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「……ルル、大丈夫かい? 顔色が、しらたきのように真っ白だ」
王宮の一角、エドワード王子の私室。
エドワードは、震える手でルルの肩を抱いた。
目の前にあるのは、本日の三食目となる「しらたきのコンソメスープ・空気添え」である。
「……ええ、エドワード様。ルルは、平気ですわ……。ただ、少しだけ、視界の端で牛さんがダンスを踊っているだけで……」
「ルル! しっかりするんだ! 牛の幻覚を見るなんて、相当末期じゃないか!」
エドワードは悲痛な声を上げたが、彼自身も、ルルのリボンが特上ロースの脂身に見えて仕方がなかった。
「……エドワード様、ルルは少し、お花を摘みに行ってまいりますわ。一人にしてくださる?」
「ああ。無理をしないでくれよ、ルル。君に何かあったら、私はもやしを食べる気力さえ失ってしまう」
ルルは弱々しく微笑むと、ふらふらとした足取りで部屋を出た。
しかし、扉が閉まった瞬間。
彼女の瞳から「可憐な乙女」の光が消え、飢えた野獣の鋭い輝きが宿った。
「……やってられるか。もやしともやしと豆苗と、たまに、しらたきだと? ここは修道院か? いや、修道院だってもう少しマシなもん食ってるだろうが!」
ルルは舌打ちをすると、慣れた手つきで王宮の廊下を音もなく駆け抜けた。
彼女が向かったのは、エドワードの執務室の裏にある、隠し金庫だ。
「あったわ……。エドワード様が『万が一の時のための亡命資金』として隠していた金貨の袋。……ごめんなさいね殿下、これは今、私の『胃袋』を救うための軍資金にさせていただきますわ」
ルルは金貨の袋をドレスの懐にねじ込むと、王宮の裏口へと急いだ。
そこには、事前に手配しておいた「闇の肉商人」が待っているはずだった。
深夜の路地裏。
フードを深く被った怪しげな男が、一つの木箱を持って立っていた。
「……例のものは、持ってきたわね?」
ルルは低い声で尋ねた。
王宮で見せる甘ったるい声とは、正反対のドスの利いた声だ。
「へへ、お嬢さん。無茶言いますぜ。今、王都で『本物の肉』を手に入れるのがどれだけ大変か、分かってんでしょう? パール様がルートを潰しちまってから、裏値は跳ね上がる一方だ」
「分かってるわよ。これを見なさい」
ルルが金貨を一枚、男に投げた。
男はそれをガブリと噛み、満足げに頷いた。
「……いいでしょう。取っておきの『熟成ベーコンの端切れ』と、『干し肉のクズ』だ。今の王都じゃ、これがダイヤモンドより価値がある」
男が木箱を開けると、そこには、わずかに脂の乗った肉の欠片が転がっていた。
それを見た瞬間、ルルの理性が完全に崩壊した。
「……っ、ああ……!!」
ルルは商人の手から箱を奪い取ると、素手で肉を掴み、口の中に押し込んだ。
「んんんんんんっっっ!!! 肉! これよ! この咀嚼音! この胃に溜まる重厚感! もやしにはない、圧倒的なパワーを感じるわ!」
「お、おい、お嬢さん。そんなに急いで食うと喉に詰めるぜ」
「うるさいわね! あんた、この一週間、私がどれだけ豆苗に囲まれて生きてきたか分かってるの!? 鏡を見るたびに、自分が植物人間に変わっていく恐怖が分かる!?」
ルルは涙を流しながら、干し肉を噛み締め続けた。
彼女もまた、パールに負けず劣らずの食いしん坊だったのだ。
ただ、彼女にはパールのような「肉を育てる知識」も「正当に買い占める財力」もなかった。
だから、可憐なフリをしてエドワードに取り入り、美味しい汁を吸おうとしただけなのだ。
「……ふう。少し落ち着いたわ」
ルルは口の周りの脂をドレスの袖で拭うと、冷徹な目で商人を見た。
「次の取引は三日後よ。次は『骨』を持ってきなさい。出汁を取って、こっそりもやしスープに混ぜるんだから」
「へいへい。金の続く限りは、お付き合いいたしましょう」
商人が闇に消えるのを見送ると、ルルは再び「可憐なルル」の仮面を被り、王宮へと戻った。
その頃、エドワードは自室で、ルルから借りた香水の匂いを嗅ぎながら空腹を凌いでいた。
「……ルルは、本当に清らかな子だ。こんなに食糧難なのに、文句一つ言わずに耐えてくれている。……それに比べてパールは、今頃どこかで、下品に肉を貪っているんだろうな」
エドワードは、ルルが自分の亡命資金を「干し肉のクズ」に変えて胃に収めたことも知らずに、月の光を浴びながらため息をついた。
「……パール。手紙を読めば、君も後悔するはずだ。私の側で、もやしを分かち合える幸せに気づくはずなんだ……」
王都の勘違いは、もはや救いようのないレベルに達していた。
一方、北の辺境では、エドワードからの手紙を預かった伝令が、ついにガイの屋敷へと到着しようとしていた。
王宮の一角、エドワード王子の私室。
エドワードは、震える手でルルの肩を抱いた。
目の前にあるのは、本日の三食目となる「しらたきのコンソメスープ・空気添え」である。
「……ええ、エドワード様。ルルは、平気ですわ……。ただ、少しだけ、視界の端で牛さんがダンスを踊っているだけで……」
「ルル! しっかりするんだ! 牛の幻覚を見るなんて、相当末期じゃないか!」
エドワードは悲痛な声を上げたが、彼自身も、ルルのリボンが特上ロースの脂身に見えて仕方がなかった。
「……エドワード様、ルルは少し、お花を摘みに行ってまいりますわ。一人にしてくださる?」
「ああ。無理をしないでくれよ、ルル。君に何かあったら、私はもやしを食べる気力さえ失ってしまう」
ルルは弱々しく微笑むと、ふらふらとした足取りで部屋を出た。
しかし、扉が閉まった瞬間。
彼女の瞳から「可憐な乙女」の光が消え、飢えた野獣の鋭い輝きが宿った。
「……やってられるか。もやしともやしと豆苗と、たまに、しらたきだと? ここは修道院か? いや、修道院だってもう少しマシなもん食ってるだろうが!」
ルルは舌打ちをすると、慣れた手つきで王宮の廊下を音もなく駆け抜けた。
彼女が向かったのは、エドワードの執務室の裏にある、隠し金庫だ。
「あったわ……。エドワード様が『万が一の時のための亡命資金』として隠していた金貨の袋。……ごめんなさいね殿下、これは今、私の『胃袋』を救うための軍資金にさせていただきますわ」
ルルは金貨の袋をドレスの懐にねじ込むと、王宮の裏口へと急いだ。
そこには、事前に手配しておいた「闇の肉商人」が待っているはずだった。
深夜の路地裏。
フードを深く被った怪しげな男が、一つの木箱を持って立っていた。
「……例のものは、持ってきたわね?」
ルルは低い声で尋ねた。
王宮で見せる甘ったるい声とは、正反対のドスの利いた声だ。
「へへ、お嬢さん。無茶言いますぜ。今、王都で『本物の肉』を手に入れるのがどれだけ大変か、分かってんでしょう? パール様がルートを潰しちまってから、裏値は跳ね上がる一方だ」
「分かってるわよ。これを見なさい」
ルルが金貨を一枚、男に投げた。
男はそれをガブリと噛み、満足げに頷いた。
「……いいでしょう。取っておきの『熟成ベーコンの端切れ』と、『干し肉のクズ』だ。今の王都じゃ、これがダイヤモンドより価値がある」
男が木箱を開けると、そこには、わずかに脂の乗った肉の欠片が転がっていた。
それを見た瞬間、ルルの理性が完全に崩壊した。
「……っ、ああ……!!」
ルルは商人の手から箱を奪い取ると、素手で肉を掴み、口の中に押し込んだ。
「んんんんんんっっっ!!! 肉! これよ! この咀嚼音! この胃に溜まる重厚感! もやしにはない、圧倒的なパワーを感じるわ!」
「お、おい、お嬢さん。そんなに急いで食うと喉に詰めるぜ」
「うるさいわね! あんた、この一週間、私がどれだけ豆苗に囲まれて生きてきたか分かってるの!? 鏡を見るたびに、自分が植物人間に変わっていく恐怖が分かる!?」
ルルは涙を流しながら、干し肉を噛み締め続けた。
彼女もまた、パールに負けず劣らずの食いしん坊だったのだ。
ただ、彼女にはパールのような「肉を育てる知識」も「正当に買い占める財力」もなかった。
だから、可憐なフリをしてエドワードに取り入り、美味しい汁を吸おうとしただけなのだ。
「……ふう。少し落ち着いたわ」
ルルは口の周りの脂をドレスの袖で拭うと、冷徹な目で商人を見た。
「次の取引は三日後よ。次は『骨』を持ってきなさい。出汁を取って、こっそりもやしスープに混ぜるんだから」
「へいへい。金の続く限りは、お付き合いいたしましょう」
商人が闇に消えるのを見送ると、ルルは再び「可憐なルル」の仮面を被り、王宮へと戻った。
その頃、エドワードは自室で、ルルから借りた香水の匂いを嗅ぎながら空腹を凌いでいた。
「……ルルは、本当に清らかな子だ。こんなに食糧難なのに、文句一つ言わずに耐えてくれている。……それに比べてパールは、今頃どこかで、下品に肉を貪っているんだろうな」
エドワードは、ルルが自分の亡命資金を「干し肉のクズ」に変えて胃に収めたことも知らずに、月の光を浴びながらため息をついた。
「……パール。手紙を読めば、君も後悔するはずだ。私の側で、もやしを分かち合える幸せに気づくはずなんだ……」
王都の勘違いは、もはや救いようのないレベルに達していた。
一方、北の辺境では、エドワードからの手紙を預かった伝令が、ついにガイの屋敷へと到着しようとしていた。
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