婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「……派手ですね」

ある晴れた日の朝。

私とルーカスは、『ウィックド・カフェ』の向かい側に建設された、巨大な建物を呆然と見上げていた。

白亜の壁に、黄金の装飾。

屋根には天使の彫像がラッパを吹き、入り口には赤絨毯が敷かれている。

看板には、優雅な筆記体でこう書かれていた。

『エンジェル・スイーツ ~天上の甘味処~』

私の店のコンセプトが『悪役(ウィックド)』なら、向こうは完全に『天使(エンジェル)』をぶつけてきている。

喧嘩を売られているのは明白だった。

「ココア、あれを見ろ。開店記念の花輪だ」

ルーカスが指差す先には、巨大な花輪が並んでいる。

送り主の名前は――『ガナッシュ商会』そして『王太子ジェラルド&聖女マシュマロ』。

「……なるほど。私の実家と、あのバカップルの共同出資ですか」

私は腕を組み、冷ややかな笑みを浮かべた。

王太子の借金問題、聖女の評判低下。それらを一発逆転するために、私の商売を模倣し、かつ物量で潰しにかかってきたのだ。

「いらっしゃいませー! ただいま開店セール実施中ですわよー!」

店の前では、フリフリのドレスを着た店員たちがビラを配っている。

その中心に、見覚えのある太った男が立っていた。

「ガレス・ガナッシュ……」

私の叔父であり、父の商会の幹部を務める男だ。金儲けのためなら法スレスレのことでも平気でやる古狸である。

彼が私に気づき、下卑た笑みを浮かべて近づいてきた。

「やあやあ、ココアちゃん。元気そうで何よりだ」

「お久しぶりです、叔父様。ずいぶんと立派なお店をおっ建てましたこと」

「ふふふ、だろう? 君の『悪役商法』が流行っていると聞いてね。なら、その逆の『聖女商法』ならもっと儲かると思ったのさ」

ガレス叔父は、ルーカスの方をチラリと見て、大げさに頭を下げた。

「おや、ヴァレンタイン公爵閣下もご一緒で。……閣下、あんな薄汚い店に出入りするのは、公爵家の品位に関わりますぞ? これからは、ぜひ当店のVIPルームをご利用ください」

露骨な引き抜き工作。

しかし、ルーカスは無表情のまま、ガレスの腹周りの肉を一瞥した。

「……遠慮しておく。その店、砂糖の使いすぎだ」

「は?」

「換気扇から漏れ出る匂いを分析した。糖分とバターの香りが強すぎる。あの匂いを嗅ぐだけで、血糖値が急上昇するリスクがある」

「は、はあ……?」

「それに比べてココアの店は、スパイスによる脂肪燃焼効果と、適度なストレス発散(激辛)が期待できる。健康的観点から見て、あちらを選ぶ理由がない」

ルーカスがバッサリと斬り捨てる。

ガレス叔父の顔が引きつった。

「ふ、ふん! 相変わらずの偏屈公爵だ。……まあいい。ココアちゃん、忠告しておいてあげるよ」

叔父は私に向き直り、ニヤリと笑った。

「我々のバックには王家がついている。資金力も桁違いだ。今日から一週間、当店は『全品半額セール』を行う!」

「半額!?」

周囲の通行人たちが足を止める。

「さらに、マシュマロ様の握手券付きだ! さあ、貧乏くさい悪役の店なんか潰れてしまえ!」

ガレス叔父が高笑いしながら店に戻っていく。

その宣言通り、『エンジェル・スイーツ』には瞬く間に行列ができ始めた。

「半額だってよ!」

「聖女様の握手券つき!?」

「こっちの店の方が豪華だし、行ってみようぜ!」

私の店に並んでいた客たちが、次々と向かいの店に流れていく。

『ウィックド・カフェ』の店内は、閑古鳥が鳴く静けさになった。

「お嬢様……どうしましょう」

店長のモカが不安そうに眉を下げる。

「お客様がみんな、向こうに行ってしまいました……。半額なんて無茶苦茶です」

これは典型的な『ダンピング(不当廉売)』だ。

資金力に物を言わせて赤字覚悟で安売りし、競合店を潰した後に価格を戻すという、大資本の常套手段。

普通なら、ここで焦って対抗値下げをするか、店を畳むしかない。

だが。

「……ふふっ」

私は口元を扇子で隠し、笑いをこらえた。

「お嬢様?」

「ルーカス、今の聞いた?」

「ああ。『全品半額』と言っていたな」

「あの店のケーキ、見たところ原価はかなり高いわ。最高級の小麦粉に、輸入したフルーツ……通常価格でも利益率は低いはず。それを半額にするということは?」

「売れば売るほど赤字だ。慈善事業だな」

ルーカスも涼しい顔で頷く。

私はパチンと指を鳴らした。

「その通り! 向こうが自滅覚悟で安売りしてくれるというなら、利用しない手はないわ!」

「えっ? 利用って……?」

モカが首を傾げる。

私はカウンターの下から、変装用のサングラスと大袋を取り出した。

「モカ、従業員全員に告ぐ! 今すぐ変装して向かいの店に並びなさい!」

「へっ?」

「向こうのケーキ、クッキー、焼き菓子……買えるだけ買い占めてくるのよ!」

「か、買い占めるんですか!?」

「ええ。半額で仕入れて、うちの店で『定価の二割引き』で売るのよ。そうすれば、作らずして利益が出るわ!」

「な、なんと……!?」

モカが絶句する。

そう、これは『転売(せどり)』だ。

向こうが赤字を垂れ流して作った商品を、私が安く買い叩き、適正価格で再流通させる。

いわゆる『鞘(さや)取り』ビジネスである。

「さらに、向こうの行列が長すぎて諦めた客を、『うちは並ばずに買えますよ、しかも同じ商品が』と言って誘導するの。これぞ寄生型ビジネス!」

「お、鬼だ……! お嬢様はやっぱり本物の悪役令嬢だ!」

モカが震えながら感動している。

ルーカスが満足げに補足した。

「素晴らしい戦略だココア。競合他社を『仕入れ先(サプライヤー)』に変えてしまうとは。これで当店の製造コストと人件費はゼロになる」

「でしょ? さあ、戦争よ! 向こうの在庫が尽きるまで買い支えてあげましょう!」

***

数時間後。

向かいの『エンジェル・スイーツ』は、大盛況だった。

「売れる! 飛ぶように売れるぞ!」

ガレス叔父は、積み上がる売上金を見てホクホク顔だ。

しかし、彼は気づいていなかった。

行列に並んでいる客の三割が、サングラスをかけた『ウィックド・カフェ』の店員であることに。

そして、彼らが買った大量のケーキが、そのまま路地裏を通って向かいの店に搬入されていることに。

一方、私の店。

「いらっしゃいませー! 話題の『エンジェル・ケーキ』、当店なら並ばずに買えますよー!」

「しかも冷えたドリンク付きで、向こうの定価より安い!」

「マジか! あっちで二時間待つより、こっちで買った方がいいじゃん!」

私の店は、向かいの店から溢れた客と、転売品目当ての客でごった返していた。

私はカウンターで、右から左へと商品を流すだけで、チャリンチャリンと小銭を稼いでいく。

「あら、このケーキ美味しいわね。向こうのパティシエ、いい腕してるわ」

私は敵の商品の味見をしながら、余裕のティータイムを楽しんでいた。

「原価計算してみたが、このケーキ、材料費だけで売値の六割を超えているぞ。半額セールで売ると、一個あたり銀貨三枚の赤字だ」

ルーカスが電卓を片手に報告してくる。

「銀貨三枚の赤字……。今日だけで千個は売れてますから、金貨三十枚の損失ですね」

「そしてその分、我々の利益になっている」

「ガレス叔父様、太っ腹ですわねぇ。感謝状を贈りたいくらい」

二人は顔を見合わせて、黒い笑みを浮かべた。

夕方。

『エンジェル・スイーツ』の商品が完売し、閉店した頃。

ガレス叔父が勝ち誇った顔で、私の店の前にやってきた。

「どうだココアちゃん! 客を奪われて泣いているかと思えば……む?」

彼は店内の様子を見て首を傾げた。

私の店の商品棚も、空っぽになっていたからだ。

「完売……だと? 客は全員うちに来たはずなのに、なぜ……」

「お疲れ様です、叔父様。おかげさまで完売しましたわ」

私は空のショーケースを拭きながら、ニッコリと微笑んだ。

「貴店の商品、とっても好評でしたよ。『仕入れ』させてもらった分、全部売れちゃいました」

「し、仕入れ……?」

「ええ。半額で売ってくださって助かりました。おかげで製造の手間が省けて、利益率が過去最高ですの」

私が売上の詰まった重たい袋を見せると、ガレス叔父の顔色が白から青、そして赤へと信号機のように変化した。

「き、貴様ぁぁぁ!! うちの商品を転売したのかぁぁぁ!!」

「人聞きが悪い。正当な商取引です。『お一人様何個まで』という制限もありませんでしたし?」

「ぐぬぬ……! 卑怯だぞ! プライドはないのか!」

「プライドでケーキは焼けませんから」

「おのれぇぇぇ! 見ていろ、明日はもっと値下げしてやる!」

「あら、嬉しい! じゃあ明日は『七割引き』でお願いしますね。トラックを用意して待ってますから♡」

「ぎゃふん!」

ガレス叔父は悔しさに泡を吹いて倒れそうになった。

ルーカスが冷ややかに追い打ちをかける。

「ちなみに、マシュマロ嬢の握手券だが……大量に余っていたので、私が回収してキャンプファイヤーの着火剤にさせてもらった。よく燃えたよ」

「ひぃぃぃ! 罰当たりな……!」

捨て台詞を吐いて逃げ帰る叔父。

その背中を見送りながら、私は大きく伸びをした。

「競合店? いいえ、あれは『優秀な下請け工場』ですわ」

「全くだ。敵が現れるほど我々が儲かる。……最強のビジネスモデルだな」

私とルーカスは、夕焼けに染まるライバル店を見上げながら、明日の「仕入れ計画」について熱く語り合った。

こうして、ライバル商会の登場は、私の懐をさらに温める結果となったのだった。
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