悪役令嬢、婚約破棄に「御意」と答えて即帰宅。

ちゃっぴー

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「……相談がある」

週明けの月曜日。

いつものように執務室で書類と格闘していた私に、アレクセイ閣下が声をかけてきた。

その表情は、かつてないほど真剣だ。

眉間に深い皺が刻まれ、手元のペンは止まっている。

国境付近で紛争でも起きたのか、あるいは新たな疫病が発生したのか。

私は即座に仕事モードで身構えた。

「何事ですか、閣下。緊急事態であれば、直ちに対策本部を設置しますが」

「いや、国政の問題ではない」

閣下は咳払いをして、視線を少し泳がせた。

「……私の、個人的な問題だ」

「個人的な? 珍しいですね。閣下にプライベートな悩みなど存在しないと思っていました」

「私とて人間だ。悩みくらいある」

閣下は椅子から立ち上がり、私のデスクの前に来た。

そして、まるで機密書類を渡すかのような慎重さで、背後に隠していた『何か』を差し出した。

「これを、君に」

「……爆発物ですか?」

「違う。贈り物だ」

「贈り物?」

私は目を丸くした。

差し出されたのは、綺麗にラッピングされた二つの包みだった。

「……今日が何の日か覚えているか?」

「ええっと……給料日まではあと十日ですし、決算期でもないですし……」

「君と私が婚約して、一週間目の記念日だ」

「細かっ!」

思わず突っ込んでしまった。

一週間記念日なんて、付き合いたてのバカップルがやることだ。まさかこの氷の宰相がそんな概念を持っていたとは。

「世間一般の恋人同士は、こういう節目に贈り物をすると本に書いてあった」

閣下は少し顔を赤らめてそっぽを向いた。

「君を喜ばせたくて、週末に視察……いや、買い出しに行ってきたのだが。……受け取ってくれるか?」

か、可愛いところがあるじゃないか。

私は少し感動した。

あの仕事人間が、私のためにわざわざ時間を割いてプレゼントを選んでくれたなんて。

「ありがとうございます、閣下。嬉しいです。中身を見ても?」

「ああ。君の好みを徹底的に分析し、最も必要としているものを厳選した」

自信満々のようだ。

私は期待に胸を膨らませた。

宝石かな? ドレスかな? それとも、甘いお菓子かな?

「では、開けますね」

私はリボンを解き、一つ目の細長い箱を開けた。

パカッ。

そこに入っていたのは――。

「……万年筆?」

「そうだ。東方の職人が作った最高級品だ。インクの出が良く、長時間書き続けても手首への負担が極めて少ない。ペン先にはダイヤモンド加工が施されている」

「おお……!」

私は思わず声を上げた。

手に取ってみる。素晴らしい重心バランスだ。これなら一分間にサインできる書類の枚数が、今の五枚から七枚に増えるかもしれない。

「す、すごいです閣下! これ、すごく書きやすいです!」

「だろう? 君が使っているペンは少し軸が太すぎて、小指に負担がかかっているように見えたからな」

「よく見ていらっしゃる……! 感激です!」

私は目を輝かせた。

普通の令嬢なら「文房具?」とがっかりするかもしれないが、私は違う。実用性こそ正義だ。

「では、もう一つも開けてみてくれ」

閣下に促され、私は二つ目の少し大きな包みを開けた。

ガサゴソ。

出てきたのは、奇妙な形をした木製の器具と、瓶に入った液体だった。

「……これは?」

「最新式の『肩こり解消マッサージ機』と、筋肉疲労に効く『激臭湿布薬』だ」

「…………」

「君はデスクワーク続きで、右肩が凝っているだろう? その器具を使えば、ツボを的確に刺激できる。薬は臭いがキツイが、効き目は軍部のお墨付きだ」

執務室に、一瞬の沈黙が流れた。

給仕をしていたミーナ様が、お盆を取り落としそうになっている。

「えっ……ぷ、プレゼントが……湿布……?」

ミーナ様が震える声で呟いた。

「嘘でしょう……そこはネックレスとか、愛の詩集とか……なんで湿布……」

しかし。

私は震えていた。

感動で。

「か、閣下ぁぁぁーーっ!!」

「うおっ!?」

私は椅子から飛び上がり、閣下に抱きついた。

「最高です! ちょうど昨日から肩がバキバキで、首が回らなかったんです! なんて気の利くプレゼントなんですか! 愛を感じます!」

「そ、そうか。喜んでもらえて何よりだ」

閣下は少し驚いたようだが、優しく私の背中を撫でてくれた。

「君の健康管理も、私の重要な任務だからな」

「一生ついていきます! 早速、この湿布を貼ってもいいですか?」

「ああ。私が貼ってやろう。背中を出したまえ」

「お願いします!」

私たちはイチャイチャ(?)しながら湿布を貼り始めた。

その様子を見ていたミーナ様は、遠い目をして呟いた。

「……あ、ダメだこの二人。似た者同士すぎる」

「え? 何か言いましたか、ミーナ様?」

「いえ! お幸せそうで何よりです! でも、執務室が湿布臭いのはちょっとロマンチックじゃないと思います!」

「何を言うのです。これは『労働の勲章』の香りですよ」

私は湿布の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

スッとするメンソールの香り。これぞ癒しだ。

「さて、肩も軽くなったことですし、仕事に戻りましょうか!」

「うむ。今の君なら、通常の倍の速度が出せるはずだ」

「望むところです!」

私と閣下は、再び書類の山に向き直った。

万年筆は滑らかに走り、肩こりもない。まさに最強の布陣だ。

その時、廊下から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「おい、ミーナ! どこだ! 僕のネクタイが結べないんだ!」

クラーク殿下だ。

また何か情けないことを叫んでいる。

私は新しい万年筆をカチリと鳴らした。

「……閣下。ペンの試し書きがしたいのですが」

「許可する」

「では、あの騒音源を黙らせるための『業務改善命令書』を執筆してきます」

「行ってらっしゃい。愛しているよ」

「私もです、閣下(湿布ありがとうございます)」

私は颯爽と執務室を出た。

背後でミーナ様が「独特すぎる愛の形……」と頭を抱えていたが、気にしない。

私たちは私たちなりのやり方で、愛(と効率)を育んでいくのだから。

しかし、この時の私はまだ知らなかった。

この「万年筆」が、後に隣国のスパイによる文書偽造事件を見破る決定的な証拠になることを。

そして、「湿布」の匂いが、暗殺者を撃退する最強の武器になることを。

アレクセイ閣下のプレゼントに、無駄なものなど一つもないのである。
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