婚約破棄?悪役令嬢は愛より小銭を稼ぎたい!

ちゃっぴー

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「見積書が出ました、ココア様。……しめて、金貨五千枚でございます」

公爵邸のサロン。

家令のセバスチャンが、震える手で一枚の紙を差し出した。

そこには、来月に控えた私とルーカスの結婚式の費用概算が記されていた。

私は優雅に紅茶を飲み込み、その紙を手に取り――そして、即座にビリビリと破り捨てた。

「……ココア様?」

「却下です。やり直し」

「えっ? で、ですが、公爵家の結婚式としてはこれでも最低限の……」

「五千枚? 冗談じゃありません。そのお金があれば、支店を三つ出せます」

私は立ち上がり、ホワイトボード(新しく導入した事務用品)に向かった。

「いいですか、セバスチャン。結婚式とは、単なる愛の誓いの場ではありません。親族、取引先、そして有力者たちが一堂に会する、人生最大の『集金イベント』です!」

「しゅ、集金……?」

「五千枚の赤字を出すなんて、経営者として失格です。目標は『経費ゼロ』、いえ、『純利益一万枚』です!」

私が力説すると、ソファで新聞を読んでいたルーカスが顔を上げた。

「……面白い。結婚式の黒字化か。常識外れだが、君ならどうやる?」

「簡単です、オーナー。……いえ、旦那様」

私はペンを取り、ボードに大きく書き殴った。

『プロジェクト名:ブライダル・エキスポ ~愛と利益の祭典~』

「まず、招待客からのご祝儀頼みという受動的な姿勢を改めます。当日は『チケット制』を導入します」

「チ、チケット制!?」

セバスチャンが絶句する。

「SS席(最前列・食事付き)金貨百枚。A席(中央・軽食付き)金貨五十枚。B席(立ち見・ドリンクのみ)金貨十枚。……チケットは『ぴあ』……じゃなくて、ガナッシュ商会で独占販売します」

「立ち見のある結婚式なんて聞いたことがございません!」

「さらに!」

私は次々とアイデアを書き連ねていく。

「会場の壁面、およびバージンロードには『企業広告』を募集します。ドレスの裾や背中にも、スポンサーロゴの刺繍を入れます」

「花嫁衣装に広告!?」

「そして、誓いのキスの瞬間は『撮影タイム』として、別途撮影料を徴収します。独占配信権は新聞社にオークションで売却済みです」

私はニヤリと笑い、ルーカスを見た。

「どうです? これなら経費をペイして、お釣りが来ますよ」

ルーカスは暫し沈黙し、そして静かに拍手した。

「……ブラボーだ。君の頭脳は、国家の宝だよ」

「旦那様まで! 止めてくださいよ!」

セバスチャンの悲鳴は、私たちの熱い商談にかき消された。

***

そして迎えた、結婚式当日。

王都の大聖堂は、かつてない熱気と異様な光景に包まれていた。

「いらっしゃいませー! チケットをお持ちの方はこちらへ!」
「本日の式次第(パンフレット・広告入り)は一部銀貨五枚です!」

入り口では、『ウィックド・カフェ』の店員たちが売り子として声を張り上げている。

参列した貴族たちは、戸惑いながらも財布を開いていた。

「な、なんだこの結婚式は……」
「まるで博覧会だぞ」
「でも、引き出物が『ヴァレンタイン領の特産品詰め合わせ(実質二割引き)』だって! お得だわ!」

文句を言いながらも、みんな楽しそうだ。
何より、「あの悪役令嬢と冷徹公爵の結婚式」という話題性は抜群で、チケットは即日完売していた。

『新郎新婦、入場!』

ファンファーレが鳴り響く。

扉が開き、私とルーカスが姿を現した。

「おおおお……!」

どよめきが起きる。

ルーカスのタキシードは、シックな黒。しかし、胸ポケットには『ガナッシュ銀行』のロゴ入りチーフが。

そして私のウェディングドレス。
純白のシルクだが、その長いトレーン(裾)には、金糸でデカデカとこう刺繍されていた。

『Provided by Wicked Cafe(提供:ウィックド・カフェ)』
『悪役令嬢印の激辛スナック、好評発売中!』

歩くたびに宣伝文句が揺れる。
まさに歩く広告塔だ。

「……ココア。重くないか?」

腕を組んで歩きながら、ルーカスが小声で尋ねる。

「平気です。この刺繍一つで、ドレス代がタダになったと思えば、羽のように軽いですわ」

「君らしいな」

私たちは、企業ロゴがプリントされたレッドカーペット(バージンロード)を堂々と歩き、祭壇へと進んだ。

神父様が、引きつった笑顔で待っていた。

「えー……。では、誓いの言葉を」

神父様がお決まりの文句を言おうとしたその時、私が手を挙げた。

「ストップ。誓いの言葉は、こちらで用意した『修正版』でお願いします」

私は懐から契約書……もとい、誓約書を取り出した。

「では、私から。……ルーカス・ヴァレンタイン。貴方は、病める時も健やかなる時も、黒字の時も赤字の時も、私を愛し、共に利益を追求することを誓いますか?」

会場がざわめく。

ルーカスは真面目な顔で頷いた。

「誓います。……いかなる経済危機(リセッション)においても、君の資産価値を守り抜くことを」

「よろしい。……私も誓います。貴方が破産しない限り、死が二人を分かつまで、共に帳簿をつけ続けることを」

「誓い、成立!」

神父様がヤケクソ気味に宣言した。

「では、指輪の交換を!」

ルーカスが私の指に、あの『元・呪い石(虹色ダイヤ)』の指輪を嵌める。
私も彼に、お揃いの指輪を贈る。

キラキラと輝く指輪。
会場からは「綺麗……」「でも呪い石なんでしょ?」「そこがいいのよ!」という声が漏れる。

「そして、誓いのキスを!」

「お待ちください!」

私が叫ぶと、会場の照明が落ち、スポットライトが私たちに集中した。

「これより! 『プレミアム・キス・タイム』に入ります! 撮影をご希望の方は、追加料金をお支払いの上、カメラをご用意ください! 制限時間は十秒です!」

「「「うおおおお!!」」」

新聞記者や貴族たちが、我先にとカメラを構える。

チャリンチャリンチャリン!
集金箱にコインが投げ込まれる音が、聖堂に響き渡る。

「……準備はいいか、ココア」

「ええ。最高の角度でお願いしますね。明日の新聞の一面を飾るんですから」

「任せておけ」

ルーカスが私の腰を引き寄せ、ドラマチックに体を傾けた。
そして、熱い口付けを交わす。

パシャパシャパシャッ!!

フラッシュの嵐。
歓声と、シャッター音と、硬貨の落ちる音。

世界一騒がしくて、世界一現金な結婚式。

でも、彼の唇の感触だけは、嘘偽りのない本物の温かさだった。

(……幸せ)

損得を超えた感情が、胸いっぱいに広がる。
この瞬間だけは、時間単価の計算なんて忘れてしまおう。

***

数時間後。

披露宴も終わり、私たちは控え室で「あとかたづけ」をしていた。

といっても、皿洗いではない。
山のように積まれたご祝儀袋と、チケット売上の集計作業だ。

「……九千八百、九千九百……一万!」

私は最後の金貨を積み上げ、両手を突き上げた。

「やりましたー! 目標達成! 純利益、金貨一万二千枚です!」

「すごいな。予想を二割も上回ったか」

ルーカスがシャンパングラスを片手に、感嘆の声を上げる。

「結婚式で儲けを出す新婦など、歴史上君だけだろう」

「ええ、伝説になりましたわね。これで新居の建設費も、新婚旅行(視察)の費用も全額カバーできます!」

私は金貨の山にダイブしたい衝動を抑え、ルーカスの隣に座った。

「……疲れましたか? 旦那様」

「いや。心地よい疲労感だ。……君のドレス姿を、一番近くで見られたしな」

ルーカスが私の頬を撫でる。
広告だらけのドレスだったけれど、彼は「世界一美しい」と言ってくれた。

「ココア。……これから、忙しくなるぞ」

「ええ。まずは新婚旅行ですね。行き先は?」

「東方の国だ。新しいスパイスと、絹織物のルートを開拓したい」

「最高です! あちらの国は値切り交渉が難しいと聞きますが、腕が鳴りますね」

私たちは顔を見合わせ、ニカっと笑った。

甘い新婚生活?
ベッドで愛を囁き合う日々?

そんなものは、私たちには似合わない。

世界中を飛び回り、商談をまとめ、富を築き、そして夜は二人で帳簿を見ながらニヤニヤする。
それが、私たちにとっての「最高の愛の形」なのだ。

「……あ、そういえば」

私は思い出したように言った。

「鉱山のジェラルド殿下たちから、祝電が届いていましたよ」

「ほう? なんと?」

「『結婚おめでとう。ご祝儀代わりに、過去最大級の魔石を送る。……絶対幸せになれよ、バーカ!』だそうです」

「ふっ……。彼らも、いい労働力に育ったようだな」

「ええ。一生飼い殺……いえ、雇用してあげましょう」

私たちは窓の外、満天の星空を見上げた。
その星の一つ一つが、まるで未来の金貨のように輝いて見えた。

「さあ、行きましょうか、ルーカス様」

「ああ、ココア」

私たちは手を取り合い、新たな人生の扉(と金庫の扉)を開け放った。

「愛と利益は比例する」。
それが、私たちが見つけた真実の方程式だった。
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