婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「お嬢様! 大変です! 王都中の新聞が一面トップでお嬢様のことを!」

翌朝。

私の自室に飛び込んできたのは、専属侍女のモカだった。

彼女の手には、インクの匂いも新しい大衆新聞が握りしめられている。

私は優雅にモーニングティー(特売の茶葉)を啜りながら、その新聞を受け取った。

「あら、仕事が早いわね。どれどれ」

見出しには、おどろおどろしいフォントでこう書かれていた。

『希代の悪女ココア! 王太子殿下を金で脅す!』

『聖女マシュマロ様をいじめた冷血令嬢、その余罪とは!?』

記事の中身も酷いものだ。

あることないこと……いや、九割方「ないこと」が書かれている。

私が闇ギルドと通じているだの、毎晩生き血を啜っているだの、もはやファンタジー小説の域だ。

「お嬢様……悔しくないのですか!? こんなデタラメを書かれて!」

モカが涙目で訴える。

しかし、私は新聞の隅々まで目を通すと、満足げに頷いた。

「素晴らしいわ」

「は、はい?」

「見て、この発行部数。それに王都だけでなく、地方版にも掲載されているわ。つまり、今この国で『ココア・ガナッシュ』の名前を知らない人間はいなくなったということよ」

私は立ち上がり、窓の外を見下ろす。

屋敷の門の前には、野次馬たちが集まっているのが見えた。

「通常、これだけの知名度を得るには、どれだけの宣伝広告費がかかると思う? ビラ配りだけでも金貨数百枚は下らないわ。それが、タダよ? タダ!」

「で、ですが……悪名ですよ?」

「悪名も無名に勝る、よ。商売において一番怖いのは『誰にも知られていないこと』。知られてさえいれば、あとはどうとでもなるわ」

私はくるりと振り返り、モカに指示を飛ばした。

「厨房へ行くわよ。準備して」

「厨房……ですか? 朝食ならもう……」

「違うわ。新商品の開発よ。この『悪役令嬢ブーム』が冷めないうちに、売り逃げするの」

「は、はあ……」

***

ガナッシュ家の広大な厨房。

料理長たちが怯える中、私は大量の赤唐辛子とスパイスを並べていた。

「お、お嬢様……これを使って何をお作りになるおつもりで?」

「クッキーよ」

「クッキー!? これほど大量の激辛スパイスを入れてですか!? 殺人未遂で捕まりますぞ!」

「失礼ね。ちゃんと砂糖も入れるわよ。コンセプトは『悪役令嬢の嫉妬味』。食べた瞬間、口の中が業火に焼かれるような刺激、そして後からほんのりと香る甘さ……これぞ、今の私そのものじゃない?」

「いや、お嬢様は甘くないですが……」

料理長のツッコミを無視し、私は試作に取り掛かる。

真っ赤な生地を型抜きし、オーブンへ。

やがて、目や鼻を刺激する強烈な香りが厨房に充満し始めた。

「ごほっ、ごほっ! 目が、目が痛い!」

「換気! 換気をしろー!」

料理人たちが逃げ惑う中、私は焼きあがった毒々しい赤色のクッキーを手に取る。

見た目は最悪。匂いは凶悪。

一口かじってみる。

「……辛っ!!」

舌が痺れ、喉が焼けるようだ。

水、水!

しかし、水を飲んだ後に残ったのは、妙な爽快感と、後を引くスパイスの旨味だった。

「これよ……これはいけるわ!」

「い、いけるんですか……?」

モカが恐る恐る尋ねる。

「ええ。人間というのは怖いもの見たさが大好きな生き物なの。『あの悪役令嬢が作った激辛クッキー』なんて言われたら、話のネタに一度は食べてみたくなるでしょ?」

「まあ、確かに……罰ゲーム用とかなら……」

「そう! その需要よ! 早速量産体制に入って。パッケージには私の似顔絵を、こう、意地悪そうな顔で描いてちょうだい。商品名は……そうね」

私は少し考え、ニヤリと笑った。

「『悪役令嬢の火吹きスナック ~お前も婚約破棄してやろうか~』で決定よ!」

***

翌日。

ガナッシュ商会の店頭には、長蛇の列ができていた。

「これがあの悪女のクッキーか!」

「食ったら呪われるって噂だぞ!」

「俺、度胸試しに食ってみるわ!」

客層は主に、好奇心旺盛な若者や、話のネタを探している貴族の放蕩息子たちだ。

彼らは面白半分でクッキーを買い、その場で食べ、そして叫ぶ。

「ぐあーーっ! 辛えええええ!!」

「火が出る! マジで口から火が出る!」

「でも……なんかもう一枚食いたくなるな」

「ビール! ビール持ってこい!」

阿鼻叫喚の地獄絵図だが、商品は飛ぶように売れていく。

さらに、辛さを中和するためのミルクや甘いジュースをセット販売したところ、そちらも爆発的に売れた。

私は店の奥で、積み上がる売上金を見ながらそろばんを弾く。

「原価率一割以下の小麦粉と余り物のスパイスが、こんな高値で売れるなんて……やっぱり『悪役令嬢ブランド』は最強ね」

「お嬢様……本当に商才がおありなんですね……」

モカが呆れ半分、尊敬半分といった表情で呟く。

「あら、感心している場合じゃないわよ。次は『王太子の涙味(激しょっぱい塩飴)』を出す予定なんだから」

「そ、それはさすがに不敬罪では……」

「名前を伏せればいいのよ。『某高貴な方の涙』とかにしてね」

チャリン、チャリン。

硬貨のぶつかる音が、私にとってはどんな音楽よりも心地よい。

だが、この騒ぎを私の「実家」が黙って見ているはずもなかった。

「ココア! ちょっと来なさい!」

店の奥から、父の怒鳴り声が響く。

ガナッシュ伯爵家の現当主であり、私にスパルタ商売教育を施した張本人。

しかし、彼は「王家との繋がり」を何より重視する保守的な商人でもあった。

「チッ……来たわね」

私は舌打ちをしつつ、売上金を金庫にしまい込む。

「モカ、店番を頼むわ。あと、追加の発注も忘れずにね」

「は、はい! でもお父様、すごく怒ってますよ……?」

「大丈夫。計算通りよ」

私はエプロンを外し、父の待つ執務室へと向かう。

この屋敷を出ていく準備は、もう私の頭の中で完璧に整っていた。

悪役令嬢ビジネスの第一段階は成功。

次は、いよいよ「独立」の時だ。

「お待たせしました、お父様。本日の売上報告ですか?」

私は涼しい顔で、怒り狂う父の前に立った。
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