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「本日の純利益、確定しました。……過去最高益です」
深夜の『ウィックド・カフェ』。
閉店作業を終えた私は、金庫の前でパチパチとそろばんを弾き、満足げに息を吐いた。
「ジェラルド殿下が連れてきた騎士団と、その騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬効果ね。やはり『悪名は無名に勝る』だわ」
「ああ。君のマーケティング戦略には恐れ入るよ」
向かいの席でコーヒーを飲んでいたルーカスが、カップを置きながら頷く。
彼はこの一週間、投資家として、そして時にはウェイター兼清掃員として、私の店に入り浸っていた。
おかげで彼のファン(主に貴婦人層)も来店するようになり、客層の幅が広がっている。
「それで、オーナー。今月の配当金ですが……」
私が金貨の袋を差し出そうとすると、ルーカスはそれを手で制した。
「金の話は後だ。今日は、君に別の『提案』がある」
「提案? 新メニューのアイデアですか?」
「いや。もっと長期的な……人生における包括的な業務提携の話だ」
ルーカスは真剣な眼差しで私を見据えた。
その瞳は、いつになく熱を帯びているように見える。
もしや、追加出資の話だろうか?
それとも、ついにこの店を買収(M&A)する気になったのか?
私の脳内で電卓が高速回転を始める。
「ココア。単刀直入に言おう」
彼は立ち上がり、テーブル越しに私の手を取った。
「君が欲しい」
「……はい?」
「君のその計算高さ、徹底したコスト意識、そして敵を容赦なく搾取する胆力……その全てが、今の僕には必要不可欠なんだ」
私は瞬きをした。
これは……いわゆる、ヘッドハンティングというやつだろうか?
「あー……それは、ヴァレンタイン商会への引き抜きということでしょうか? 確かに私は優秀ですが、雇われ店長になる気はありませんよ? あくまで独立した経営者として……」
「違う。商会の話ではない」
ルーカスは私の言葉を遮り、さらに強く手を握りしめた。
「僕の家……ヴァレンタイン公爵家に来てほしい」
「公爵家に?」
「そうだ。そして、僕の妻になってくれ」
「…………は?」
時が止まった。
妻? ワイフ?
商売用語辞典のどこを探しても、利益率の計算式が出てこない単語だ。
「つ、妻って……あの、結婚するということですか?」
「法的および社会的な契約関係を結ぶ、という意味だ」
ルーカスは淡々と言うが、言っている内容はとんでもないことだ。
「ちょっと待ってください。私と貴方は、出会ってまだ一週間ですよ? それに私は悪評まみれの元婚約破棄令嬢。公爵家の品位に関わるのでは?」
「品位? そんなもので飯は食えないと言ったのは君だ」
「それはそうですけど!」
「それに、これは感情論ではない。極めて合理的な判断だ」
ルーカスは懐から一枚の書類を取り出した。
そこには『ヴァレンタイン公爵家 財務状況報告書(極秘)』と書かれている。
「これを見てくれ」
「……これは?」
恐る恐る中身を見ると、そこには目を覆いたくなるような数字が並んでいた。
「赤字……いえ、ギリギリ黒字ですけど、資産規模に対して利益率が悪すぎますわ! 使途不明金が多すぎるし、人件費も適正値の倍以上……なんだこの『親戚交際費』って!?」
私が悲鳴を上げると、ルーカスは苦々しげに頷いた。
「そうだ。僕が個人で稼いだ事業収益を、本家の公爵家が湯水のように浪費している。親戚たちは『貴族の義務』だの『付き合い』だのと言って僕にたかり、使用人たちも旧態依然とした体制に胡座をかいている」
「なんてこと……お金が泣いていますわ!」
「僕も改革を試みたが、身内には甘くなってしまうし、彼らは僕が『冷徹公爵』と呼ばれることを利用して、外面だけ良く取り繕う。……だから、必要なんだ」
ルーカスは私の瞳を覗き込んだ。
「君のような、情に流されず、悪役を演じきることを厭わない『劇薬』が」
「……つまり、公爵家の経営再建担当(再建屋)をやれと?」
「正確には、公爵夫人という権限を持った上で、家政を掌握し、無駄を徹底的に排除してほしい。君になら、家計の全権を委ねられる」
なるほど。
愛の告白かと思いきや、ただの業務委託契約だった。
ロマンチックのかけらもない。
だが、私の心はトキメキとは別の意味で高鳴っていた。
公爵家の家計改革。
それはつまり、王太子の小遣い帳とは比較にならないほど巨額の資金を動かせるということだ。
無駄を削ぎ落とし、利益を生み出す快感。
想像しただけでゾクゾクする。
「……条件は?」
私はビジネスモードの顔つきに戻り、問いかけた。
ルーカスもニヤリと笑う。
「契約期間はとりあえず一年。報酬は、削減した経費の三割を成功報酬として支払う。衣食住は全て公爵家持ち。もちろん、君のこの店の経営も続けて構わない」
「削減額の三割……」
私は頭の中で計算する。
この報告書を見る限り、無駄な経費は年間金貨数万枚規模だ。
その三割となれば……。
(……億万長者になれるわ)
ゴクリ、と唾を飲む。
しかし、安売りはしない。
「四割です」
「……なんだと?」
「三割では足りません。私は『悪役令嬢』として、貴方の親戚中から恨まれることになるんですよ? 精神的ストレスに対する手当を含めれば、四割が妥当です」
「む……さすがに四割は……」
「嫌なら結構です。私はこの店で、ちまちまと小金を稼いで生きていきますから」
私が手を引こうとすると、ルーカスは慌てて引き止めた。
「わ、わかった! 四割だ! ただし、一年以内に黒字額を倍増させること。それが達成できなければ契約解除だ」
「望むところです。倍増どころか、三倍にして差し上げますわ!」
「交渉成立だな」
「ええ、喜んでお受けします、旦那様(パートナー)」
私たちはガッチリと握手を交わした。
愛の誓い? いいえ、契約の締結だ。
指輪の交換も、誓いのキスもない。
あるのは、互いの利益と算盤勘定だけ。
「では、早速ですが明日から屋敷に入ってもらう。荷造りをしておいてくれ」
「了解しました。あ、この店はどうしましょう?」
「モカという優秀な侍女がいただろう? 彼女を店長に据えればいい。君の指示通りに動く駒としては最適だ」
「あら、よく見ていらっしゃる。では、モカを呼び寄せて……ふふっ、忙しくなりそうですわね」
私はワクワクしながら、まだ見ぬ公爵邸の「無駄」たちに思いを馳せた。
どんな贅沢品があるのかしら。
どんな無能な古参使用人がいるのかしら。
全員、私のそろばんで叩き切ってやる。
「ココア」
帰り際、ドアの前でルーカスが振り返った。
「なんだかんだ言ったが……僕は君との生活を、楽しみにしているんだ」
月の光を背に、彼はふわりと柔らかく笑った。
それは計算高い実業家の顔ではなく、一人の青年の、どこか照れくさそうな表情だった。
「……っ」
不意打ちだった。
心臓が、トクンと変な音を立てる。
(な、なによ今の笑顔。原価ゼロ円のくせに、破壊力が高すぎるじゃない……!)
私は熱くなりかけた頬を必死に手で扇いだ。
「そ、そうですね! 私も楽しみですわ! ……報酬が!」
「ははっ、君らしくて安心したよ。おやすみ、僕の可愛い悪役令嬢」
ルーカスは満足げに店を出て行った。
残された私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「……可愛い、なんて言われても、一文の得にもならないんだから」
誰もいない店内で、私の呟きだけが響く。
こうして、私ココア・ガナッシュの「契約結婚」生活が幕を開けることになった。
戦場はカフェから公爵邸へ。
敵は王子から親戚一同へ。
規模は変われど、やることは一つ。
――稼いで、稼いで、稼ぎまくること!
「待ってなさい、公爵家の無駄遣いども。明日から地獄の節約生活を味あわせてあげるわ!」
私は決意を新たに、金庫の鍵をしっかりと閉めた。
深夜の『ウィックド・カフェ』。
閉店作業を終えた私は、金庫の前でパチパチとそろばんを弾き、満足げに息を吐いた。
「ジェラルド殿下が連れてきた騎士団と、その騒ぎを聞きつけてやってきた野次馬効果ね。やはり『悪名は無名に勝る』だわ」
「ああ。君のマーケティング戦略には恐れ入るよ」
向かいの席でコーヒーを飲んでいたルーカスが、カップを置きながら頷く。
彼はこの一週間、投資家として、そして時にはウェイター兼清掃員として、私の店に入り浸っていた。
おかげで彼のファン(主に貴婦人層)も来店するようになり、客層の幅が広がっている。
「それで、オーナー。今月の配当金ですが……」
私が金貨の袋を差し出そうとすると、ルーカスはそれを手で制した。
「金の話は後だ。今日は、君に別の『提案』がある」
「提案? 新メニューのアイデアですか?」
「いや。もっと長期的な……人生における包括的な業務提携の話だ」
ルーカスは真剣な眼差しで私を見据えた。
その瞳は、いつになく熱を帯びているように見える。
もしや、追加出資の話だろうか?
それとも、ついにこの店を買収(M&A)する気になったのか?
私の脳内で電卓が高速回転を始める。
「ココア。単刀直入に言おう」
彼は立ち上がり、テーブル越しに私の手を取った。
「君が欲しい」
「……はい?」
「君のその計算高さ、徹底したコスト意識、そして敵を容赦なく搾取する胆力……その全てが、今の僕には必要不可欠なんだ」
私は瞬きをした。
これは……いわゆる、ヘッドハンティングというやつだろうか?
「あー……それは、ヴァレンタイン商会への引き抜きということでしょうか? 確かに私は優秀ですが、雇われ店長になる気はありませんよ? あくまで独立した経営者として……」
「違う。商会の話ではない」
ルーカスは私の言葉を遮り、さらに強く手を握りしめた。
「僕の家……ヴァレンタイン公爵家に来てほしい」
「公爵家に?」
「そうだ。そして、僕の妻になってくれ」
「…………は?」
時が止まった。
妻? ワイフ?
商売用語辞典のどこを探しても、利益率の計算式が出てこない単語だ。
「つ、妻って……あの、結婚するということですか?」
「法的および社会的な契約関係を結ぶ、という意味だ」
ルーカスは淡々と言うが、言っている内容はとんでもないことだ。
「ちょっと待ってください。私と貴方は、出会ってまだ一週間ですよ? それに私は悪評まみれの元婚約破棄令嬢。公爵家の品位に関わるのでは?」
「品位? そんなもので飯は食えないと言ったのは君だ」
「それはそうですけど!」
「それに、これは感情論ではない。極めて合理的な判断だ」
ルーカスは懐から一枚の書類を取り出した。
そこには『ヴァレンタイン公爵家 財務状況報告書(極秘)』と書かれている。
「これを見てくれ」
「……これは?」
恐る恐る中身を見ると、そこには目を覆いたくなるような数字が並んでいた。
「赤字……いえ、ギリギリ黒字ですけど、資産規模に対して利益率が悪すぎますわ! 使途不明金が多すぎるし、人件費も適正値の倍以上……なんだこの『親戚交際費』って!?」
私が悲鳴を上げると、ルーカスは苦々しげに頷いた。
「そうだ。僕が個人で稼いだ事業収益を、本家の公爵家が湯水のように浪費している。親戚たちは『貴族の義務』だの『付き合い』だのと言って僕にたかり、使用人たちも旧態依然とした体制に胡座をかいている」
「なんてこと……お金が泣いていますわ!」
「僕も改革を試みたが、身内には甘くなってしまうし、彼らは僕が『冷徹公爵』と呼ばれることを利用して、外面だけ良く取り繕う。……だから、必要なんだ」
ルーカスは私の瞳を覗き込んだ。
「君のような、情に流されず、悪役を演じきることを厭わない『劇薬』が」
「……つまり、公爵家の経営再建担当(再建屋)をやれと?」
「正確には、公爵夫人という権限を持った上で、家政を掌握し、無駄を徹底的に排除してほしい。君になら、家計の全権を委ねられる」
なるほど。
愛の告白かと思いきや、ただの業務委託契約だった。
ロマンチックのかけらもない。
だが、私の心はトキメキとは別の意味で高鳴っていた。
公爵家の家計改革。
それはつまり、王太子の小遣い帳とは比較にならないほど巨額の資金を動かせるということだ。
無駄を削ぎ落とし、利益を生み出す快感。
想像しただけでゾクゾクする。
「……条件は?」
私はビジネスモードの顔つきに戻り、問いかけた。
ルーカスもニヤリと笑う。
「契約期間はとりあえず一年。報酬は、削減した経費の三割を成功報酬として支払う。衣食住は全て公爵家持ち。もちろん、君のこの店の経営も続けて構わない」
「削減額の三割……」
私は頭の中で計算する。
この報告書を見る限り、無駄な経費は年間金貨数万枚規模だ。
その三割となれば……。
(……億万長者になれるわ)
ゴクリ、と唾を飲む。
しかし、安売りはしない。
「四割です」
「……なんだと?」
「三割では足りません。私は『悪役令嬢』として、貴方の親戚中から恨まれることになるんですよ? 精神的ストレスに対する手当を含めれば、四割が妥当です」
「む……さすがに四割は……」
「嫌なら結構です。私はこの店で、ちまちまと小金を稼いで生きていきますから」
私が手を引こうとすると、ルーカスは慌てて引き止めた。
「わ、わかった! 四割だ! ただし、一年以内に黒字額を倍増させること。それが達成できなければ契約解除だ」
「望むところです。倍増どころか、三倍にして差し上げますわ!」
「交渉成立だな」
「ええ、喜んでお受けします、旦那様(パートナー)」
私たちはガッチリと握手を交わした。
愛の誓い? いいえ、契約の締結だ。
指輪の交換も、誓いのキスもない。
あるのは、互いの利益と算盤勘定だけ。
「では、早速ですが明日から屋敷に入ってもらう。荷造りをしておいてくれ」
「了解しました。あ、この店はどうしましょう?」
「モカという優秀な侍女がいただろう? 彼女を店長に据えればいい。君の指示通りに動く駒としては最適だ」
「あら、よく見ていらっしゃる。では、モカを呼び寄せて……ふふっ、忙しくなりそうですわね」
私はワクワクしながら、まだ見ぬ公爵邸の「無駄」たちに思いを馳せた。
どんな贅沢品があるのかしら。
どんな無能な古参使用人がいるのかしら。
全員、私のそろばんで叩き切ってやる。
「ココア」
帰り際、ドアの前でルーカスが振り返った。
「なんだかんだ言ったが……僕は君との生活を、楽しみにしているんだ」
月の光を背に、彼はふわりと柔らかく笑った。
それは計算高い実業家の顔ではなく、一人の青年の、どこか照れくさそうな表情だった。
「……っ」
不意打ちだった。
心臓が、トクンと変な音を立てる。
(な、なによ今の笑顔。原価ゼロ円のくせに、破壊力が高すぎるじゃない……!)
私は熱くなりかけた頬を必死に手で扇いだ。
「そ、そうですね! 私も楽しみですわ! ……報酬が!」
「ははっ、君らしくて安心したよ。おやすみ、僕の可愛い悪役令嬢」
ルーカスは満足げに店を出て行った。
残された私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「……可愛い、なんて言われても、一文の得にもならないんだから」
誰もいない店内で、私の呟きだけが響く。
こうして、私ココア・ガナッシュの「契約結婚」生活が幕を開けることになった。
戦場はカフェから公爵邸へ。
敵は王子から親戚一同へ。
規模は変われど、やることは一つ。
――稼いで、稼いで、稼ぎまくること!
「待ってなさい、公爵家の無駄遣いども。明日から地獄の節約生活を味あわせてあげるわ!」
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