宝石狂いの悪役令嬢、婚約破棄で鉱山を贈られて溺愛される

ちゃっぴー

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「ああ……なんて、なんて罪深い輝きなのかしら……っ!」


王宮の地下深く、厳重に守られた宝物庫の一室。


エミリーは、目の前に鎮座する30カラットのブルーダイヤモンド『星空の涙』を前に、うっとりと頬を染めていた。


その瞳は、恋人を見つめる乙女のそれよりもずっと熱く、湿り気を帯びている。


「見てくださいませ、この吸い込まれるようなディープブルー。内部に微塵の曇りもなく、光の屈折が完璧なシンメトリーを刻んでいますわ。この子をカットした職人は、きっと神に愛されていたに違いないわ……!」


「……エミリー様、そろそろよろしいでしょうか。その、石に頬ずりをするのは、王家の備品管理規則には載っておりませんが……非常に困ります」


案内役の衛兵が、引きつった笑みを浮かべて声をかける。


婚約破棄をされた令嬢が、翌朝一番に、まるでピクニックにでも行くような軽やかな足取りで宝物庫に現れたのだ。衛兵が困惑するのも無理はない。


「あら、失礼。あまりの愛らしさに、つい理性を失ってしまいましたわ。……さあ、箱へお入りなさいな、わたくしの可愛い天使ちゃん」


エミリーは、持参した最高級ベルベット張りの宝石箱に、ダイヤを丁寧に納めた。


ガシャン、と鍵をかける音が、彼女にとってはどんな音楽よりも心地よく響く。


「これで、あのアホ王子とも完全におさらばですわね。……ふふ、ふふふふ!」


不敵な笑みを浮かべ、エミリーは意気揚々と王宮を後にした。


しかし、彼女を待っていたのは、バラ色の宝石生活だけではなかった。


アステリア公爵家の大広間に足を踏み入れた瞬間、雷鳴のような怒声が彼女を襲う。


「エミリー! 貴様、自分が何をしたか分かっているのか!」


大広間の主位に座る父、アステリア公爵が、顔を真っ赤にして机を叩いた。


その傍らでは、義母と異母妹が「なんて恐ろしい」と言わんばかりに、ハンカチで口元を押さえている。


「あらお父様、ご機嫌麗しゅう。そんなに声を荒らげては、お召し物のエメラルドのボタンが緩んでしまいますわよ?」


「ボタンの話をしているのではない! 婚約破棄だ! 王家との縁を台無しにし、あろうことか家宝のダイヤモンドを強奪してくるとは……我が公爵家の泥を塗るにも程がある!」


「強奪だなんて人聞きが悪いですわ。わたくしは正当な権利として、慰謝料を請求したまでです。あの王子には、これくらいの代償を払わせる価値がありますもの」


エミリーは優雅に椅子に座ると、執事が差し出そうとした紅茶を制し、懐からルーペを取り出した。


そして、父が激昂しながら振り上げている「拳」にある指輪に、じっと目を凝らす。


「……お父様、そのアレキサンドライト、光源によって色の変わり方が鈍いですわね。まさか、最近流行りの合成品を掴まされたのではなくて?」


「黙れ! 宝石の話などしていない! お前のような恥晒しは、もはや我が家に置いておくわけにはいかん!」


公爵は怒りに任せて、一枚の書面をテーブルに叩きつけた。


「お前をアステリア家から追放し、北方の辺境領へ送る。そこにある『旧オルド鉱山』の管理責任者として、一生そこで泥にまみれて暮らすがいい!」


「鉱山……? 今、鉱山とおっしゃいました?」


エミリーの動きが、ピタリと止まった。


公爵は、娘が絶望に打ちひしがれたのだと思い、勝ち誇ったように鼻を鳴らす。


「そうだ! そこは百年前に掘り尽くされた、ただの岩山の塊だ。宝石などひとかけらも出ない、死んだ土地よ。着る服も、食べるものも、すべて自分で工面するがいい!」


「…………まあ!」


エミリーの顔が、ゆっくりと上がっていく。


その瞳は、絶望どころか、かつてないほどの輝きを放っていた。


「お父様……! なんて素晴らしいプレゼントですの! わたくしに、自分専用の採掘場をくださるなんて!」


「……は?」


「百年前に掘り尽くされた? それは当時の技術の話でしょう? 地層の歪みを解析し、新しい脈を叩けば、まだ見ぬ原石が眠っているかもしれませんわ! ああ、誰にも邪魔されずに土を掘り返せるなんて……夢のようですわ!」


「お、お前……何を言っているんだ? 追放だぞ? 社交界からも、贅沢な暮らしからも追い出されるんだぞ?」


「宝石こそが最大の贅沢ですわ! ドレス? いりませんわ、泥に強い丈夫な作業着を百着用意してください! 夜会? 岩盤を叩く音こそがわたくしの舞踏曲(ワルツ)ですわ!」


エミリーは公爵の前に駆け寄ると、驚愕で固まっている父の手を力強く握りしめた。


「ありがとうございます、お父様! アステリア公爵家に生まれた誇りを、今こそ感じておりますわ! すぐに準備をいたします!」


嵐のようにエミリーが大広間を去っていった後、そこには静寂だけが残された。


「……あなた、あの子、本当におかしくなってしまったのでは……?」


義母の震える声に、公爵は答えることができなかった。


翌朝。


エミリーは山のような採掘道具と、たった一箱の宝石箱を馬車に積み込み、鼻歌まじりに出発した。


彼女の向かう先は、誰もが恐れる不毛の地。


しかしエミリーにとっては、そこは世界で一番輝く「宝箱」に見えていたのである。
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