婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「おおおお……! 大赤字だ! 破産だぁぁぁ!」

王宮の一室、王太子ジェラルドの執務室に、ガナッシュ商会の幹部ガレス(私の叔父)の悲痛な叫びが響き渡った。

机の上には、真っ赤なインクで数字が書き殴られた帳簿が散乱している。

「どうなっているんだガレス! 『エンジェル・スイーツ』は大当たりだったのではないのか!?」

ジェラルド殿下が青ざめた顔で詰め寄る。

「売り上げはありました! 商品は完売しました! ですが……利益がゼロどころかマイナスなんです!」

ガレスは頭を抱えて蹲った。

「原価割れの半額セールに加え、無料配布した聖女様の握手券の印刷代、呼び込みのサクラのバイト代……経費が嵩みすぎて、売れば売るほど借金が増える仕組みになっていました!」

「な、なんだと……!? 私の王室費を注ぎ込んだのだぞ!?」

「しかも、ライバル店であるココアの店は、我々の商品を転売して濡れ手で粟の大儲けをしているとか……」

「おのれぇぇぇ!! ココアァァァ!!」

ジェラルド殿下は怒りのあまり、壁に飾ってあった自画像(美化率二〇〇%)を殴りつけた。

拳が痛い。心も痛い。そして何より、懐が寒い。

「あいつのせいだ……あいつが私の人生を狂わせたのだ! あいつさえいなければ、私は今頃マシュマロと幸せに暮らしていたはずなのに!」

完全に逆恨みである。

しかし、追い詰められた人間の思考回路は、論理よりも感情へ、そして保身へと暴走する。

ガレスがふと、悪どい顔つきで顔を上げた。

「……殿下。こうなったら、力技に出るしかありません」

「力技?」

「ええ。商売で勝てないなら、権力で潰すのです。……殿下、ココアが婚約者だった時期、王室予算の管理をしていましたよね?」

「ああ。あいつが財布の紐を握っていたから、私は息苦しかったのだ」

「その時期の記録を……『改ざん』してはいかがでしょう?」

ガレスの声が低く、粘着質に響く。

「ココアが予算を横領していたことにするのです。現在、王室の金庫が空なのは、あいつが持ち逃げしたからだ――と」

「なっ……!?」

ジェラルド殿下は目を見開いた。

「そ、それは冤罪ではないか? あいつはむしろ私財を投じて……」

「おや、殿下。このままでは殿下が『無能な浪費家』として廃嫡されるのは時間の問題ですよ? それとも、全ての罪をあの小娘になすりつけて、借金をチャラにしますか?」

「…………」

悪魔の囁き。

ジェラルド殿下の脳内で、天使と悪魔が戦うこともなく、即座に悪魔が勝利した。

「……そうだ。そうだ! 私が金を持っていないのはおかしい! あいつが盗んだに決まっている!」

「その通りです。あいつの店があんなに繁盛しているのも、横領した資金を元手にしているからに違いありません!」

「よし! すぐに近衛騎士団を動かせ! 国家反逆罪および業務上横領の容疑で、ココアを逮捕する!」

「へっへっへ……承知いたしました」

薄暗い部屋で、二人の男が醜悪な笑みを交わした。

それが、自らを破滅させる最後の引き金になるとも知らずに。

***

一方その頃、『ウィックド・カフェ』。

「くしゃんっ!」

私は盛大なクシャミをした。

「おや、風邪か? ココア」

閉店後の店内で、ルーカスが心配そうに私の肩にショールをかけてくれる。

「いいえ。誰かが私の噂をしているようですわ。……きっと、昨日転売で大損した叔父様あたりが、呪詛でも吐いているんでしょうけど」

私は鼻をすすりながら、本日の売上集計に戻った。

「見てくださいオーナー。昨日の転売利益のおかげで、今月の目標達成率が二〇〇%を超えました」

「素晴らしい数字だ。……だが、少し胸騒ぎがするな」

ルーカスは窓の外、王宮の方角を険しい顔で見つめている。

「あのガレスという男、そしてジェラルド殿下。商売で負けたからといって、大人しく引き下がるとは思えない。次はもっと、汚い手を使ってくる可能性がある」

「汚い手、ですか? 物理的な襲撃とか?」

「あるいは、法的手段だ。権力者は、ルールを自分に都合よく書き換えることを『政治』と呼ぶからな」

「なるほど……」

私が頷きかけた、その時だった。

ドンドンドン!!

激しくドアが叩かれた。

「開けろ! 王宮近衛騎士団だ!」

またか。

私はやれやれと溜息をつき、ルーカスと顔を見合わせた。

「……どうやら、オーナーの予想が的中したようですね」

「嫌な予感ほど当たるものだ。……僕が出よう」

ルーカスが前に出てドアを開けると、そこには武装した騎士たちが十数名、殺気立って待ち構えていた。

その先頭に立っていたのは、ジェラルド殿下ではなく、騎士団長の男だった。

「ココア・ガナッシュだな!」

「はい、そうですが。本日の営業は終了いたしました。ホットドッグなら在庫がありませんが?」

「ふざけるな! 貴様に逮捕状が出ている!」

騎士団長が羊皮紙を突きつけた。

そこには、仰々しい文字でこう書かれていた。

『罪状:王室予算の横領、および国家資金の私的流用』

「……は?」

私が声を上げるより先に、ルーカスが低い声で唸った。

「横領だと? 馬鹿な。彼女は王室財政を救うために私財を投じていた。逆ならまだしも、彼女が盗むなどあり得ない」

「黙れ! 公爵といえど、捜査の妨害をするなら同罪とみなすぞ!」

騎士団長は聞く耳を持たない。どうやら、上層部から「問答無用で捕らえろ」と命令されているらしい。

「証拠はあるのか?」

「証拠など、調べてから見つければいい! ジェラルド殿下からの証言がある! 『ココアが管理していた時期に、数億ゴールドの使途不明金が発生している』とな!」

数億ゴールド。

その数字を聞いて、私は怒るどころか呆れてしまった。

(あのアホ王子……。自分が使い込んだ金額を、そのまま私になすりつける気ね)

自分の浪費を「使途不明金」として処理し、その責任を管理者に押し付ける。

ブラック企業の経営者がよくやる手口だ。

「連れて行け!」

騎士たちが店内に雪崩れ込み、私の腕を掴もうとする。

「触るな!」

ルーカスの声が響いた。

彼は私を庇うように前に立ち、騎士たちを睨みつけた。その瞳には、かつてないほどの冷たい怒りが宿っている。

「彼女に指一本でも触れてみろ。ヴァレンタイン家の全勢力を持って、貴様らの組織ごと経済的に干上がらせてやる」

「ひっ……!」

騎士たちが怯む。

ルーカスの脅しはハッタリではない。彼が一声かければ、騎士団への食料供給も、武器の納入もストップする。

一触即発の空気。

しかし、私はルーカスの背中をトン、と叩いた。

「……大丈夫です、オーナー」

「ココア?」

「ここで抵抗したら、公務執行妨害で本当に犯罪者になってしまいます。ここは大人しく連行されましょう」

「だが! 君を牢屋に入れるわけには……!」

「牢屋? いいえ、あれは『無料宿泊施設』です」

私はニヤリと笑ってみせた。

「それに、これはチャンスですわ。不当逮捕、冤罪、名誉毀損……。これらが確定すれば、国家に対して莫大な賠償金を請求できます」

私の目が怪しく光る。

「慰謝料の額、釣り上げさせていただきますわ。……金貨五千枚、いや、一万枚はいけるかしら」

「……君という人は」

ルーカスは呆気にとられ、そしてフッと笑った。

「わかった。君の策に乗ろう。だが、長居はさせない。すぐに最強の弁護団と、動かぬ証拠を持って迎えに行く」

「ええ、頼りにしています。……あ、それと」

私は騎士に腕を掴まれながら、ルーカスに耳打ちした。

「私の部屋の金庫に、『裏帳簿』があります。ジェラルド殿下の浪費の記録、領収書、全てファイリングしてありますから」

「……さすがだ。準備が良いな」

「転ばぬ先の杖、ならぬ『転ばぬ先の帳簿』です」

私は騎士たちに向き直り、堂々と両手を差し出した。

「さあ、連れて行きなさい。ただし、私の手首に傷一つついたら、治療費として金貨十枚請求しますからね。丁寧に扱いなさい」

「う、うむ……」

騎士たちは私の迫力に押され、手錠をかけるのさえ躊躇いながら、私を馬車へと誘導した。

店の前には、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが集まっている。

「ココア嬢ちゃんが捕まった!?」

「横領だってよ!」

「嘘だろ! あの姉ちゃんはケチだけど泥棒はしねぇよ!」

「頑張れー! 負けるなー!」

下町の人々の声援を受けながら、私は護送馬車に乗り込んだ。

窓の外、ルーカスがじっと私を見送っている。

彼はもう怒っていない。

その目は、これから敵をどう料理してやろうかと画策する、冷徹な狩人の目に戻っていた。

(待ってらっしゃい、ジェラルド殿下、叔父様)

馬車が動き出す。

(私を怒らせた代償は高くつくわよ。……そうね、国が傾くくらいにはね!)

ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は来るべき反撃の時(裁判)に向けて、脳内で最終的な請求金額の計算を始めた。

牢屋での生活?

食費も光熱費もタダ。読書の時間も取れる。

忙しい私にとっては、ちょうどいい休暇(バカンス)になりそうだった。
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