王都で、ついに「肉の革命」の火蓋が切って落とされた。
一方、その頃。
辺境のパールは、ガイが仕留めてきた巨大な熊の肉を、特製の味噌に漬け込みながら、幸せそうに鼻歌を歌っていた。
「あら。なんだか、王都の方から『美味しい悲鳴』が聞こえてくるような気がしますわね?」
「……気のせいだろ。ほら、その肉、早く焼いてくれ。腹が減って動けねえ」
「ふふ、ガイ様は本当に食いしん坊さんですこと。今、最強の強火で焼き上げて差し上げますわ!」
パールの平和な肉生活と、王都の地獄絵図。
そのコントラストは、ますます深まっていくのであった。
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