婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

文字の大きさ
15 / 28

15

しおりを挟む
「おおおお……! 大赤字だ! 破産だぁぁぁ!」

王宮の一室、王太子ジェラルドの執務室に、ガナッシュ商会の幹部ガレス(私の叔父)の悲痛な叫びが響き渡った。

机の上には、真っ赤なインクで数字が書き殴られた帳簿が散乱している。

「どうなっているんだガレス! 『エンジェル・スイーツ』は大当たりだったのではないのか!?」

ジェラルド殿下が青ざめた顔で詰め寄る。

「売り上げはありました! 商品は完売しました! ですが……利益がゼロどころかマイナスなんです!」

ガレスは頭を抱えて蹲った。

「原価割れの半額セールに加え、無料配布した聖女様の握手券の印刷代、呼び込みのサクラのバイト代……経費が嵩みすぎて、売れば売るほど借金が増える仕組みになっていました!」

「な、なんだと……!? 私の王室費を注ぎ込んだのだぞ!?」

「しかも、ライバル店であるココアの店は、我々の商品を転売して濡れ手で粟の大儲けをしているとか……」

「おのれぇぇぇ!! ココアァァァ!!」

ジェラルド殿下は怒りのあまり、壁に飾ってあった自画像(美化率二〇〇%)を殴りつけた。

拳が痛い。心も痛い。そして何より、懐が寒い。

「あいつのせいだ……あいつが私の人生を狂わせたのだ! あいつさえいなければ、私は今頃マシュマロと幸せに暮らしていたはずなのに!」

完全に逆恨みである。

しかし、追い詰められた人間の思考回路は、論理よりも感情へ、そして保身へと暴走する。

ガレスがふと、悪どい顔つきで顔を上げた。

「……殿下。こうなったら、力技に出るしかありません」

「力技?」

「ええ。商売で勝てないなら、権力で潰すのです。……殿下、ココアが婚約者だった時期、王室予算の管理をしていましたよね?」

「ああ。あいつが財布の紐を握っていたから、私は息苦しかったのだ」

「その時期の記録を……『改ざん』してはいかがでしょう?」

ガレスの声が低く、粘着質に響く。

「ココアが予算を横領していたことにするのです。現在、王室の金庫が空なのは、あいつが持ち逃げしたからだ――と」

「なっ……!?」

ジェラルド殿下は目を見開いた。

「そ、それは冤罪ではないか? あいつはむしろ私財を投じて……」

「おや、殿下。このままでは殿下が『無能な浪費家』として廃嫡されるのは時間の問題ですよ? それとも、全ての罪をあの小娘になすりつけて、借金をチャラにしますか?」

「…………」

悪魔の囁き。

ジェラルド殿下の脳内で、天使と悪魔が戦うこともなく、即座に悪魔が勝利した。

「……そうだ。そうだ! 私が金を持っていないのはおかしい! あいつが盗んだに決まっている!」

「その通りです。あいつの店があんなに繁盛しているのも、横領した資金を元手にしているからに違いありません!」

「よし! すぐに近衛騎士団を動かせ! 国家反逆罪および業務上横領の容疑で、ココアを逮捕する!」

「へっへっへ……承知いたしました」

薄暗い部屋で、二人の男が醜悪な笑みを交わした。

それが、自らを破滅させる最後の引き金になるとも知らずに。

***

一方その頃、『ウィックド・カフェ』。

「くしゃんっ!」

私は盛大なクシャミをした。

「おや、風邪か? ココア」

閉店後の店内で、ルーカスが心配そうに私の肩にショールをかけてくれる。

「いいえ。誰かが私の噂をしているようですわ。……きっと、昨日転売で大損した叔父様あたりが、呪詛でも吐いているんでしょうけど」

私は鼻をすすりながら、本日の売上集計に戻った。

「見てくださいオーナー。昨日の転売利益のおかげで、今月の目標達成率が二〇〇%を超えました」

「素晴らしい数字だ。……だが、少し胸騒ぎがするな」

ルーカスは窓の外、王宮の方角を険しい顔で見つめている。

「あのガレスという男、そしてジェラルド殿下。商売で負けたからといって、大人しく引き下がるとは思えない。次はもっと、汚い手を使ってくる可能性がある」

「汚い手、ですか? 物理的な襲撃とか?」

「あるいは、法的手段だ。権力者は、ルールを自分に都合よく書き換えることを『政治』と呼ぶからな」

「なるほど……」

私が頷きかけた、その時だった。

ドンドンドン!!

激しくドアが叩かれた。

「開けろ! 王宮近衛騎士団だ!」

またか。

私はやれやれと溜息をつき、ルーカスと顔を見合わせた。

「……どうやら、オーナーの予想が的中したようですね」

「嫌な予感ほど当たるものだ。……僕が出よう」

ルーカスが前に出てドアを開けると、そこには武装した騎士たちが十数名、殺気立って待ち構えていた。

その先頭に立っていたのは、ジェラルド殿下ではなく、騎士団長の男だった。

「ココア・ガナッシュだな!」

「はい、そうですが。本日の営業は終了いたしました。ホットドッグなら在庫がありませんが?」

「ふざけるな! 貴様に逮捕状が出ている!」

騎士団長が羊皮紙を突きつけた。

そこには、仰々しい文字でこう書かれていた。

『罪状:王室予算の横領、および国家資金の私的流用』

「……は?」

私が声を上げるより先に、ルーカスが低い声で唸った。

「横領だと? 馬鹿な。彼女は王室財政を救うために私財を投じていた。逆ならまだしも、彼女が盗むなどあり得ない」

「黙れ! 公爵といえど、捜査の妨害をするなら同罪とみなすぞ!」

騎士団長は聞く耳を持たない。どうやら、上層部から「問答無用で捕らえろ」と命令されているらしい。

「証拠はあるのか?」

「証拠など、調べてから見つければいい! ジェラルド殿下からの証言がある! 『ココアが管理していた時期に、数億ゴールドの使途不明金が発生している』とな!」

数億ゴールド。

その数字を聞いて、私は怒るどころか呆れてしまった。

(あのアホ王子……。自分が使い込んだ金額を、そのまま私になすりつける気ね)

自分の浪費を「使途不明金」として処理し、その責任を管理者に押し付ける。

ブラック企業の経営者がよくやる手口だ。

「連れて行け!」

騎士たちが店内に雪崩れ込み、私の腕を掴もうとする。

「触るな!」

ルーカスの声が響いた。

彼は私を庇うように前に立ち、騎士たちを睨みつけた。その瞳には、かつてないほどの冷たい怒りが宿っている。

「彼女に指一本でも触れてみろ。ヴァレンタイン家の全勢力を持って、貴様らの組織ごと経済的に干上がらせてやる」

「ひっ……!」

騎士たちが怯む。

ルーカスの脅しはハッタリではない。彼が一声かければ、騎士団への食料供給も、武器の納入もストップする。

一触即発の空気。

しかし、私はルーカスの背中をトン、と叩いた。

「……大丈夫です、オーナー」

「ココア?」

「ここで抵抗したら、公務執行妨害で本当に犯罪者になってしまいます。ここは大人しく連行されましょう」

「だが! 君を牢屋に入れるわけには……!」

「牢屋? いいえ、あれは『無料宿泊施設』です」

私はニヤリと笑ってみせた。

「それに、これはチャンスですわ。不当逮捕、冤罪、名誉毀損……。これらが確定すれば、国家に対して莫大な賠償金を請求できます」

私の目が怪しく光る。

「慰謝料の額、釣り上げさせていただきますわ。……金貨五千枚、いや、一万枚はいけるかしら」

「……君という人は」

ルーカスは呆気にとられ、そしてフッと笑った。

「わかった。君の策に乗ろう。だが、長居はさせない。すぐに最強の弁護団と、動かぬ証拠を持って迎えに行く」

「ええ、頼りにしています。……あ、それと」

私は騎士に腕を掴まれながら、ルーカスに耳打ちした。

「私の部屋の金庫に、『裏帳簿』があります。ジェラルド殿下の浪費の記録、領収書、全てファイリングしてありますから」

「……さすがだ。準備が良いな」

「転ばぬ先の杖、ならぬ『転ばぬ先の帳簿』です」

私は騎士たちに向き直り、堂々と両手を差し出した。

「さあ、連れて行きなさい。ただし、私の手首に傷一つついたら、治療費として金貨十枚請求しますからね。丁寧に扱いなさい」

「う、うむ……」

騎士たちは私の迫力に押され、手錠をかけるのさえ躊躇いながら、私を馬車へと誘導した。

店の前には、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが集まっている。

「ココア嬢ちゃんが捕まった!?」

「横領だってよ!」

「嘘だろ! あの姉ちゃんはケチだけど泥棒はしねぇよ!」

「頑張れー! 負けるなー!」

下町の人々の声援を受けながら、私は護送馬車に乗り込んだ。

窓の外、ルーカスがじっと私を見送っている。

彼はもう怒っていない。

その目は、これから敵をどう料理してやろうかと画策する、冷徹な狩人の目に戻っていた。

(待ってらっしゃい、ジェラルド殿下、叔父様)

馬車が動き出す。

(私を怒らせた代償は高くつくわよ。……そうね、国が傾くくらいにはね!)

ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は来るべき反撃の時(裁判)に向けて、脳内で最終的な請求金額の計算を始めた。

牢屋での生活?

食費も光熱費もタダ。読書の時間も取れる。

忙しい私にとっては、ちょうどいい休暇(バカンス)になりそうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

【完結】あなたを忘れたい

やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。 そんな時、不幸が訪れる。 ■□■ 【毎日更新】毎日8時と18時更新です。 【完結保証】最終話まで書き終えています。 最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

四の五の言わず離婚届にサインをしてくれません?

白雲八鈴
恋愛
アルディーラ公爵夫人であるミレーネは、他の人からみれば羨ましいと思える立場にいた。 王妹の母譲りの美人の顔立ち、公爵夫人として注目を集める立場、そして領地の運営は革命と言えるほど領地に潤いを与えていた。 だが、そんなミレーネの心の中にあるのは『早く離婚したい』だった。 順風満帆と言えるミレーネは何が不満なのか。その原因は何か。何故離婚できないのか。 そこから始まる物語である。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

処理中です...