王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー

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「……はぁ。やっぱり、家のお茶が一番落ち着きますわね」

公爵邸の私室に戻った私は、コルセットの締め付けから解放され、ゆったりとした部屋着に身を包んでいた。
手元には、深夜にもかかわらず料理長が腕を振るった特製のガトーショコラ。
そして、私の向かいには、信じられないほどの勢いでフォークを動かすメリルさんがいた。

「もぐもぐ……ふぉいひいでふ、ラーニャふぁま! こんなに美味しいもの、男爵家では年に一度の祭りの時でも食べられませんでしたよ!」

「口に物を入れたまま喋らないで。行儀が悪くてよ」

「すみません! でも、公爵家の『福利厚生』がこれほどとは……。私、あのアホ王子が『僕の愛をあげる』って言った時の寒気を、このチョコの甘さで完全に上書きできました!」

メリルさんは幸せそうに頬を押さえている。
その隣で、お父様――アストレア公爵が、書類の束を片手に楽しそうに笑っていた。

「はっはっは! メリル嬢、君の食いっぷりは見ていて気持ちがいいな。ラーニャ、彼女を雇ったのは正解だった。これほど分かりやすい人材は信頼できる」

「ありがとうございます、お父様。それで、例の『請求書』の進捗はいかがかしら?」

私は紅茶を一口含み、お父様に視線を向けた。
お父様は、待ってましたと言わんばかりに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「完璧だ。先ほど、王宮の財務局に『アストレア家による緊急債権回収通知』を叩き込ませた。今頃、財務卿は泡を吹いて倒れている頃だろうよ」

「あら、それはまた急激な。もう少し猶予を差し上げてもよろしくてよ? 三時間くらい」

「ラーニャ様、三時間は猶予って言わないですよ。ただの死刑宣告です」

メリルさんがツッコミを入れつつ、新しいケーキに手を伸ばす。

「いいえ、メリル。ビジネスにおいて『情』はコストよ。あのアホ……ウィルフレッド様は、私が黙って金を出すのを当然だと思っていました。その勘違いを正して差し上げるのは、教育の一環ですわ」

「教育(物理的破滅)ですね、分かります」

「お父様、王家の貯蓄で今回の請求分は賄えるのかしら?」

私の問いに、お父様は肩をすくめた。

「到底無理だな。あのアホ王子が、君の名義で勝手に買い漁った美術品や、身の丈に合わないパーティーの補填で、王家の流動資産はほぼ底をついている。……つまりだ。あちらが支払えないとなれば、次は『担保』の話になる」

「担保……。確か、王都近郊の肥沃な農地、あるいは王立鉱山の採掘権でしたわね?」

「その通りだ。あのアホが婚約破棄を叫んだ瞬間、それらは法的に我が家の所有物になる契約になっている。……ラーニャ、君は本当に、五年も前からこの準備をしていたんだな」

お父様の感心したような声に、私は優雅に微笑んでみせた。

「当然ですわ。あの方が初対面で『君は可愛くないから、僕が浮気をしても文句を言うなよ』と宣ったその日から、私の目的は『婚約破棄をいかに高値で売るか』に決まっていましたもの」

「……ひぇっ。ラーニャ様、五年前からあの王子を詰んでたんですか……」

メリルさんがガタガタと震え出した。

「あら、失礼ね。私はあの方に何度もチャンスを差し上げましたわ。一度でも真面目に政務に取り組むか、あるいは私に心からの謝罪をしていれば、ここまで容赦はしませんでした」

「でも一度もしなかった、と」

「ええ。あの方は、私が怒っていることすら気づかず、『ラーニャは今日もツンデレだなあ』なんて言っていましたから。救いようのないおめでたい頭ですわ」

私は立ち上がり、大きな窓から夜の王宮を見下ろした。
あの中では今、自分たちの財産が紙クズに変わっていく恐怖に震える大人たちが右往左往しているはずだ。

「さて、メリル。明日から、あなたは私の『個人秘書』として、まずは王家から届くであろう大量の『泣きつき状』を選別してもらうわよ」

「泣きつき状、ですか?」

「『ごめんね、許して、お金返せないから待って』という内容の手紙ですわ。それらはすべて、一箇所にまとめておきなさい。……暖炉の火種にするのにちょうど良いでしょう?」

「……承知いたしました、ボス! 私、そういう冷徹な作業、大得意です!」

メリルさんは力強く拳を握った。
その目は、将来のボーナスと公爵家の美味しい食事への期待に満ち溢れている。

「お父様、隣国の特使――ゼクス様への連絡は?」

「ああ、すでに。彼は『面白いことになったな。明日、公爵邸に伺う』と返事をくれているよ」

「ふふ、彼ならこの状況を楽しんでくれるはずですわ。……さあ、明日からは忙しくなりますわよ。王子のいない、素晴らしい人生の始まりですわ!」

私の高笑いが、深夜の公爵邸に響き渡った。
その頃、王宮の自室で「……あれ? なんか僕の部屋の家具、次々と運び出されてない?」と戸惑っている王子がいたのだが、その疑問の答えは数時間後の朝刊で明らかになるのであった。
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