婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「ほら、さっさと入れ!」

王宮の地下牢。

重たい鉄格子が開かれ、私は薄暗い石造りの個室へと放り込まれた。

ガチャン、と鍵がかけられる音が、冷たい地下通路に響く。

「明日の朝までそこで反省するんだな。横領令嬢さんよ」

看守の男が意地悪く笑い、背を向けた。

残されたのは、湿っぽい空気と、硬いベッド、そして天井の隅にいる一匹のクモだけ。

普通の令嬢なら、「出して! 怖い!」と泣き叫ぶシチュエーションだ。

しかし、私はベッドの硬さを確かめるようにポンポンと叩き、満足げに頷いた。

「……悪くないわ」

私は手帳(没収されそうになったが、靴底に隠していた予備)を取り出し、メモを書き始めた。

『宿泊費:無料』

『光熱費:無料(松明の明かり)』

『食費:無料(朝食付き)』

「王都の一等地で、これだけの好条件の物件はなかなかないわね。セキュリティも万全(鉄格子付き)だし」

私はベッドに腰を下ろし、足を組んだ。

「さて、明日の朝まで暇ね。……どうやって時間を潰そうかしら」

その時、鉄格子の向こうから話し声が聞こえてきた。

看守たちの詰め所だ。

「ちっ……また負けかよ!」

「へへっ、これで俺の三連勝だな。さあ、賭け金の銀貨一枚、払ってもらおうか」

「くそっ、今月は金欠なんだよ……。給料日まで待ってくれよ」

「ダメだダメだ。現金払いのみだぜ?」

どうやら、暇を持て余した看守たちが、カードゲームに興じているらしい。

ジャラジャラと硬貨の音がする。

私の耳がピクリと動いた。

(……市場の気配)

私はスッと立ち上がり、鉄格子に顔を近づけた。

「ねえ、そこの看守さんたち」

「うわっ!? な、なんだ驚かすな!」

カードを持っていた若い看守が飛び上がる。

「楽しそうですわね。ポーカーですか?」

「あ、ああ……そうだが。お前には関係ないだろ」

「関係ありますよ。だって、見ていてあまりに『下手』なんですもの。イライラして眠れませんわ」

「な、なんだと!?」

負け続けていた髭面の看守がムッとして振り返る。

「俺が下手だと? これでも看守仲間じゃ『鉄壁のボブ』と呼ばれてるんだぞ!」

「鉄壁? ザル間違いですわ。さっきの局面、相手の目の動きと捨て札から推測すれば、ブラフをかけているのは明白でしたよ。それなのに降りるなんて、みすみす銀貨をドブに捨てたようなものです」

「なっ……!」

ボブと呼ばれた看守が言葉に詰まる。

「図星でしょう? ……どうです? 私が『必勝法』を教えて差し上げましょうか?」

「必勝法……だと?」

「ええ。ただし、タダではありません。私が勝たせてあげたら、配当の三割をコンサルティング料としていただきます」

看守たちが顔を見合わせる。

「おい、どうする? 囚人の入れ知恵なんて……」

「でもよぉ、ボブ。お前、今月もうスッカラカンだろ? 取り返したいんじゃねえのか?」

欲望と疑念が天秤にかかる。

しかし、ギャンブラーの心理は常に一つだ。『負けを取り戻したい』。

「……わかった。やってみろ。もし負けたら、おやつのパン抜きだぞ」

「商談成立ですね」

私は鉄格子の隙間から手を出し、指示を出し始めた。

「次はレイズです。強気に。相手が降りる確率、八五%」

「ほ、本当に大丈夫か……?」

「信じなさい。数字は嘘をつきません」

ボブが恐る恐るチップを積む。

すると、相手の看守が「ぐぬぬ……」と唸ってカードを伏せた。

「……降りだ」

「よっしゃあ! 勝った!」

「はい、次。ここは敢えてチェックで様子見。相手を油断させて釣り上げます」

私の指示通りに動くボブは、面白いように勝ち始めた。

銀貨が彼の前に山のように積まれていく。

「すげえ……! マジですげえぞこの嬢ちゃん! 神か!?」

「いいえ、ただの計算機です。さあ、約束通り三割いただきますよ」

チャリン、チャリン。

鉄格子の隙間から、私の手元に銀貨が入ってくる。

牢屋に入って十分で、私は既に黒字化していた。

すると、負けた方の看守が泣きついてきた。

「ず、ずるいぞボブ! 俺にも教えろ! 嬢ちゃん、俺にもアドバイスしてくれ!」

「あら、こちらは『プレミアム会員』限定サービスになりますが?」

「会員になる! なるから!」

「では、入会金として、その予備の毛布と、夜食のサンドイッチを差し出しなさい」

「わかった! 持ってけ!」

こうして、地下牢の一角は、私を中心とした『闇カジノ兼投資顧問サロン』と化した。

噂を聞きつけた他の看守たち、さらには隣の牢屋にいた囚人たちまでもが、「俺も混ぜろ!」と声を上げてくる。

「おいおい、盛り上がってるじゃねえか」

奥の特別房から、強面の巨漢が現れた。

全身入れ墨だらけ。どう見てもここの『ヌシ』だ。

看守たちが「ひっ、ボス……」と縮み上がる。

ボスは私の牢屋の前まで来ると、ニヤリと笑った。

「嬢ちゃん、いい度胸してるな。俺と勝負しろ」

「勝負? 何を賭けます?」

「俺が勝ったら、お前の稼いだ銀貨を全部よこせ。俺が負けたら……この牢獄の『支配権』をくれてやる」

「支配権?」

「ああ。ここの囚人たちは全員俺の部下だ。掃除も洗濯も、俺の命令一つで動く」

私は計算した。

銀貨数十枚と、無料の労働力数十人分。

リスクとリターンを天秤にかけるまでもない。

「乗りました。種目は?」

「シンプルに、カード一枚の数字の大小だ」

ボスがトランプの束を取り出す。

一発勝負。運否天賦のギャンブル。

……に見えるだろう、素人には。

「いいですよ。では、貴方が引いてください」

ボスがカードを引く。

「……キングだ。どうだ、これより強いのはエースしかねえぞ」

ボスが勝ち誇る。

周囲が「終わったな」「さすがボスだ」とざわめく。

私は微笑み、残りの山札に手を伸ばした。

そして、指先の感覚だけで『厚み』と『微細な傷』を読み取る。

(このトランプ、使い込まれすぎて手垢で重さが変わっているわね。エースのカードは、一番よく使われるから角が摩耗している……これだわ)

私は迷わず一枚を引き抜き、ひっくり返した。

「……スペードのエースです」

「なっ……!?」

ボスが目を見開く。

「ば、馬鹿な! 一発でエースを引くだと!?」

「確率論ではありません。物理的な観察眼です。……商売人は、商品の傷一つ見逃しませんから」

静まり返る地下牢。

そして次の瞬間、ドッと歓声が上がった。

「すげえええ! ボスが負けた!」

「新しいボスの誕生だ!」

「姉御! 一生ついていきます!」

ボスは呆然としていたが、やがてフッと笑い、膝をついた。

「……完敗だ。約束通り、ここの連中は好きに使ってくれ」

「ありがとうございます。では早速ですが……」

私はパンパンと手を叩いた。

「全員、整列! これより『業務改革』を行います!」

「「「へい!!」」」

「まず、牢屋の掃除が行き届いていません! Aブロックの囚人は床磨き! Bブロックは壁のシミ取り! 看守さんはサボってないで、彼らの作業管理をしなさい!」

「は、はいっ!」

「報酬は、私が看守長から巻き上げ……いえ、交渉して勝ち取った『デザートのプリン』です! 働かざる者、食うべからず!」

「プリン!? うおおお! やるぞおおお!」

地下牢が、かつてない熱気に包まれた。

***

翌朝。

カツカツカツ……。

靴音を響かせて、ルーカスが地下牢へと降りてきた。

彼の手には、釈放命令書と、最強の弁護団が握られている。

「ココア……無事か? 一晩中、寒くて怖い思いを……」

ルーカスが心配そうに牢屋の前まで来て――言葉を失った。

そこには、信じられない光景が広がっていたからだ。

ピカピカに磨き上げられた床。

整然と並び、朝の点呼を行う囚人たち。

そして、その中心にある豪華な椅子(看守長の私物)に座り、優雅にモーニングティーを飲んでいる私の姿。

「おはようございます、オーナー。お迎えご苦労様です」

「……ココア?」

ルーカスが目をパチクリさせる。

「これは、どういう状況だ?」

「見ての通りです。暇だったので、少し『組織改革』をしておきました。おかげで昨晩の収益は、宿泊代(無料)を差し引いても金貨五枚の黒字です」

私は懐からジャラリと金貨袋を取り出した。

「看守さんたちへの『コンサル料』と、囚人たちの『作業請負費』です」

ルーカスは額を押さえ、肩を震わせた。

「……ははっ。君を牢屋に入れたのが間違いだったな。ここは更生施設であって、起業スペースではないんだが」

「場所なんて関係ありません。人がいれば、そこには経済が生まれるのです」

私は立ち上がり、ボス囚人と看守たちに別れを告げた。

「では皆さん、私は出所します。私が教えた『業務マニュアル』と『資産運用法』、忘れないようにね」

「へい! ありがとうございました姉御!」

「また来てくださいね!」

「いや、もう来たくはないわ」

名残惜しそうに手を振る男たちに見送られ、私は牢屋を出た。

ルーカスが私の肩を抱き、エスコートする。

「さあ、行こう。外では弁護士団と新聞記者が待ち構えている。……ジェラルド殿下への『逆襲』の時間だ」

「ええ。昨日の宿泊費の分もしっかり働いて、元を取らせていただきますわ」

私は眩しい朝の光の中へと踏み出した。

手には小銭。心には野望。

そして隣には、最高のパートナー。

私の「悪役令嬢」としての評判は、この冤罪事件をきっかけに、伝説へと変わろうとしていた。
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