婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「ココア・ガナッシュ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄する!」

王立学園の卒業パーティー。

きらびやかなシャンデリアの下、王太子ジェラルドの高らかな宣言が響き渡った。

美しいワルツを奏でていた楽団の手が止まり、楽しげに談笑していた貴族たちの視線が一斉に突き刺さる。

広間の中心には、顔を真っ赤にして指を突きつけるジェラルド殿下。

その腕には、ピンク色の髪をふわふわとさせた小柄な少女、男爵令嬢のマシュマロがしがみついている。

そして、糾弾された私、ココア・ガナッシュは、その光景を扇子の隙間から冷静に見つめていた。

(……来た)

扇子の下で、唇が歓喜に歪むのを必死に抑える。

(やっと来たわ! この瞬間が!)

私はゆっくりと扇子を閉じ、優雅な所作で一礼した。

「承知いたしました」

「……は?」

ジェラルド殿下が間の抜けた声を上げる。

彼が予想していたのは、私が泣き叫んで足元に縋り付く姿か、あるいは怒り狂って暴れる姿だったのだろう。

しかし、私はビジネスパートナーとの契約が満了した時のような、清々しい笑顔を向けていた。

「婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。長らくのご愛顧、誠にありがとうございました」

「ま、待て! なんだその態度は! 貴様は悔しくないのか!?」

「悔しい? まさか。殿下のご決断を尊重するのが臣下の務めですから」

私は内心でガッツポーズを決める。

幼い頃から家同士の都合で決められた婚約。

王太子妃教育という名の拘束時間。

そして何より、この浪費家で無能な王子に貢がされ続けた莫大な交際費。

それら全てから解放されるのだ。

悔しいどころか、祝杯をあげたい気分である。

「殿下、ココア様が強がっていらっしゃいます……かわいそう」

マシュマロが嘘泣きをしながら、ジェラルド殿下の胸に顔を埋める。

「おお、マシュマロ。君はなんと優しいのだ。それに引き換え、ココア! 貴様は彼女に対して数々の嫌がらせを行ってきたな!」

「嫌がらせ、でございますか?」

「とぼけるな! 教科書を隠したり、階段から突き落とそうとしたり、お茶会で無視したりしただろう!」

身に覚えのない罪状が次々と読み上げられる。

典型的な冤罪だ。

だが、今の私にとって真実などどうでもいい。

重要なのは、この「婚約破棄」を確定事項にし、かつ損害を回収することだけ。

「殿下がそう仰るなら、そういうことなのでしょう。反論はいたしません」

「認めるのだな! この悪役令嬢め!」

「はいはい、悪役で結構です。それで、婚約破棄の手続きは今すぐ行っていただけるのですよね?」

私が話を先に進めようとすると、ジェラルド殿下は不満げに鼻を鳴らした。

「貴様には追放処分を言い渡すつもりだったが、その潔さに免じて許してやろう。ただし、今後一切王宮に足を踏み入れることは許さん!」

「もちろんです。二度と参りません」

「うむ。ならば去れ!」

ジェラルド殿下が勝ち誇ったように手を振る。

周囲の貴族たちも、「やはり噂通りの悪女だったか」「王太子殿下が気の毒だ」などとひそひそ話しているのが聞こえる。

私はドレスの裾を翻して背を向け――そして、ピタリと足を止めた。

「ああ、失礼いたしました。一つだけ、清算すべき案件が残っておりました」

「なんだ? まだ何か言いたいことでも……」

私は懐から、分厚い羊皮紙の束を取り出した。

昨晩、徹夜で仕上げた渾身の書類である。

「婚約破棄は合意いたしますが、これまでの『経費』については、きっちりと清算していただきたく」

「け、経費だと?」

「はい。こちらが請求書になります」

私は羊皮紙を広げ、ジェラルド殿下の目の前に突きつけた。

そこには、ズラリと数字が羅列されている。

「えー、まずはこちら。殿下がマシュマロ様にプレゼントされた宝石類。これらは全て私の個人口座から引き落とされております。締めて金貨三百枚」

「なっ……」

「次に、殿下が『視察』と称してカジノで遊ばれた際の補填金。これが金貨五百枚」

「そ、それは……」

「さらに、マシュマロ様がご実家の屋根を直したいと仰った際のリフォーム代、殿下が無断で私の名前を使ってツケにした最高級ワイン代、その他諸々……合計いたしますと、金貨二千五百八十枚になります」

会場が静まり返る。

金貨一枚で平民が一年暮らせると言われるこの国で、その金額は天文学的な数字だった。

「慰謝料はいただきませんが、こちらの『立替金』に関しては、即時一括返済をお願いいたします」

「そ、そんな金、あるわけないだろう!」

ジェラルド殿下が顔面蒼白で叫ぶ。

「ない? おかしいですね。殿下は次期国王。国庫からではなく、ご自身の王室予算があるはずですが?」

「それは……もう、使い切って……」

「なーんだ。文無しでしたか」

私はわざとらしくため息をつき、冷ややかな視線を送る。

「では、誓約書にサインを。返済期限は一週間後。もし返済が滞った場合は、殿下の私有財産、並びに王位継承権の一部を担保として差し押さえさせていただきます」

「王位継承権だと!? そんなことできるわけが……」

「できますよ。我がガナッシュ家は、王国の財務を裏で支える大商家。契約不履行に対する取り立てに関しては、法の手続きを熟知しております」

私はにっこりと笑い、羽ペンを殿下の鼻先に突きつけた。

「さあ、サインを。それとも、今ここで衛兵を呼んで、詐欺罪で立件しましょうか?」

「ひっ……」

ジェラルド殿下の顔から血の気が引いていく。

マシュマロも事態が飲み込めていないのか、ぽかんと口を開けている。

「ま、待ってくれココア! 私たちは愛し合っていた仲じゃないか!」

「愛? そんな不確かなものでお腹は膨れませんし、ドレスも買えません。私が信じるのは、確かな数字とゴールドだけです」

「き、鬼だ……貴様は人の心がないのか!」

「商人に必要なのは心ではなく、そろばんです。さあ、早く」

周囲の貴族たちが息を呑んで見守る中、震える手でジェラルド殿下がサインをする。

羊皮紙にインクが乗った瞬間、私はそれを素早く回収し、大切に懐へしまった。

「毎度あり! これにて婚約破棄、正式に成立とさせていただきます!」

私は晴れやかな笑顔で、呆然とする元婚約者と、その浮気相手に別れを告げる。

「それでは殿下、マシュマロ様。末長くお幸せに……あ、マシュマロ様。そのネックレス、来週までに返済がなければ私が回収しますので、傷つけないように扱ってくださいね?」

「えっ、いや、これは……」

「ごきげんよう!」

私は踵を返し、颯爽と会場を後にした。

背後から何か叫び声が聞こえた気もしたが、小銭の落ちる音より価値のない雑音だ。

夜風が心地よい。

自由だ。私は自由になったのだ。

「さて……これで王都にいられるのもあと僅か。実家に知れたら勘当は免れないでしょうし」

馬車に乗り込み、私は次の計画を頭の中で組み立て始めた。

慰謝料代わりのこの債権回収、そしてこれから始まる私の新生活。

「まずは店舗物件を探さないと。悪役令嬢というネームバリュー、使い倒して差し上げますわ!」

月明かりの下、私は新しい商売のアイデアに胸を躍らせ、強く拳を握りしめた。

私の商魂たくましい冒険は、ここから始まるのだ。
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