婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「ココア・ガナッシュに対する逮捕状は、不当なものであると主張する!」

王宮の謁見の間。

重厚な扉が開かれ、ルーカス・ヴァレンタイン公爵の声が朗々と響き渡った。

玉座に座る国王陛下、そしてその脇に控えるジェラルド殿下とガレス叔父。

並み居る大臣たちがざわめく中、ルーカスは私の肩を抱き、堂々とレッドカーペットの上を歩いた。

「ルーカス公爵……。余の御前であるぞ。控えよ」

国王陛下が不愉快そうに眉をひそめる。

しかし、ルーカスは止まらない。

「控える? それはこちらのセリフです。我がヴァレンタイン家の『最高財務責任者(パートナー)』を、証拠もなく地下牢に拘束した。これは我が家への宣戦布告と受け取りましたが?」

「なっ……! たかが一介の娘を捕らえただけで、大袈裟な!」

ジェラルド殿下が叫ぶ。

「ココアは横領犯だ! 国家の敵だぞ!」

「証拠ならここにある」

ルーカスは指を鳴らした。

背後の弁護士団が、例の『アホ王子の浪費記録(全五十八巻)』をドサドサと床に積み上げる。

「これが真実の帳簿だ。殿下のサイン入り領収書、賭博場の出入り記録、そしてガレス殿との密談の記録……全て網羅されている」

「ひぃっ!?」

ガレス叔父が悲鳴を上げる。

「ま、まさか本当に……」

「鑑定士も呼んである。どちらの帳簿が正しいか、今ここで検証してもいい。……だが」

ルーカスは一度言葉を切り、会場全体を見渡すように冷ややかな視線を走らせた。

その瞳は、絶対零度の氷河のように冷たく、そして激しく燃えていた。

「私が怒っているのは、そんな些末なことではない」

「さ、些末……?」

「ココアの手首を見ろ」

ルーカスが私の腕を持ち上げた。

手錠の跡が、うっすらと赤く残っている。

「彼女の美しい肌に、傷がついている。……これは、国家予算を積んでも償いきれない損失だ」

会場が静まり返る。

(えっ、そこ? 冤罪とか横領とかじゃなくて、手首の跡?)

私も驚いてルーカスを見上げるが、彼は大真面目だ。

「よって、ヴァレンタイン公爵家は、本日只今をもって王国政府に対する『経済制裁』を発動する」

「……は?」

国王陛下が間の抜けた声を上げた。

「け、経済制裁だと? 何を馬鹿なことを……」

「馬鹿なこと? いいえ、合理的な『取引停止』です」

ルーカスは懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開けた。

「一時間前、私の号令により、ヴァレンタイン領から王都へ向かう全ての物流ルートを封鎖した」

「なっ……!?」

「具体的には、小麦、野菜、肉類などの食料品。木材、鉄鉱石などの資源。そして……王都の貴族たちが愛飲しているワインや紅茶の供給も、全てストップさせた」

「ば、馬鹿な! そんなことをすれば、王都は干上がるぞ!」

宰相が顔色を変えて叫ぶ。

ヴァレンタイン家は、隣国との国境に領地を持ち、貿易と物流を一手に担っている大貴族だ。

彼らが「通さない」と言えば、王都は陸の孤島と化す。

「干上がればいい。私の大切なパートナーを傷つけた代償だ。空腹と不便の中で、彼女のありがたみを痛感するがいい」

ルーカスは淡々と言い放った。

「さらに、ガナッシュ商会への資金援助も打ち切る。手形は不渡りになるだろう。……ガレス殿、明日には破産だな」

「あ、あわわわ……!」

ガレス叔父が泡を吹いて倒れた。

「ち、父上! こんな横暴、許してはいけません! 公爵家を取り潰しに……」

ジェラルド殿下が国王に訴えるが、国王の顔色は青を通り越して白になっていた。

「……黙れ、ジェラルド」

「父上?」

「物流が止まれば、暴動が起きる……。民衆の怒りは、王家に……」

国王は震える手で玉座の肘掛けを掴んだ。

そして、ゆっくりとルーカスの方へ向き直った。

「……ルーカス公爵。いや、ルーカス殿」

「何でしょうか」

「物流停止だけは……それだけは勘弁してくれぬか。話し合おう。な?」

国王のプライドが崩壊した瞬間だった。

しかし、ルーカスは容赦しない。

「話し合い? 条件は一つです」

ルーカスは私を前に押し出した。

「ココアへの謝罪。そして、彼女が納得するだけの『賠償金』を支払うこと。……ココア、請求額は?」

私は待っていましたとばかりに、電卓を叩いた。

「えー、不当逮捕による精神的苦痛、名誉毀損、および営業停止損害金……締めて金貨一万枚になります」

「い、一万枚!?」

大臣たちが絶叫する。

「高い! 高すぎる!」

「国庫が空になるぞ!」

「払えないなら、現物支給でも構いませんよ?」

私はニッコリと笑い、ジェラルド殿下を指差した。

「例えば……殿下の王位継承権とか」

「なっ!?」

「あるいは、王家の直轄領の一部譲渡とか」

「領土の割譲だと!?」

「嫌なら物流は止まったままです。今日の夕食から、食材が消えますよ? 備蓄庫のパンの耳くらいしか残りませんが」

私が脅すと、国王陛下はガックリと項垂れた。

「……わかった。払おう。金貨一万枚……分割でもよいか?」

「金利トイチ(十日で一割)でよろしければ」

「鬼か!」

「商人です」

国王は涙目で承諾した。

「ジェラルド! お前の不始末だ! お前の私財を全て没収し、不足分は……お前が労働で返せ!」

「そ、そんなぁぁぁ!」

ジェラルド殿下が泣き崩れる。

その横で、私はルーカスとハイタッチを交わした。

「さすがオーナー。経済で国を脅すなんて、スケールが違いますわ」

「君のためなら、世界経済を人質に取るくらい造作もないことだ」

ルーカスは私の手首をそっと取り、口付けを落とした。

「……痛かっただろう?」

「えっ……」

大勢の貴族たちの前での、堂々たるキス。

手首の赤い跡に、彼の熱い唇が触れる。

「あ、あの……ルーカス様? 皆見てますけど……」

「見せつけているんだ。この手首に触れていいのは、私と、金貨の感触だけだとね」

「……っ!」

顔が爆発しそうに熱くなる。

この男、本当に「冷徹」公爵なのだろうか?

最近、私に対してだけ過保護というか、独占欲が強くなっている気がする。

「おほん!」

宰相が咳払いをした。

「そ、それでは交渉成立ということで……物流の再開を……」

「ああ、すぐに手配しよう」

ルーカスは涼しい顔で私を離し、部下に合図を送った。

「ただし」

彼は最後に釘を刺すのを忘れなかった。

「今後、ココアに少しでも手を出してみろ。その時は物流だけでなく、金融、通信、全てのインフラを停止させる。……王都を石器時代に戻したくなければ、彼女を女神として崇めることだ」

「は、はいぃぃっ!」

国王以下、全員が直立不動で敬礼した。

こうして、私の冤罪事件は、王国史上最悪の「経済危機」という形で幕を下ろした。

私は無罪放免どころか、国家公認の「アンタッチャブル・レディ(触れてはいけない女)」として、その名を轟かせることになったのだ。

「さあココア、帰ろう。……今夜は、君の快気祝いだ。最高級のディナーを用意させてある」

「あら、それは楽しみ。……もちろん、経費で落ちますよね?」

「君の笑顔が見られるなら、私のポケットマネーから出そう」

「太っ腹!」

私たちは腕を組み、唖然とする貴族たちを尻目に、颯爽と謁見の間を後にした。

背後では、ジェラルド殿下が「パンの耳はいやだぁぁぁ!」と泣き叫ぶ声が聞こえていたが、それは私たちにとって心地よいBGMでしかなかった。
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